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第三章第一話 ドリームレッド誕生秘話

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私は知っている。

浅風竜義という男は人の心を癒す天才なのだ。

でも優しすぎるが故に繊細すぎる。

この優しさが少しずつ、彼自身を苦しめていた。

ずっと側にいたのに、そのことに気付かないなんて私は何をしていたのだろう。

私が一番寄り添って、助けてあげなきゃいけなかったのに。


あの日、竜義君の亡骸の前で私はどれだけ泣いたのだろう。

どんな時でも優しい笑顔しか見せなかった、私の大切な人。

悔しい。悔しいよ。

私は甘えてばかりだった。

なんで彼の優しさを当たり前だなんて思ったんだろう。

私の馬鹿、クズ、人でなし。悔やんでも悔やみきれないよ。


もう一度でいいから会いたい。

例えどんな姿になっていたとしても構わない。

今度会ったら目いっぱい慰めてあげるんだ。励ましてあげるんだ。

もしもう一度会えるなら、私が人一倍明るく強くたくましくなって竜義君を守ってあげるんだ。

そう誓ったはずなのに…。

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私は、公園のベンチで顔を隠してうずくまっていた。

すると、とある金髪の女性が話かけて来た。


「どうしたの?泣いてるの?」


「泣いてません…。」

私は自分の意思とは裏腹に流れ落ちてくる涙を拭った。


「泣いてるじゃん思いっ切り…。ほら。」

女性はハンカチを差し出してくれた。


「どうしたの?彼氏に振られでもしたの?」


私はただ泣くことしかできなかった。

何か話そうとしても涙があふれてきて言葉にならない。恥ずかしい、情けない。

まるで幼い子供みたいだ。

女性は何も言わずに泣き続ける私の側にずっと寄り添ってくれた。


私は頑張って言葉を絞り出した。

「強くなりたい…。もっと強くなりたい…。甘ったれで弱虫な私を変えたいよ…」


女性は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに再び優しい表情に戻った。

「じゃあさ…、プロレスやらない?」


「プロレス…?」


「私、昔プロレスラーだったんだ。何年も前、まだ中学生くらいの時だけど。

プロレス大好きだったのにさ、嫌なことがいっぱいあって辞めちゃったんだ。

でもずっと後悔が消えなくて、私もう一回プロレスのリングに立つって決めたんだ。

またリングに立って君みたいに弱気になってる人達に頑張る勇気を与えたいんだ。」


「私なんかがプロレス…?無理ですよ。私、運動全くできないんです。気も弱いし大人しいタイプだから格闘技なんて絶対…」


「なら、なおさらやるべきだよ。」


「え?」


「才能のある人が強いのは当たり前。弱い人が強くなるからこそプロレスは面白いんだよ。漫画だって対して強くない主人公が頑張って死に物狂いで強くなって強い相手を倒すから面白いんじゃん。プロレスだって同じだよ。」


