第一章第八話 郷に入っては郷に従え
暗部組織リベリオンのメンバー、高梨瑞希(ミシェル)はまだ入院中で点滴を打っている状態だった。
昨日浅風の暗殺に失敗したことを竹本に報告しなければならない。
でも竹本に失望されることが怖かったミシェルは、ずっとスマホを握りしめたまま上司の竹本に連絡をできずにいた。
また、竹本から連絡が一切来ないのも不可解だった。
私は死んでしまったと思ったのだろうか。
それとも、大切な任務を失敗してしまった私のことなどもう失望してしまったのだろうか。
ミシェルは震えた手でスマホを握りしめながら悩んでいた。
結局、タケポンから電話があったのは事件から丸一日が経とうとしていた時であった。
「よう、生きてるか?」
「はい、生きてます。ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・。」
「いや、死んでないならそれでいいんだ。今どこにいるんだい?もしかして浅風と一緒か?」
ミシェルは一瞬震えあがった。
まさか竹本は私が彼を裏切ったとでも考えたのだろうか。
いや、そう考えて当然だと思う。
あの事件は私が事件の加害者なのに、世間にはあの事件は事故で、私が被害者であると伝わっている。
普通に考えればそんなことはミシェルが浅風と内通していなければ成し得ないことだ。
「あの、ごめんなさい。これには色々と訳があって…」
「いや、浅風と一緒かと聞いているんだ。」
「一緒じゃないです。今病院で入院しています。」
「そうか、なら安心したよ。浅風から俺に連絡が来たんだ。『君の部下の女は君のことが嫌いだからもう組織をやめるって言っていた』とね。それは浅風の作り話かい?」
「はい、全くのデタラメです。私がタケポンのことを嫌いなんてそんなことあるわけないじゃないですか…」
「そうか、よかった。安心したよ。」
この時ミシェルは竹本が浅風の嘘に騙されず、自分を信じてくれたことが何よりうれしかった。
そして、浅風はもしかしたら良い人なのではと思い殺害することには抵抗があったが、人を騙すような悪人ならそんなことを考える必要はない。
--浅風に騙された私が馬鹿だった--
そう思うと、急に浅風への殺意が湧いてきた。
「タケポン、もしよかったらもう一度私に浅風を抹殺するチャンスをください。」
しかしミシェルの期待とは裏腹に、竹本の口調は急に冷たくなった。
「もういいよ。ミシェルの任務は僕が受け継ぐ。だからミシェルはゆっくり休んでいればいい。」
「そんな・・・。私はまだやれます!能力だって使えます。だから私にも何か手伝わせてください。」
「いいから休んでいろ。復帰したら死ぬほど働いてもらうから。」
そういった竹本の声がかなり冷たかった。
「…ごめんなさい。本当に役立たずでごめんなさい。本当にごめんなさい」
竹本は最後に「ああもう、鬱陶しいな。ミシェルはいつも良くやってるよ。」と言って電話を切った。
誉め言葉にしては言い方がとても冷たかった。
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この時竹本は豊橋から与えられた浅風暗殺の任務を自ら行うため、浅風から呼び出された場所に向かっていた。
今回竹本は二人の部下を連れていた。
ハゼというコードネームの女と、ボビンというコードネームの男だ。
ハゼは竹本に尋ねる。
ハゼはミシェルのライバルと言っていいのかわからないが、ミシェルより格下に思われることをとてつもなく嫌うのである。
「ミシェルじゃ無理でしょ、そもそもあんな奴に大事な任務をやらせたタケポンにも責任はあると思うけど。私に任せてくれれば間違いなく上手くやれたのに。」
「まあそう拗ねるなハゼ。もうミシェルはお払い箱だ。これからはお前が一番の頼りだ。」
「ありがとうございます。どうせ他の女にも同じこと言ってるんだろうけど…。」
「いやそんなことはない。俺は嘘で人を褒めたりはしないさ。」
「まあいいわ。とにかく覚えといて!私はミシェルと違って馬鹿みたいなヘマはしないから。
あんな人に媚びうることしか能のない奴とは私は違うんだから。今まであんな女を頼りにしてたこと後悔させてやる。」
