第三章第三話 新たな国の女王
指導者が豊橋からミシェルに変わった暗部組織リベリオンは、暗部組織としてではなく房総地域における新国家「新生リベリオン王国」として独立宣言する日が間近に迫っていた。
ここで補足をすると、「国家」として認められるには国際連合によって承認される必要がある。
リベリオンは国連から正式な国としては認められていないため未承認国家ということになる。
それでも日本とは違う平等で弱者に優しい社会主義国家として房総を独立させる準備はすでに整っていた。
房総地域は従来より、元リベリオン総裁の豊橋勝也によって独立国のような支配をされていたからだ。
房総への行き来は基本的に東京湾を渡るフェリーでしか行き来できない。
実は、リベリオンの本拠地であるネオキサラヅシティから対岸の羽田空港付近の浮島という場所まで地下道が通っていて、この地下道を通れば最短距離で東京へ行くことができるが、何年も前からこの地下道は封鎖されている。
地下道の所有権はリベリオンが有しているので、いざとなればリベリオン側のタイミングで地下道を通って東京へ攻め入ることもできるような環境が整っているため、防衛力は十分である。
さらに、東京湾の中心には、地下道の丁度真上に当たる場所に、豊橋が宇宙の技術で開発した最強の防衛施設「シー・ファイアフライ」がある。
「シー・ファイアフライ」がある場所は、かつてはサービスエリアとして賑わった場所であるが、豊橋が房総地域を支配して以降使われることがなくなったこの施設を、防衛施設に作り変えたのだ。
「シー・ファイアフライ」には砲台が設置されていて、まるで虫の羽のように砲台格納庫が開かれると、膨大なエネルギーを東京方面に向けて放射できる無敵の防御塔なのだ。
万が一「シー・ファイアフライ」を最大出力で発射したなら、東京中が一瞬で焼け野原になる。
この「シー・ファイアフライ」の脅威があったからこそ、日本政府は豊橋に恐れをなして彼の暴政を黙認していたのだ。
しかし、革新派が権力を握った新しいリベリオンでは、この最強の防御塔をめぐって大きな問題が発生しており、大人浅風とミシェルは対応を迫られていた。
「なに!?制御施設の鍵が見当たらない?」
大人浅風は目を丸くしてミシェルに尋ねた。
「うん…。制御施設に入れないとシー・ファイアフライを使えないから、このままじゃネオキサラヅシティは丸腰の状態だよ。」
「元々鍵は誰が持っていたんだ?」
「夕凪ちゃんが持ってたはずなんだけど…。選挙以来夕凪ちゃんを見た者がいなくて、どうしようもない状態なんだよね…」
「鷲兎夕凪…。まさかあいつ、ミシェルに負けた腹いせに鍵を持ち逃げしたのか…?」
鷲兎夕凪は豊橋派の後継者であった。
しかしミシェルと選挙でリベリオンの総裁の座を争った結果敗北し、それ以降姿を暗ましている。
夕凪に勝ったことで、ミシェルはリベリオン総裁の座を手にして、間もなく新生リベリオン王国の初代女王となろうとしていた。
「ちょっと、浅風に一つ頼みたいんだけどいいかな?」
「なんだ?」
「夕凪ちゃんを連れ戻せないかな。あの子今、どこにいるか分からないけど凄く大変な思いをしていると思う。房総でも日本でもあの子はあまりよく思われてない。できれば助けてあげてリベリオンのメンバーとしてもう一度できたらって思うんだ。」
「それはダメだ。鷲兎夕凪はお前を物凄く憎んでいた。それに話をしたら改心してくれるような奴でもない。あんな奴を連れ戻してもミシェルのクビを絞めるだけだ。このままどこかで野垂れ死んでくれた方が好都合だ。」
「ちょっと…浅風は冷たすぎるよ。私は豊橋派の人達を苦しめたかったわけじゃない。
和解して一緒に協力できたらって思ってた。」
「和解を持ち掛けたのに、ミシェルの手を振り払ったのは鷲兎夕凪だ。お前が気にすることじゃない。とにかく自分に悪影響を及ぼす奴を自分の周りに置いておくメリットはない。」
ミシェルは少し悲しそうな顔をしていた。
「浅風って、本当自己中だね…。夕凪ちゃんだって私のことが嫌いなのにも何か理由があると思う。私は曲がりなりにもリベリオンのトップになれたから、その権力は皆を幸せにするために使いたいよ。」
「皆を幸せになんかできるわけないだろう。人にとって幸せは千差万別だ。ある人にとっては幸せでも、ある人にとっては不幸だったりもする。だから一部の人間が不幸になることは仕方がないことだ。ましてそれが、俺達の敵ならわざわざ救う価値もない。」
「もういいよ!!新生リベリオン王国の女王はこの私だよ。浅風はあれが悪いこれが悪いってなんでもかんでも茶々入れてくるけどさ、私は私でしっかり考えてやってるんだから文句言わないでよ!
