第一章第九話 地獄の楽園
ミシェルこと高梨瑞希は足元もおぼつかないまま病院を飛び出していた。
リベリオンに所属する知人に連絡し竹本の行き先を聞き、行き先と聞いていたビルに辿り着くと、
ビルの屋上で火災が発生しているのを目にした。
竹本がピンチであると予感したミシェルは急ぎで屋上に向かうと、空気中の水蒸気を集めて水を生成し、
大雨のように水を放ち、屋上中に広がった炎を鎮火した。
「タケポン、大丈夫!?」
私がそう言った時、私は大きな間違いを犯してしまったことに気づく。
タケポンは浅風を這いつくばらせ、今にもトドメを刺そうとしていたのだ。
不本意ながら、竹本の敵である浅風を助けてしまったということに気が付いた。
「あ…ごめんなさい!!」
私は深々と頭を下げて竹本に土下座をした。
信用を失ってしまうことを恐れるあまり、状況を判断せずに慌てて行動してしまった。
取返しのつかないミスである。
もちろんこれには竹本は怒りを顕わにする。
「やはり俺の想像した通りだったか、裏切り者め。」
「ごめんなさい、違うんです。わざとではありません。許してください。私は自分の失敗を取り返したくて…」
竹本はミシェルを言い訳を聞かず、足元に這いつくばらせていた浅風をミシェルに向けて蹴り飛ばした。
ミシェルは浅風にぶつかり、激しく背中を打って転倒した。
彼女は激しい痛みが走り、声を出すこともままならなかった。
「言い訳なんか聞きたくないな。第一ここまで失態ばかりを繰り返しておいてまだ多めに見てもらおうという考え方が甘すぎる。浅風と同レベルだお前は。
どんなことも自分で考えて挑戦していい。だけど責任は自分で取れと教えて来たはずだぞ。」
涙が込み上げて来る。だが声をだすこともできない。
「もういっそのこと殺してください」と叫びたかった。でもその声も出せない。出す力がない。
その時、銃声が鳴り響き、竹本の頭部を銃弾が貫通した。
竹本は言葉を発することもなく、そのまま地面に倒れた。
竹本を銃撃したのはもちろん浅風である。
ミシェルはただ震えてタケポンが頭から血を流して倒れるのを見ているしかなかった。
普通なら大声を出しているが、声が出ない。
倒れていた浅風が立ち上がる。
「残念だったな。戦いでは頭に血が上った時点で敗者になるんだよ。竹本のような温厚な奴が取り乱すなんて想定外だったけどね…。立場など関係ない。」
「貴様、よくもタケポンさんを!」
立ち上がった浅風に向けてボビンが火を放とうとするが、即座に火が消えてしまった。
「どれだけ全力を出しても無意味だ。俺は『超能力妨害装置』を作動している。この装置が放つ特殊な電波で俺の周囲30メートル以内ではどんな能力も無力化される。」
浅風が竹本から重力で押さえつけられた際に取り出そうとしたのはこの「超能力妨害装置」だったのだ。
竹本が撃たれる瞬間を間近で見ていたボビンは震えながら動揺している。
浅風はボビンに拳銃を向ける。
「君も上司に不満があるなら逃げたらどうだ。上司のいなくなった今なら逃げられるぞ。」
ボビンは引く気がない。
「逃げる…?逃げたって豊橋さんに殺されるのがオチだ。身勝手なこと言ってんじゃねえよ。」
「なぜ逃げない。俺に向かってくるなら俺はお前を殺す。逃げるなら見逃してやると言ってるんだ。」
ボビンは両手を強く握って浅風を睨みつけた。
「逃げることなら今まで何回もしてきたさ。ニートにもなったし転職も何回もした。もういい年だから何社面接受けてもうかりゃしない。でもそんな俺を豊橋さんやタケポンさんは受け入れてくれて期待してくれた。夢も見させてくれた。組織から逃げたって俺はもっと地獄に帰ることになるんだよ!!」
ボビンもポケットから拳銃を取り出そうとした。
しかし、ボビンがポケットに手を掛けようとした瞬間に浅風はボビンに複数回発砲した。
銃弾を受けたボビンはそのまま倒れた。
「ふざ…けんな。あんたが一番嫌な上司だ…。」
