第三章第二話 姉のような存在
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私、時任夢朱は今日も竜義君を悲しい結末から救うため奮闘していた。
そんな中、次のタイムトラベルで奇跡が起きるのである。
この世界の竜義君は、2020年に発生したレインボーインパクトによる災害で、海面上昇した海に飲まれて死亡していたというのだ。
私は、彼を救うため、2020年のレインボーインパクトが起こる日に再度タイムリープした。
その世界はまさに地獄が始まろうとするような不気味な世界だった。
空には暗雲のようなものが立ち込め、空がうっすら虹色に輝いている。
私は大急ぎで竜義君を探して回った。
しかし、どこにいるかも特定できない一人の人物を探すことなど簡単にできるはずがない。
高台から海の方角を見渡すと、津波のようなものが陸地に向けて押し寄せてくるのがわかった。
--もう海面上昇が始まってるんだ。どうしよう…今回も何もできない…--
その時、波が迫りくる橋に何人かの人々が取り残されているのが目に入った。
よく見ると、中学生くらいの少女を背負って逃げようとする少年がいた。
--まさか…竜義君!?--
少年浅風は足を負傷した少女を背負って立ち上がろうとしてバランスを崩し、倒れた。
周辺にいた人達は、彼らのことなど見向きもせず、必死に向こう岸まで走っていた。
命の危機が迫ると、人間は助け合うことすらしないのかと悲しくなった。
そうこうしている間にも、波はすぐそこまで迫っていた。
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この距離じゃテレポートでもできなきゃ助けられない。
でも待てよ…タイムトラベルって確か高速で移動することで未来に行けるって原理だったはず。
ってことは、もしかしたら…
もう一か八かでやるしかない。
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少年浅風と彼が背負った少女が波にのまれようとした時、私は彼らの元にテレポートし、彼らを波よりも高い場所に避難させようとした。
すると思った通りに体が動いていた。
「浅風君、私に捕まって!」
私は竜義君達の元へ瞬間移動すると、今度は彼らの手を取って、鉄道橋の上部へ瞬間移動して波を避けた。
--守り切った。--
そう思って安心した時、少年浅風は3人の少年が川に流されていると教えてくれた。
「瀬戸!出雲!銀河!」
--早く助けないと!でも三人を助けてテレポート…。ぶっつけ本番なのにできるかな…。いややる。やらなきゃだめだ!!--
「彼らを助けて戻ってくるから、そこにしっかり捕まってて」
私は川に流されている三人の少年の元に瞬間移動すると、ありったけの力を振り絞って3人を担ぎあげ、少年浅風達のいる鉄道橋の上部へ再び瞬間移動した。
しかしそれでは終わらなかった。
先程よりも、さらに大きな波が次々が押し寄せて来たのだ。
大きな波は、河口付近から東京下町のありとあらゆる建物を飲み込んで行く。
--だめだ。街ごと波に飲まれる…。どこへテレポートしても逃げられない…---
そこで私はあることを思いついた。
「タイムリープすれば、この波から逃れられる」
しかし、タイムリープはそう何回も連続でできるものではない。
すでに今の時代に来るまでに、今日だけで2回もタイムリープしている。
しかも今までやったことがなかったテレポートを繰り返し行い、脳が悲鳴をあげている。
多分、もう一回タイムリープしたら命の保証もないだろう。
でもやるしかない。
やらなければどの道死んでしまう。
「いいみんな、しっかり私につかまっててて!!」
私達は未来へタイムリープした。
2030年の世界に着いたようだったが、激しいめまいがしていて夜なのか昼なのかもわからない。
ダメだ…もう体の感覚がない…。
鼻や目など至る所から血が流れ出ていた。
--無理しすぎた…--
私は意識がはっきりしないままゾンビのように、フラフラと無意識状態で血を流しながら歩いていたところ、繁華街の街中で倒れたみたいだ。
血まみれで倒れた私の姿を見て通行人が「キャー」と悲鳴をあげていたみたいだが、その後の記憶はない。
目が覚めると私は病院のベッドにいた。
「よかった。生きてた…。」
看護師さんが言うには私は3日も目を覚まさなかったらしい。
それどころか、脳内出血を起こしていて、救助されるのが少しでも遅ければ私は助からなかっただろうと言われたのであった。
私は頭の中を整理するのに時間がかかった。
まず、竜義君達を2030年の世界に連れて来た後の足取りがつかめないので彼らがどこで何をしているのかがわからない。
彼らが無事でいるのならいいが、この時代に連れて来た調本人として、彼らをまるっきり放置するわけにはいかない。
でも、どうやって彼らを探せばいいのだろうか。
しかも、彼らを探す以前に、退院するのに必要なお金もない。
こんな時に相談できる人物は、一人しかいなかった。
私はスターナイトの事務所へ行き、諸星あさみを尋ねた。
あさみにイヤリングを見せたら、今回もすぐに彼女と仲良くなった。