それとも、気に入らなければ私も倒す…?」
「いや、俺はそんなつもりで言ったんじゃない。俺だってミシェルのことを考えて…」
「ああもう!いいよ、もう好きにすればいいじゃん。どうせ私のことなんか操り人形くらいにしか思ってないんでしょ。自分の思い通りに巧みな言葉で人を上手く操ったりとか、浅風がやってることは豊橋とほとんど変わらないよ!」
大人浅風は冷静に自分を見つめなおしてみた。
彼は、リーダーになるとかなり行動力がある。
でも部下になると必ず立場が上の人に反発するなどして、協調性がなくなる。
大人浅風は考えた。
--よく考えてみれば、俺は自分のやりたいようにしかできないのか…?恐らく、女王がミシェルでなければリベリオンにも俺の居場所はなかっただろう。少年の俺が言ったように、俺はただ俺がやりたい放題やってただけなのかもしれない。--
大人浅風は過去の自分勝手さを反省していた。
「すまなかった…。とりあえず、鷲兎夕凪を引きずり戻してくる。それでいいか?」
大人浅風が冷静になると、ミシェルも落ち着きを取り戻した。
「うん、ありがとう。…ごめん、ちょっと言い過ぎたね。」
「いや、構わない。正直な気持ちをぶつけてくれてありがとう。
子供の頃に、叱ってくれる人がいることに感謝しろと言われた意味が分かった気がしたよ。」
「私も同じこと思ってた…。リベリオンのトップになってからは私にうるさく言ってくれる人って浅風くらいだし。浅風がいなければ知らないうちに頑固になってたことも気が付かなったと思う。」
大人浅風は、東京でサラリーマンをしていた時代に、協調性がなく仕事をすぐにクビになっていた。
日本社会でドロップアウトして、暗部組織であったリベリオンに入り「協調性のない自分」を受け入れてもらえる環境を手にしたことで、逆に協調性を身に着けようという努力をしなくなってしまった。
気が付けばいい大人なのに自分の好きなようにしかできなくなってしまったのだ。
大人浅風はミシェルの一部下として任務をこなせることを示してやろうと思った。
ちなみに大人浅風は豊橋の暗殺に失敗した際に、一度リベリオンを脱退している。
しかし、新たに総裁になったミシェルの配慮で再びメンバーに復帰し、リベリオンを母体として新国家でも重役を任されようとしていたのだ。
--ミシェルが俺を見捨てないでくれたことは感謝しないとダメだな--
そう思って、大人浅風は鷲兎夕凪の捜索へ向かった。
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目ぼしい情報が少なく、大人浅風は夕凪の捜索に難航した。
苦労の末、ようやく東京で見つけた夕凪は、ボロボロのフードを被っていて、かなり痩せ細っていた。
「鷲兎夕凪だな? 俺だ、わかるか?」
大人浅風と目が合うと、夕凪は即座に走り出した。
しかし、体力がないのかすぐによろめいて倒れてしまった。
「逃げなくていい、お前に危害を加えるつもりはない。新しい服と何か食い物を買ってくるから、そこで大人しく待っていろ。」
すると夕凪は目を吊り上げて浅風を睨んだ。
「クソビッチの差し金だな…。あんたが自分から、敵だったあたしを助けるなんてことするはずがない。」
「いや違うこれは俺の意思だ。元はミシェルの提案だが、俺は俺の意思でお前を救いたい。」
「ふざけんな。結局あの女の命令ってことじゃんかよ。だったらお断りだ!あたしにだってプライドってものがあるんだよ。あたしはどれだけ苦しくてもあの女の助けは求めない。あの女に助けられるくらいなら死んだ方がマシだ!!」
「なぜそこまでミシェルを憎む…?」
「なんであんたなんかに言わなきゃいけないんだよ。さっさと帰れよ。…それともこれがお目当てか?」
夕凪はポケットから鍵を取り出して、俺の足元に投げ捨てた。
大人浅風達が探していた、シー・ファイアフライの制御施設の鍵だ。
「抵抗しないで渡してやるんだから、もうあたしのことは放っておいてくれよ!!」
大人浅風は鍵を拾うと夕凪に優しく声をかけた。
「わかった。お前は好きなようにすればいい。でも、助けが欲しいなら好きに俺達を利用すればいい。」
「だから、お前らの助けないんかいらないって何度言ったら…」
「気が変わったらでいい。お前を助けると言ったのは俺達だ。助けた結果お前に裏切られたとしても、少なからず俺はお前を責めない。俺がお前を助けちまうくらい馬鹿だったってことさ。だから気が向いたら都合のいい時だけ俺達を利用したらいいさ。」
夕凪はとても悔しそうな表情をした。