浅風は光の矢の使い手のハゼが追撃をしてくると踏んでいたが、彼女はすでに退散したようであった。
遠距離からの光の矢ならば「超能力妨害装置」は無力であったが、今起きたことをリベリオンのボス豊橋に伝えに行くため、あえて戦わずに逃げ帰ったのだろう。
ハゼはある意味対峙した3人の中で一番賢い人物だったのかもしれない。
戦いに一段落が付き浅風は一息ついた後で、ミシェルに視線を向ける。
攻撃されると思い、私は慌てて水を生成して浅風を攻撃しようとしたが、体に力が入らずただ浅風を睨むことしかできなかった。
「すまなかったな。お前にとって竹本は大事な人だったんだろう。」
浅風は心配そうに私を見つめていた。
ミシェルには浅風の優しい眼差しが気持ち悪かった。
「どうして、どうしてリベリオンを壊そうとするの…。リベリオンは社会から爪弾きにされた人達にとって唯一の居場所なんだよ。
人生諦めてたけど組織に入って救われたって人が何人もいる。
そんな私達の居場所をあんたはめちゃくちゃにした…。
自分は正しいことをしてるって思ってるのかもしれないけど、私は嬉しいなんて思ってない!
ありがたいとも思わない!!」
ミシェルは出せるだけの力を振り絞って浅風に向かって叫んだ。
「とりあえず落ち着け。俺はお前に感謝してもらいわけじゃない。ただお前を助けたかっただけだ。」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「これから…どうすればいいの…私もボビンと一緒だよ…組織に居場所なくなっちゃったけどもう日本社会にも戻れない…。
助けたいっていうなら教えてよ!どうしたらいいの?組織を抜けてどうしたら私は幸せになれるの?」
「…わからない。」
「は…?」
朝風は腰を下ろし、ミシェルに語りかけるように言った。
「俺だって社会から爪弾きにされた人間だ。だから俺も居場所を求めてリベリオンのメンバーになった。
でも、今のリベリオンは俺たちにとっての楽園なんかじゃない。
リベリオンはただ、豊橋とその信者が俺達のような社会不適合者から搾取して、欲を満たすための組織で、楽園のように思わせているのも全部豊橋の策略だ。」
「だからどうしたって言うの? 万が一騙されていたとしても、洗脳されていたとしても私はリベリオンでタケポンといられて幸せだった。あんたがどれだけ否定してもそれは変わらない。私が実際に思ってたことだから。」
「わかった。でもお前はそれでいいのか?そんなにやせ細って…、ろくに食事も取れてないんだろう。そんな傷だらけになるまでいいように使われて、要らなきゃゴミのように捨てられて…。
それでも幸せだなんて…。それでいいのか本当に?」
「うるさい…。憶測で私達を哀れむならもう消えて!私の大嫌いな家族もそう言ったんだよ。
『辛いなら組織をやめなさい』『そんなところにいちゃいけない』って私の気持ちを考えもせずに勝手に言いたいことを好き放題言って!!」
すると浅風は強引にミシェルの手を取り、一枚の封筒を握らせた。
封筒の中にはなんと札束が入っていたのである。
浅風はミシェルの両肩を強く掴んで強い口調で言い放った。
「そんなに無理やりされるのが好きならやってやるよ。いいか、その金でお前はまず飯を食え。そうしたら傷が癒えるまでしっかり休め。もちろんその間も毎日三食きちんと食事をするんだ。
それでも金が余ったら、そんな汚い服じゃなくて、もっとかわいいおしゃれな服を買え。
助けて欲しくないならこれ以上は助けない。でもお前のワガママを聞いてやったんだ。今だけは俺のワガママも聞け。」
ミシェルはどうすることもできなかった。
「礼は言わないよ・・・」
「ならそれでいい。さっきも言っただろ。感謝されようなどとは思ってない。ただお前を助けたいだけだ。」
ミシェルは俯いた。
浅風はミシェルの肩から手を離すと、
「ああそうだ、居場所がないなら俺が雇ってやる。金がなくなったら連絡して来い。無理にとは言わないが検討してくれると嬉しい。」
と言って去って行った。