第三章第四話 アメリカの暗部組織・DH4
リベリオンに所属するアメリカ人政治家、エルム・メイプルリーフはネオキサラヅシティの居酒屋で敷島兄弟の春雄、夏子、千秋と飲んでいたのだった。
「いや~、暑い日のハイボールは最高デスネ~」
酒に強いエルムと春雄は焼酎やらワインやらと言ったアルコール度数の高い酒をガンガン飲んでいたが、酒に弱いに千秋はビール一杯ですぐ酔っぱらってしまった。
酔いつぶれてテンションが上がりすぎてしまった千秋に夏子は半ば呆れぎみだった。
「本当にもう、強くないのに無理して飲むから…。恥ずかしがらずにソフドリにすればいいのに。」
「いんやあ、一人だけ子供みたいでいやだあ~」
千秋は酒の勢いで思いきりダダをこねている。
エルムと春雄は酔った勢いで腕相撲をするなど、皆大はしゃぎであった。
そんなこんなで酔って足元がおぼつかないエルムは、帰り道をフラフラと歩いていた。
ふと前を見ると、銃を持った男達が数人エルムの行く手に現れた。
エルムは最初、彼らはただの野蛮なゴロツキだろうと思っていた。
「やあ、君達こんな遅くに色々していると危ないヨ!」
おどけるエルムであったが、その後男達によってエルムは取り押さえられ、拘束されてしまったのであった。
状況が分からず困惑しながら、「一度話をしようという」というエルムを男達は問答無用で手足を縛り付け、側に駐車していた車の中に放り投げた。
「どういうことでスカ?私が何をしたというのでスカ?」
男の一人が車の運転席に乗り込むと、エルムの質問に答えた。
「詳しいことは聞かされていない。浅風さんからあんたを捕らえて連れてくるように命令された。」
男達の正体は大人浅風が手配した部隊だったのである。
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手足を縛られたまま、エルムはリベリオン本部の大人浅風と女王のミシェルの元に強制連行された。
大人浅風もミシェルも悪魔を見るような鬼のような形相であった。
「DH4が豊橋の遺体とまりもの身柄を引き渡せと要求して来た。エルムお前なのか、まりもの情報をDH4に売ったのは?」
エルムは困惑した表情で顔が青ざめていた。
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「DH4(ディー・エイチ・フォー)」、それはアメリカに本部を置く、世界最大規模の暗部組織である。
DH4は国境をなくし世界の国家を一つに集結することを目論む組織である。
この組織の歴史について説明する。
DH4は2020年、レインボーインパクトの直後ネブラスカ・ブラウトマンという一人の男によって設立された組織である。
ブラウトマンは元NASAの職員で、「レインボーインパクトは隕石の衝突による天災ではなく宇宙人の攻撃による人災である」と訴えた人物であった。
ブラウトマンの主張には明白な根拠があった。
レインボーインパクトをもたらした物体の軌道の記録は宇宙ステーションに残されていて、幾度も直角に曲がるような動きも見られていた。
空気も重力もない空間で、意思のない物体が直角に曲がるなどありえない話である。
ブラウトマンはアメリカ合衆国政府に、「地球の存亡の危機である。地球を守るために国境の枠を超えて世界を一つに統一し団結するべきである」と訴えたのだ。
しかし、アメリカ政府は彼の意見に耳をかさなかった。
レインボーインパクトにより住む場所や職を失ったものも多くいる。
多くの土地が失われ、農地も減少、世界的な食糧不足も起こり始めていた。