そして、私の身に起きたことを全てあさみに話した。
あさみはこの世界でも私の話を真剣に聞いてくれた。
「そっか、大変だったね…。体調は大丈夫?」
「うん、今は平気。ありがとね…。こんな私の話信じてくれて。」
「ははは、信じられない部分はあるけど、まあだったらだったでいいんじゃないかなって思ってるし気にしないで。夢ちゃんの話が全部嘘なら、きっと君は小説家になれるよ。」
「相変わらずお世辞がうまいなあ。」
「で、彼氏の子供の行方を知りたいんだっけ?」
「彼氏の子供じゃない!」
「ああ、間違えた子供の彼氏ね。」
「いや、それも違う…。」
「まあとにかくさ、スターナイトでプロレスデビューしようか!!」
「ええ!?いきなり?」
「いきなりじゃないよ!別の時代じゃリングに上がってたんでしょ。なら実績十分じゃん。今度のトーナメントで優勝でもすれば世間に夢ちゃん、いや『ドリームレッド』の名が広まって、彼の方から会いに来てくれるかもしれないよ!」
「そんなに上手くいくかな…?まあでも、やってみる価値はあるかな。」
「そうだよ!あ、ちなみに最初に言っておくけど恋愛とプロレスを混同するのはなしだからね。プロレスはプロレスで真剣にやってよ。」
「もちろんだよ!」
「じゃあ、優勝決定戦で待ってるよ!」
「うん!」
こうして私はトーナメントを最後まで勝ち抜き、決勝戦であさみと対戦することになった。
惜しくもあさみには敗れてしまい結果は準優勝だったが、我ながらよく奮闘したと思っている。
まさか決勝戦を少年の竜義君が見に来ているとは思わなかったから、試合後の花道に彼が飛び出して来た時は、ビックリして声を掛けることもできなかったけど。
でもそこには、さらにいい出会いがあった。
佐倉奈々さんという、とても美人でしっかりした女性と仲良くなることができた。
奈々さんは私が連れて来たままにしてしまっていた、少年の竜義君達を自宅に住まわせてくれていたのだった。
本当は奈々さんには深くお詫びして、私が少年達の面倒を見なければいけないと思った。
だけど奈々さんは色々と事情を察してくれたのだった。
「そう、あなたが浅風達をこの時代に連れてきたんだ。」
「申し訳ありません。多大なご迷惑をお掛けして。きちんとお礼はさせて頂きますので。」
「気にしないで。あいつら私の幼馴染だから。あと過去の私もいるしね。
それよりあなたは大丈夫?この時代に来たばっかりで何か不自由してない?」
「あ、い、いえ!大丈夫です。友達の家に居候させてもらって、ちゃんと生活できてますから。
心配までして頂いて恐縮です…。」
「なんか、随分礼儀正しいレスラーさんだね…。
とにかく、私は大丈夫だから。何かあったら頼ってよね、力になるから。」
「そんな…お世話になりっぱなしで本当に申し訳ないです…」
「そういう時は素直に『ありがとう』っていいなさいよ。その方が相手は喜ぶんだよ。」
「は、はい。ありがとうございます!」
「よし! じゃあ宜しくね。」
奈々さんは天使のような人だった。
ちょっぴり気が強いけど、美人で面倒見が良くて思いやりのあるお姉さん。
今では私にとっては実のお姉さんみたいな存在だ。
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その後、私は衝撃的な事実を知ることになる。
2030年の世界で、大人になった竜義君が生きているというのだ。
今までタイムトラベルして来た中で2030年まで浅風竜義が生きていたパラレルワールドは存在しなかった。
でもこの世界では竜義君は生きていたのだ。
私の知る竜義君とはかけ離れた変わり果てた性格となって…。
奈々さんが教えてくれた。
この時代の竜義君は反社会勢力に所属する凶悪犯だと。
それでも私は竜義君が生きていてくれたことが何より嬉しかった。
でもそんな喜びも束の間だった。
竜義君は私の親友、諸星あさみの知り合いだったからすぐに彼と再会することができた。
再会した時は涙が溢れそうだった。
でもこの嬉し涙は一瞬にして悲し涙に変わる。
「お前が過去の俺達を連れてきたのか?何が目的だ?誰の指示でお前は動いている?豊橋か?」
竜義君は私を因縁の相手を睨みつけるかのような目つきで睨みつけて来た。
話す言葉も冷たくて温かみがない。
こんなの竜義君じゃない…。
結局、私は彼に鬼のような形相で私は追い払われ、自宅に迎え入れてすらもらえなかった。
私はその後、泣きながら奈々さんに電話した。
優しい奈々さんは私が落ち着くまで話を聞いてくれて、慰めてくれた。
支離滅裂で何が言いたいのか分からないような私の嘆きをずっと聞いてくれた。
--私は本当に人に恵まれているんだな--
そう思って神様に感謝した。
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その数日後、奈々さんから電話がかかって来た。
私が連れて来た竜義君の友達が暗部組織リベリオンに捕らわれてしまったというのだ。
「無理言って凄く申し訳ないんだけど、瀬戸君と出雲君を救出するのを手伝ってもらえないかな…。銀河君って能力使える子が一緒にいるけど、彼も子供だし、私は病み上がりで激しい運動ができないからあいつらに任せるのは心配で。夢朱がいれば安心できるかなって思ったんだけど…。」