「ああ、わかった、わかった…。期待しているぞ。」
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大人浅風は強い風が吹いている高層ビルの屋上で竹本を待ち構えていた。
すると浅風は遠くで何かが光るのを目にした。
すぐさま光の矢のようなものが浅風を目掛けて飛んで来た。
浅風は間一髪光の矢を避けた。
恐らくこの光の矢は念動力によるものだろう。
そこへ一人の男がやってくる。
竹本である。
「やあ!元気そうだね。僕をずっとこんな寒いところで待っててくれたのかい?」
「ああ、ずっと待ってたよ、竹本」
竹本は重力操作という能力を持っている。
重力操作はかなり厄介な能力で、重力を込めた拳を一発浴びてしまえば人間などバラバラにでもまっ平にでもできてしまう。
しかも、相手に重力をかければその相手は起き上がることも立ち上がることもできない。
つまり例え能力を持っていたとしても、彼の能力を対処できる能力者でなければ竹本の前には無力ということになる。
「そういえばミシェルは…」
竹本が言いかけた瞬間に浅風は強力な爆撃を竹本に浴びせた。
大人浅風の能力は大気を操る能力である。
詳しく説明するなら風を操る能力と、それを応用した技が使えると言ったところだ。
大気を操れるので風を起こしたり止めたりするのは自由自在である。
その他には空気を圧縮させて放つ空気砲、そして圧縮した空気を拡散させ爆発のような威力を出すこともできる。
それが、先程竹本に使用した爆撃だ。
しかし、爆撃では竹本はビクともしなかった。
重力操作は身の回りの重力を下げることで自分へのダメージを軽減できるからだ。
「君は挨拶も人の話を聞くこともできないのか。幼稚園生いや、赤ん坊から人生やり直した方が・・・いいんじゃないか!」
「弱い人間が勝ち残るためにはたまには知恵が必要なんでね。」
「知恵?笑わすな。所詮は悪知恵だろう。」
竹本の表情は余裕の笑みから怒りの表情へと変わる。
竹本は浅風を重力で押さえつけた。
浅風は何トンという錘が背中に乗っているのと同じ状態になり、地べたに這いつくばらされ身動きを取ることができない。
竹本はそんな浅風を見つめて再び笑みを浮かべる。
そこへ先ほどの光の矢が飛んでくる。
浅風は間一髪空気の壁を作って防ぐ。
「馬鹿だな、立場が上の者の言うことには黙って従うなんて大人の常識だろう。」
「大人の常識?ふざけるな。組織内でしか通用しないつまらない常識など知るか。」
「浅風さんよ、『郷に入っては郷に従え』って言葉、学校で習わなかったか?」
竹本はハゼとボビンという仲間を連れてきていた。
光の矢を放ったのはハゼの能力。
そして、ボビンの能力は発火能力だ。
竹本はボビンにビルの屋上全体に火を放つよう命じた。
ボビンが発火能力を使用すると、瞬く間に屋上は炎上、周囲は火に囲まれた。
浅風はズボンのポケットに手を入れ何かを探そうとする。
それを見て竹本はさらに圧力をかける。浅風は体全体が押し潰されそうになる。
「なにしても無駄だ。例え俺を瞬殺したところで炎に巻かれて灰になるのが落ちさ。
そもそも地位のある者に対して逆らうことが間違ってるぜ。
俺だって豊橋さんに文句言いたいことは山ほどある。それを毎日耐えて耐えて耐えてご機嫌取りをして、漸く俺は今の地位を手に入れたんだ。
お前とは勝負にならないくらいの力を持ったこの俺でさえ、上司には歯向かわないぞ。」
炎が浅風に迫ってくる。
「上下関係とか知るかってんだ…。俺は自分がやりたいようにやってるだけだ。」
「なんで皆先生とか上司とかに歯向かわないか知ってるか?そりゃ自分が痛い目みるからだよ。
自分を守るために上からの命令は従うんだ。理不尽に耐えて自分を守れるなら安いものさ。」
浅風は迫る炎によって酸素を奪われ、呼吸ができず意識が朦朧としていた。
竹本に対して何もできないまま、浅風は意識を失おうとしていた。
その時、空から大粒の滝のような雨が落ちてきた。
神様が味方でもしてくれたのだろうか。
屋上を囲んでいた炎がみるみるうちに消えていった。
いや、これは雨にしては不自然すぎる。水を使う能力者の能力だ。