日本のリベリオンのようなテロ組織も増え、世界各地で紛争も起こり始めていた。
そんな状況の中で「宇宙人が攻撃してきた」などという主張はさらなる混乱を招きかねない。
そして、アメリカ政府の目論む紛争の制圧や世界の復興の妨げになる。
だから、アメリカ政府はNASAの証拠を破棄して「レインボーインパクトはただの隕石の衝突である」として片づけたのだ。
レインボーインパクトに宇宙人が関係しているという物理的な証拠がないのだから仕方がないことである。
それでもブラウトマンはワシントンでデモを起こすなど強引な訴えを続けたが、彼の思想は過激であり政府にとって危険とみなされ逮捕されてしまう。
2年間の牢獄生活を経て保釈後、彼が世界を統べる新しい組織を作るために立ちあげたのが「DH4」である。
リベリオンとDH4には深い関係があった。
リベリオン総裁選挙のために加入した人物エルム・メイプルリーフはDH4の正規メンバーである。
しかし、独断で大人浅風がDH4と交渉し、協力関係を構築した事で、有事の際は助け合うという約束の元、エルムがリベリオンに派遣されたのだ。
浅風との交渉の際には、豊橋が宇宙人であるとは誰も想像していなかったから「万が一宇宙人を発見したら~」という話は一切されていなかった。
しかし、DH4の組織の成り立ちの経緯を考えれば、DH4が宇宙人の身柄を欲しがるのは当たり前のことであった。
そこまでは大人浅風も納得が行くのだった。
大人浅風の怒りの発端は、月潟まりもが宇宙人である豊橋の血を引いていることまでエルムがDH4に報告してしまったのでないかということであった。
内密にしておけばまりもは一般人として生きられたのだ。
「ケプラー人の血統」ということが明らかになれば、まりもは世界中の注目の的になってしまう。
そんな懸念があったからこそ、浅風とミシェルは怒り心頭なのであった。
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大人浅風はエルムに詰め寄った。
「エルム貴様、自分がどれだけ酷いことをしたか分かってるのか?豊橋はともかく、まりもは戸籍上も列記とした地球人なんだ!
なのになんでそんな言わなくていい情報までDH4に伝えた!」
「見た物は全て伝えろと上官から言われておりますノデ…。私は私の仕事をしたまでデス。」
「ふざけるな!!」
大人浅風は身動きが取れないエルムのクビに掴みかかった。
エルムは怒り冷めやらない大人浅風に恐怖を覚えながらも声を絞り出す。
「そもそもDH4とリベリオンは協力関係のはずデス。我々DH4は協力したのにあなた方は宇宙人と宇宙の技術を独り占めするのでスカ?そんなのワガママというものです。」
「なんだと!?」
エルムを殺してしまうのではないかと懸念したミシェルは、浅風にエルムから手を放すよう指示した。
「もう止めて浅風!!」
浅風がエルムから手を放すと、ミシェルはそっとエルムに歩み寄る
「エルムさん教えてください。私達はDH4の依頼だとしてもまりもを差し出すつもりはありません。依頼を断ったら何かお咎めはありますか?」
「DH4は宇宙人を喉から手が出るほど欲していマス…。最悪は力づくで奪いに来るかもしれまセン…。リベリオンには豊橋の置き土産の宇宙の技術がありますが、
DH4は10万人というメンバーを抱えていマス。リベリオンとの戦力差は歴然かと思いマス。」
「まりもは大事な私達の仲間です。それにあの子は今とても傷心しています。だから、今引き渡すことはできません。依頼を撤回してもらえるようエルムさんも一緒に交渉してくれませんか?