「奈々さん…。もちろんです!私でよければ喜んで。」
奈々さんが私を頼ってくれたことが本当に嬉しかった。
良い人過ぎる奈々さんにはお世話になりっ放しで、私が恩を返せるときなんて来ないと思っていたから。
私は捕らわれた子供達を救出するため、房総にある暗部組織リベリオンの牢獄へ向かい、少年の竜義君達と一緒に組織に立ち向かった。
無事子供達の救出に成功したが、そこで再び大人浅風と対面することになる。
この時、私の胸中は複雑だった。
本音を言えば、竜義君には私の大好きだった優しい好青年に戻って欲しかった。
でも、同時に身も心もない悪党になったからこそ彼は自ら命を絶たずに済んだのかもしれないと思ったのだ。
私の知っている竜義君は文句も愚痴も言わない。自分を殺して人のために生きる人だった。
でも今の彼は違う。自分の好きなようにやりたい放題やっている印象だった。
これが竜義君にとって幸せなら、私はもうこれ以上彼に関わるのは辞めようと思った。
彼が奇跡的につかんだ幸せなら、それを壊したくはなかったからだ。
だから私は竜義君に聞いた。
「一つだけ教えてください。あなたは今幸せですか?」
その答えは曖昧だった。
「さあな…。俺がこの組織の総裁になって新しい国を作る夢を叶えられたなら俺は幸せだろう。」
同時にこうも思った。
きっとこの世界の竜義君は頼れる奈々さんが側にいてくれたのだろう。
私と過ごした竜義君は甘えてばかりの私のために無理をして自ら命を絶ったのかもしれないけれど、奈々さんなら、彼の弱い部分も知った上で彼を支えたと思う。
だとするなら、これ以上私が竜義君の人生に関ってはいけないと思った。
だから私は、竜義君達を元の時代に帰そうと決心して、そのことを彼らに告げた。
もう竜義君の過去を変えることは金輪際しない。
彼への未練は絶って、新しい人生をこれから現れる別の運命の誰かと作って行こう。
そう思えるようになったのだった。
少年達を救出した後、私は奈々さんに私が抱えていた全てのことを話した。
「そうなんだ…。まったくどの時代も変わらないな、あいつは。繊細過ぎるし、思考が極端。」
奈々さんは笑って私の話を聞いてくれた。
「ご迷惑おかけしました。何から何まで助けてくれて本当にありがとうございました。」
「私こそありがとう。私も夢朱の話を聞けたおかげで前に進める気がする。
ずっと忘れようとして、なかったことにしようとしてたんだよね。浅風との過去。
あんな奴の事悩んでも仕方ない。もうどうしようもないんだから前に進もうって何度も思ったけど、ふとした瞬間にまた思い出して辛くなる。そんなことの繰り返しでさ。
だけど、あいつにが生きているだけでも奇跡だったとするなら、私はやれるだけのことはやったってことだよね?」
「はい。奈々さんは凄いと思います。」
奈々さんは私の頭を撫でてくれた。
「可愛いなあもう!妹みたい。」
正直、竜義君と別れるより奈々さんと別れる方が私には辛かったかもしれない。
でももう過去は振り返らない。
それがきっとお互いのためだ。
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しかし、想定外の事が起こった。
私が竜義君達を元の時代に帰そうとすると、彼がそれを拒んだのだ。
「俺、この時代に残って大人の俺を救いたいんです。
あいつが何があってあんな悪い人になったのかわからないけど、あいつが抱えてる問題って俺も乗り越えなきゃいけないことだと思うんです。
俺はあいつみたいに奈々や皆を傷つけるような人になりたくない。みんなと一緒に普通に常識人として生きれるようになりたい!だから…お願いします!!」
私は涙が零れそうになった。
--これは私が知ってる竜義君だ。優しくて強くてカッコいい竜義君だ。--
どうしてだろう。
私の好きだった竜義君はもうこの世にはいない。
今この世界の竜義君はまだ生きているけど、私の知る彼とは別人で、彼には彼の人生があり、別に好きな人がいる。
だから、私はこんなことをしていてはいけないんだ。
それは分かってるけど、どういうわけか彼を助けたくなってしまう。
彼が頑張ろうとしているなら応援してあげたくなる。
彼が辛い思いをしているなら側にいてあげたくなる。
そんな思いがあるから、私は今も少年の竜義君に私の好きだった竜義君の姿を重ねている。
病んでるな…私。
私はこんな悩みを抱えながら、今日もまた、違う世界の少年時代の竜義君と一緒にエスパー義勇軍のバイトをしている。
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「ドリームレッド!ねえドリームレッドってば!!」
私は誰かに肩を叩かれて目を覚ました。
少年の竜義君が私を起こしてくれたみたいだ。
「あ、ごめん…って嘘!?私、寝ちゃってた?」
銀河君は舌打ちをしていた。
「大人がいい歳して仕事中に爆睡してんじゃねーよ!」
「早く行かないと、女王陛下の即位式典が始まるよ!女王の警備が俺達の役目なんだから気合いれないとね。」
「そうだったね。よし、今日も頑張るかー!」
今日もまた、新しい一日が始まる。