「じゃあ…。じゃあ見学だけしてみてもいいですか。」


すると女性はニンマリと笑って右手を差し出した。

「もちろん!私は諸星あさみ、宜しくね。」


「あさみ…さん?」


「あさみでいいよ。君は?」


時任ときとう夢朱ゆめかです。」


夢朱ゆめかちゃん?うーん…呼びにくいな。夢ちゃんでいい?」


「あ、はいなんでもいいです、呼び方は」


「わかった。じゃあ宜しくね、夢ちゃん。」


正直私はプロレスに興味があったわけではない。

でも、何か行動してみなければ何も変わらないし、何もしていなければただ悲しみだけが込み上げてくる。

ただ気を紛らわすために、何か行動したい。

最初はそんな軽い気持ちで出会ったばかりの諸星あさみに着いて行ったのが、私のプロレスキャリアの第一歩になった。


私はあさみの紹介で女子プロレス団体スターナイトの研修生となった。

私は大したスポーツ経験もないド素人なのに、あさみの紹介ということもあってか才能があるのではないかと謎の期待をされた。


あさみは中学生の頃、スターナイトのホープだったらしい。

しかし、将来のエースと期待されながら、突如引退しプロレス界から姿を消した。

だから、彗星のごとく現れては風のように消えたエースと言われていたようだ。


プロレスの初レッスンでは先輩たちが優しく指導してくれた。

プロレスラーというくらいだから、喧嘩が好きな怖い人達が多いのかと思っていたが、それは思い違いだった。

むしろ、自分が強いと思っていて、「自分は弱いからもっと強くなりたい」という気持ちがない人はレスラーを続けることは難しいのだという。

だからスターナイトに所属しているレスラーは研修生を含め、強くなるために努力を惜しまない努力家ばかりだ。

それに、雰囲気はとても明るい。

先輩達にいじられたりすることはあったけど、かなり落ち込んでいた私にはある意味いい刺激になった。


しかし、プロレスの鍛錬は想像通り厳しかった。

まず辛かったのが受け身の練習。

容赦なくリングに叩きつけながら、ひたすら受け身を取り続ける。

頭をリングにぶつける度にクラクラして気を失いそうになる。


それから急所である腹部に強烈な一撃を食らっても致命傷にならないよう、練習相手のレスラーが私のお腹の上に飛び乗ってくる。

一度やるだけでも内蔵の中のものをすべて吐き出しそうになる。


すぐにでも逃げ出したかった。

でも、竜義君は今の私よりもっともっと苦しかったと思う。

こんなくらいでへこたれてる私を見たら、竜義くんだったら成仏できずに私を助けに来てしまうかもしれない。

そんな情けない姿を晒すためにプロレスを始めたわけじゃない。

私は苦しいと思う度に、竜義君のことを思い出しては自分を鼓舞した。


私は毎日毎日練習に励んだ。

練習にはあさみが付き添ってくれた。あさみが来れない時は私一人で練習を続けた。


プロレスラーとしてリングに上がるためには試験を突破しなければならなかった。

試験は現役のレスラーと実践形式で対戦し、勝利する必要がある。


でも身体能力の高くない私は、何度もこの試験に落ち続けた。

試験に落ちる度にあさみは優しくアドバイスしてくれた。

なのに、私はあさみに申し訳ないことをしてしまった。


「夢ちゃん、惜しかったね。良いところまで行ったのになー。」


「全然惜しくない…。体力も力も全然ないし、こんなんじゃプロとしてリングに上がれても絶対活躍できないよ…」


「考えすぎだって。私が見込んだんだから大丈夫だって。夢ちゃんは普通の人比べて抜群に体が柔らかい。頭もいいし、人一倍負けん気がある。今までにないタイプのレスラーになると思うよ!」