「ふざけんなよ…。そんなこと言われたら助けて欲しくなっちまうじゃんか…。あんたはあたしが下らない意地張ってると思ってんのかもしれないけどさ、あたしにとっちゃあの女の助けだけは借りないってのは譲れない大事なプライドなんだよ。」
夕凪の目は少し涙ぐんでいるようだった。
大人浅風が帰ろうとすると、夕凪は恐る恐る声を振り絞るように言った。
「あ、…ありがとな。認めたくないけど、あんた達の気遣いは少し嬉しかった…。」
「そうか、分かった。ミシェルにもお前が喜んでいたと伝えておくよ。元気でやれよ。」
そう言って大人浅風は、手を振って夕凪の元を後にした。
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大人浅風はリベリオンの本拠地に戻ると、ミシェルに夕凪のことを話した。
ミシェルは少し寂しそうだった。
「そっか。本人の意思が固いなら、しょうがないかな…。」
「とりあえず制御施設の鍵は手に入った。これでシー・ファイアフライは動かせるし、ひとまずは良しとしよう。」
するとその時、部屋の扉が急に開いて、背の高い背広を着た男がやって来た。
「どうも、こんにちは!」
男は片手にパンフレットのような物を抱えていた。
そして、男の顔には見覚えがある。
「瀬戸…?貴様、どうやってここに入って来た?」
急にやって来た、大人浅風が睨みつけた男は大人の瀬戸慎也であった。
大人瀬戸は、少年浅風達のバイト先、エスパー義勇軍の営業マンであり、少年浅風の親友の大人になった姿だ。
「門番の人に案内してもらったんだ。どうも!株式会社エスパー義勇軍、営業部長の瀬戸慎也です。」
「何の用だ?」
大人浅風は鋭い視線ぶつける。
「うちはセールスお断りだよ。」
ミシェルはそう言いつつ、この状況を少し面白がっているようだった。
大人瀬戸は大人浅風とミシェルに卒なく名刺を手渡した。
「まあまあ、そうおっしゃらずに。今後、新生リベリオン王国の建国と女王陛下即位の記念式典をやるようですね。多くのリベリオンメンバーが集まりますからテロ対策とかバッチリしておかないと今の時代危険ですよ。テロ対策は十分ですか?もしお困りなら我々が…」
「結構です。うちは間に合ってますので。」
ミシェルはあっさりと断った。
「話は最後まで聞いてくださいよ。今回特別に、親友である浅風に免じて、入会初月割引でお安くしますよ。」
「おい、初月割引とか、どうせ誰にでもつけてる割引だろ。それに『最後まで話を聞いたんだからウチと契約しろ』なんてオチじゃないのか?」
大人浅風は冷たく言い放つ。
「ギクっ!」
「本当の目的はなんだ?組織のアジトの飛び込み営業なんてまともな神経の奴がやることじゃないぞ。」
「目的?そんなの言うまでもない。浅風を…守ることだ。」
大人瀬戸の顔は、営業スマイルから真剣な表情に変わった。
「はあ!?」
「実はさ、エスパー義勇軍はもうじき廃業になるんだ。」
「廃業?じゃあ、大感謝超割引セールとかやるの?」
ミシェルは立ち上がって飛びついて来た。
「ミシェル、お前は少し黙ってろ。で、どういうことだ?」
「政府が防衛省直轄の能力者部隊を作るらしいんだ。だから俺達みたいな民間能力業者は全部吸収して政府直属の新しい部隊に統一するプロジェクトを進めるから協力しろと政府からお達しがあったんだ。
多分、お前達を武力制圧するために政府は早速、戦力確保に動いてるんだ。
だから、記念式典の間も何が起こるかわからない。そこで、俺達が能力者部隊を派遣して警備を手伝えたらと思ったのさ!」
「日本政府はもう俺達を制圧するために動き始めているのか…。」
「そうなんだ…。だと…何かあると怖いし、エスパー義勇軍さんにお願いしたいかな。」
「おいミシェル、営業トークにまんまと乗せられるな。女王様の自覚を持て!」
「まあまあ、浅風も俺を少しは信用してくれよ。中学からの仲なんだからさ。日本社会のことなら俺に任せろ。欲しい情報があればいつでも仕入れてやる。な!」
「わかった…。じゃあ、式典の時だけお試しでエスパー義勇軍とやらに警備をお願いする。それでいいか、ミシェル?」
「うん、いいと思う。」
すると大人瀬戸はすぐさま鞄から一枚の書類を差し出し、ミシェルの机の上に置き、ミシェルにペンと朱肉を手渡した。
「ありがとうございます!では、女王様。こちらの契約書の代表者欄にサインとインカンをお願いします!」
「ちくしょう…。なんか屈辱的だ…。」
なぜか頭を抱えた大人浅風であった。