エルムさんも見ていたでしょ…?」
「残念デスが、私は上官には逆らえまセン。逆らっても殺されますノデ。気に食わないなら今私を殺してくだサイ。」
大人浅風はしびれを切らして拳銃を取り出した。
「分かった。なら死んでもらう。俺達は仲間のためならば戦争することも厭わないんでね。」
「待って、浅風!」
ミシェルは浅風を制止する。
「ちょっと考えさせてもらえませんか?リベリオンとしての回答は私からDH4に直接します。この一件が落ち着くまで謹慎をお願いします。」
大人浅風は戸惑っていた。
ミシェルの成長ぶりが想像以上であったからだ。
元々はエルムのように上の命令に従って動くことしかできない受け身の性格だったのにも関わらず、常に自分の考えを持つようになった。
それだけではない、自分の考えと相手の意見を聞いた上で客観的な判断を冷静に下している。
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<数日後>
ミシェルは、DH4に対して「まりもの引き渡し」について正式な回答をした。
その内容はリベリオンのメンバー全員の前で発表されたのである。
--リベリオンはメンバーである月潟まりもをDH4に引き渡します。--
多くのメンバーが愕然としていた。
そして、まりも本人がこのことを聞いて大きなショックを受けた。
隣にいたリベリオン幹部の一人、タカヒロこと薄明貴裕にしがみ付いて泣いていたのであった。
ミシェルの判断に我慢できなかったタカヒロは、壇上に上がりメンバー全員の前でミシェルに抗議したのだった。
「ミシェル、考え直してくれ!!おかしいだろこんなの!!まりもはDH4に行ったら実験体にされるかもしれない、少なからず今みたいに普通の生活を来ることは不可能だ!」
「わかってるよタカヒロ。皆を守るためだよ。ここでDH4が敵になったらリベリオンはDH4と日本政府の両方から敵視されることになるんだよ。そうなったら私達に未来はない…。」
すると、集まったメンバーから罵声が飛んだ。
--ふざけんな俺達は戦う。--
--仲間を守るためなら命なんか惜しくはない--
そんなメンバーの声を聞いたミシェルの目には涙が浮かんでいるようだった。
それでもミシェルは涙を必死にこらえてメンバーに訴えた。
「これはリベリオンの女王としての決断です。不満があると思いますが、従ってください!」
それでもタカヒロは引き下がらなかった。
ミシェルの斜め後ろで腕を組んで黙って様子を見ている大人浅風に詰め寄った。
「浅風さん、なんか言ってやれよ!あんたなら戦争してでも依頼を拒絶したはずだ!!今からでもミシェルを止めさせろよ!!」
しかし大人浅風はミシェルを止めはしなかった。
「ああ俺なら拒絶した。でもこれはミシェルが下した判断だ。それに…まりもの事だけを考えるなら、戦争をして反逆者として捕らわれるより、自分から行った方がまりもへの
奴らの待遇も良くなるはずだ。そこまで考えてのあいつの女王としての判断だ。」
「チクショウ!!!」
タカヒロは体を震わせて叫んだ。
そして膝をついて涙を流したのである。
そんなタカヒロに大人浅風は語り掛けるように声を掛ける。
「お前もミシェルを支える立場だ。自分の立場を考えて大人の判断をしろ。女王を必要以上に苦しませるな。」
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<翌日>
まりもの引き渡しを拒んでいたタカヒロは女王のミシェルにある提案を持ち掛けようとしていた。
「昨日はすまなかった。俺も冷静に考えずに言いたい放題言って…」
この時のタカヒロはすっかり落ち着いた様子だった。
一晩自分がどうするべきか真剣に考えたのだろう。
「私の方こそごめんね。タカヒロにも相談するべきだったよね。」
「いやいいんだ。それで、ちょっと頼みがあるんだ。」
「どんな頼み?」
「俺をまりもとエルムさんに同行させて欲しい。」
「それはタカヒロもDH4に行くと言ってるの?」
「ああそうだ。俺はリベリオンの仲間も大事だけどまりものことは特別に思ってて…、なんというか良い奴なのに可哀想でさ…。
まりもを酷い目に合わせる奴がいるなら俺が守ってやりたい!あいつをひとりぼっちになんかしたくないんだ。」
ミシェルは笑みを浮かべていた。
「それ、本人に言ってあげたら喜ぶと思うよ。」
「おい、何か勘違いしてないか…?」
「とにかくタカヒロの気持ちはわかった。女王として許可します。」
「ありがとう!」
タカヒロがまりもに同行することを志願したのにはもう一つ理由がある。
DH4もリベリオンの幹部であるタカヒロを同行されては、まりもを相手の都合の良いようにはできないだろうと考えたのである。
またエルムが敵なのか味方なのかもわからないため、エルムの監視も必要であると考えたのだ。
タカヒロなりに自分の立場を踏まえた上で決めた、冷静な決断だった。
こうしてタカヒロはまりもとエルムとともにアメリカのDH4本部へ向けて飛び立つのであった。