「…ならないよ。」


「あれ?もしかして怒ってる?」


「怒ってない…。私はあさみと違って経験もないし素質もない。才能もないんだから見込み通りになんかできるわけないじゃん!」


「なんだ…めっちゃ怒ってるじゃん。」


しばらく私とあさみは沈黙していた。


「もういいよ。ごめん。ちょっと…一人にさせて欲しい。」



私は自宅に戻って日記を書いた。

この日記は元々竜義君が書いていたのものだ。

竜義君の日記は彼が自ら命を絶ったあの日で止まっていた。


でも、今はまた新しいページが刻まれている。

私が辛いことがある度に竜義君に向けてメッセージを書くことにしたからだ。


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竜義君

私は強くなれないみたいです。

当たり前だよね。強くなれたら竜義君に守ってもらう必要なかったもんね。

私が守ってあげられたもんね。

こんなダメな私でごめんね。

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私は過去の日記を見返してみた。

いつも同じよう内容ばかりだ。

私の弱音と後悔ばかり。


--私、本当にクズだな。もっと頑張らなきゃ…。まだ諦めない。もう一回頑張ってみよう。--


私は立ち上がると服を着替えた。

白いワイシャツに赤のスカート、学生時代に地下アイドルをやっていた時の服装だ。

私はとびぬけて顔が可愛いわけでもなかったから人気はなくて、貧乏なアイドルだった。

だから、高校生の制服なのかアイドルの制服なのか分からないような中途半端な衣装しか用意できなかった。

でも、竜義君はそんな私を見て、「とてもかわいいね。」と言ってくれた。

今でも忘れていない。それが私と竜義君の初めての出会いだ。



私はスターナイトの事務所に挨拶に行った。

退職届を提出するためだ。


「そっか…。夢ちゃん、辞めちゃうのか…。期待してたのにな~」

私に稽古をつけてくれたトレーナーのお姉さんは寂しそうだった。

私はトレーナーさんやお世話になった関係者の皆様にお礼をして事務所を出た。


私にプロレスに誘ってくれたあさみは、私とは顔を合わせないようにしてどこかに行ってしまった。

お礼とお詫びをしようと思っていたのだけれど。

--それも当然か。あれだけ一緒に練習付き合ってくれたのに急に辞められたら普通怒るよね--

私はそう思ったので、あさみにはあえて声をかけなかった。


すると私は帰り道で急に女性から呼び止められた。

振り向くとあさみが手を振っている。


「夢ちゃん!やっぱり辞めちゃうの…?」


「うん…、私やりたいことがあるんだ。」


「夢が見つかったんだね。」


「ちょっと違うけどそんなようなものかな。それで凄く遠くに行かなきゃいけないんだ。だから…、もう多分あさみとも二度と会えないと思う…」


「夢ちゃん…。そんな悲しいこと言うなよ!…ってまさか、ちょっといけないこと考えてないよね?もう人生終わりにしようとか…」


「そんなことじゃないよ!」


「それならよかった…。」


「今までのお礼にあさみにだけ私の誰にも言ってない秘密教えるね。」


「秘密?」


「私、タイムトラベルすることができるんだ。」


「え??なにそれ22世紀の猫型ロボットじゃあるまいし。そんなつまらない言い訳しなくても、普通に『家庭の事情』とかなんかもっと自然な言い訳あるんじゃないの?」


「信じてもらえないかもしれないけど…本当だよ。変えたい過去があって、過去と未来を行き来してるんだ、でも過去を変えると未来が変わっちゃうから、もうあさみとも会えない…。」


