第一章第四話 夢と希望の棘
高梨 瑞希は25歳の女性である。
リベリオンのメンバーとして活動している。
メンバー達は彼女のことを「ミシェル」と呼ぶ。
リベリオンの組織について詳しく紹介する。
リベリオンにおける給与体系は直属の部下の人数により決まる。
直属の部下は自分でスカウトする必要がある。
組織のメンバーになると10万円程度の会費を支払う必要がある。
会費はスカウトした人物のインセンティブ(成果報酬)と組織の財源になる。
つまり直属の部下を増やせば増やす程、組織に貢献することができ、報酬も格段に上がる。
組織上位層には報酬は年収にして2000万円~3000万円というものもザラにいる程だ。
また組織には階級があり、スカウトした部下が多ければ多いほど階級が上がる仕組みとなっている。
もちろん短期間で多くの部下をスカウトすればスピード出世も可能だが、全くスカウトできなければ全く出世できない、実力主義の社会である。
竹本 剛という人物が組織において、ミシェルの上司となる人物だ。
ミシェルは竹本のことをタケポンと呼んでいる。
竹本はミシェルを呼び出した。
呼び出される理由はもちろん、少年浅風達に会話を聞かれてしまい、尚且つ仕留めそこなったことだ。
ミシェルは開口一番に竹本に失態を謝罪した。
「申し訳ありません…。罰はなんなりと受けますので。」
「その必要はない。いざとなれば僕が助けてあげるから心配するな。ミシェルが無事でよかったよ。」
竹本はミシェルの頭を撫でた。
竹本は二本のグラスにウイスキーを注ぐと、竹本が座っているソファを叩いて横に座るようアピールする。
「ミシェルは本当に真面目でいい子だ。」
ウイスキーのグラスをミシェルに差し出すと、横に座ったミシェルの方にそっと手を寄せた。
竹本と一緒に晩酌をして、ミシェルが膝枕をしながら竹本のどうようもない武勇伝を聞いてあげるのがミシェルの日課だ。
『街で何人ナンパしたことがある』とか『強引にアプローチすると大体の女は堕ちる』とか聞いていて気分の悪い話ばかりであったが、不思議と悪い気はしないのだ。
気に食わないと感情的になって怒る父親に比べたら何百倍良い人だろう。
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ミシェルは帰宅すると、夕食を取った。
夕食と言っても食パン一枚だけの質素な食事だ。
ミシェルは今社会問題となっている大量失業者の一人だ。
当然お金に余裕はないわけだが、さらにリベリオンの高額な会費を納めているため毎日貯金をすり減らしている。
もちろんリベリオンで部下をスカウトできればインセンティブで生活費を稼げるが、簡単なことではない。
ミシェルに限らず、一攫千金を得ることに目が眩んでしまって組織にしがみ付こうとする者はリベリオンには大勢いる。
その結果生活費すらもなくなり、強盗や窃盗などの犯罪や強引な勧誘を行うメンバーも少なくない。
だからリベリオンは社会一般では「悪の組織」と言われるようになったのである。
そこまで生活が苦しいなら、組織から彼女自身が脱退するという方法もある。
でも、彼女は夢と希望を失うことが怖かった。
日本社会に戻っても、夢はない。楽しいこともない。希望もない。待っているのは閉鎖的な日々だけだ。
それでも、リベリオンで一攫千金を得れば明るい未来もあるかもしれない。
それが例えどれだけ確立の低い話でも、彼女にとってはその実現性の低い夢が心のエネルギーなのだ。
だから組織を脱退するという選択肢は彼女には取れない。
そんな考え方をする組織のメンバーも、もちろん彼女だけではない。
大勢のメンバーが夢と希望を餌に組織にしがみ付き、飼いならされている。
組織には厳しい掟がある。
それは上官への絶対服従。
例えどれだけ理不尽な要求であっても上官の指示には逆らえない。
例え性的な要求であってもだ。
これだけ理不尽な掟があるにも関わらず、組織のメンバーは金に目がくらみ掟などどうでも良くなっているのだ。
ミシェルもその一人である。
ミシェルはスマホの取り出して、彼女の父親からのメッセージを見返した。
--お前は悪い人達に騙されている。一度話がしたい。実家に戻ってきてくれないか。--
メッセージ自体は読むのも飽きてしまう程長い。
でも全部を読む気はなかった。読む意味はいないのだ。
ミシェルの父親は、彼女が家から逃げ出そうとする度に一時的に優しくするのであった。
しかし、家に戻れば「お前など一家の恥だ」と事あるごとに怒鳴り散らすようになるのだ。
どうせ「お前のことを大切に思っている」とかそんなことが書いているんだろう。
ミシェルは分かっている。全部口だけだ。
竹本が教えてくれたことがある。
「自分が付き合う人間は自分で選んでいい」と言うことを。
『自分のやりたいことを否定する人は親友であれ家族であれ恋人であれ縁を切れ。自分の不利益になる人とは付き合うな』
以前竹本がミシェルにかけた言葉だ。
「私は間違っていない。間違っているのはお父さんとお母さんだ…。」
その時、竹本から一本の電話がかかって来た。
竹本は相当酔っぱらっているようだった。
「ミシェル、豊橋さんから名誉のある任務を与えられたぞ。ついにあいつを抹殺する許可が出た。」
「あいつ…?」
「内部でクーデターを企てている組織最大の脅威であり、革新派のリーダー、浅風竜義だ。」
「浅風を…殺すのが次の任務…」
豊橋とはリベリオンの統括責任者であり、いわばボスだ。
今回の任務は組織のトップからの命名ということになる。
「ミシェル、今回の任務はお前を信用して全てを任せようと思う。若い奴は厳しい任務をこなして経験を積むべきだ。」
ミシェルの心境は複雑だった。
「どうした?こんな名誉のある任務を与えられて嬉しくないのか?」
そもそも今まで一度も竹本から与えられた任務を果たせていない非力な彼女には荷が重すぎる。
それに、殺害なんて任務を与えられて躊躇しないわけがない。
それでも組織の掟で上官からの命令なら返すべき答えは一つしかない。
「はい、私に任せてください。しっかりと任務を果たして見せます!」
ミシェルは本心を押し殺して笑顔を作った。
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こんなことはおかしいのかもしれない。
でも、タケポンが私を信頼して任せてくれるんだ。
断っちゃだめだ。できなくてもやらなきゃ…。
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ミシェルはそう心に誓って任務を引き受けた。
竹本は喜んでいるようだった。
「さすがだミシェル。お前は素直でいい奴だ。」
ミシェルは人を殺す覚悟などできてはいなかった。
でも心を鬼にするしかない。
竹本はどんなにミシェルが失態を犯しても多めに見てくれた。
そしてまたチャンスを与えてくれる。
竹本はミシェルが初めて「この人のためなら頑張りたい」と思える人物だったのだ。
「浅風竜義を仕留めたら君を僕と同じ階級に昇進させてもらえるよう豊橋さんに交渉するよ。だから命を懸けて任務を全うして来なさい。」
「はい、必ず浅風を殺します。私にそのような重要な役目を与えてくれてありがとうございます。」
竹本は笑みを浮かべた。
こうしてミシェルは任務へと向かうのである。