あさみは返答に困っていた。

そんな私をあさみはじっと見つめては、私の言っていることが本当なのだと感じたのかもしれない。

あさみは悲しい顔をしていた。

いつも太陽のように明るい彼女がこんな悲しそうな顔をするのを見るのは初めてだった。


あさみは右耳につけていたイヤリングを外すと、私に手渡してくれた。


「これ、あげる。この時代のお土産だと思ってもらってよ。」


「いやいや、それ使ってるやつでしょ?」


「いや、付けて欲しいって意味じゃない。もし別の世界に行って困ったことがあったらそれ持って私を尋ねてよ。

これ私の手作りなんだ。私は小さい頃からアクセサリーを作るのが趣味なんだ。そして小さい頃から格闘技が特技。

私は何度生まれ変わってもスターナイトのレスラーになってると思う。アクセサリー作る趣味だって変わらない自信がある。

私馬鹿だからさ、多分そのイヤリングを見せたら、いつどの時代の私も夢ちゃんのタイムトラベルって話を信じて助けると思うから。」


私はあさみの懐に飛びついて泣いた。

とても嬉しかった。

できるならずっとこの世界にいたい。ずっとあさみとプロレスをやりたい。

でも、私はそんなことをしている場合じゃない。

助けなきゃいけないんだ。竜義君をあの悲しい運命から。


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それから私は繰り返しタイムリープをした。

酷くいじめられていたという竜義君の少年時代の過去を変えても、やっぱり未来は変わらない。

自殺以外にも彼の死因は様々なパターンこそあれ、竜義君は必ず2030年を迎える時にはもうこの世を去っている。


どの世界の竜義君も共通していたことがある。

それは絶対に自分の弱みを人に見せないこと。

辛くても辛いとは言わない。嫌でも嫌とは言わない。

どんなに辛くても人のせいにしないし、愚痴も言わない。


決して強い人間ではないのに、そうやって人一倍強がっている。

もっと私が彼の弱い部分を分かってあげていたら…。


そう後悔して、力ずくで竜義君を助けようとしたこともある。

でも何をどうしても、彼は絶対に私に救いの手を差し伸べてはくれなかった。

それどころか、「あなたにはわからない」とか「どうせ生きていてもロクなことはない」とか、鬼のような形相で私を睨みつけてきた。


その度に私は心を痛めた。

もう何回同じことで泣いているんだろう。

--馬鹿っ!私の馬鹿!!なんでまた逃げたの。なんて言おうと力づくで助けるべきだったのにまた同じこと繰り返して。なんで私ってこんなに馬鹿なの。--


何度タイムリープを繰り返しても、やはり悲しい現実は変わらなかった。


でも救いだったことが一つだけある。

あさみとは何度タイムトラベルを繰り返しても友達になることができたことだ。

あの日もらったイヤリングのおかげだ。

私はあさみにだけは全てを打ち明けることにした。

彼女が本当に信頼できる人だと分かったからだ。


「そっか、死に別れた彼氏を助けるために何度も過去からやり直してるのか。それは辛いな…。」


あさみはどんな話をしても、私の話を聞いてくれた。

「だったらさ、まずその弱気な夢ちゃんのメンタルから鍛え上げないとだね!!今日は特訓だ!」


あさみはちょっと力まかせで不器用。でも、そんなあさみが私は大好きだ。

プロレスの指導が少々スパルタなのが、少し嫌ではあったけど。


「いいかい夢ちゃん。できない理由は探しちゃダメだ。どんな無理難題でもできる理由を探すんだ。さあ私を倒して見せて!」


あさみはとても動きが早い。私にはとてもついていけない。パワーもずば抜けているから一発でも攻撃を食らえば致命傷になる。

でも勝つには…。

そう考えていると、別の世界であさみから言われたことを思い出した。


--夢ちゃんは普通の人と比べて抜群に体が柔らかい。頭もいいし、人一倍負けん気がある。今までにないタイプのレスラーになると思うよ!--


--そうだ。あさみが認めてくれたってことは、あの時教えてくれた私の武器を最大限に使えば勝てるかもしれない。考えるんだ。体の柔らかさを使って、誰も思いつかないような必殺技を。--


あさみは当たれば体ごと吹っ飛ぶのではないかというくらいの強烈なキックを仕掛けてきた。

私は体を大きく逸らして、蹴りの一撃を避けた


「馬鹿な!?あのタイミングでかわせるのか??」

あさみは動揺していた。


--人一倍の柔軟さを利用して、本来かわせない技をかわす。そして、当てられないはずの技を当てる!!--


私はあさみのキックをかわした勢いで片手で重心を支えて逆立ちをし、遠心力を生かして体を一回転するようにして、踵をあさみの顔面にヒットさせた。

ドリーム・サン・リング。これがのちに私の必殺技となる技だ。


あさみはローブまで飛ばされ、倒れこんだ。


--しまった!やり過ぎた--


「ごめん、あさみ!大丈夫!?」


私は思わずあさみに駆け寄った。

しばらくあさみは頭を抑えて痛がっていたが、突然声をあげて笑った。


「凄いなあ、本当に凄いなあ!夢ちゃんはきっと天才だよ。」


あさみはよろめきながら立ち上がった。

「努力すればこんなに強くなれるんだ。夢ちゃんなら絶対彼を救えるよ。」


「ありがとう…」


あさみのおかげで、私はこの世界で初めて女子プロレスラーとしてデビューすることが出来た。

リング名は私の名前「夢朱ゆめか」に由来して『ドリームレッド』。


もうどんなことも諦めない。

私はあの時の弱かった時任夢朱ときとうゆめかじゃない。

私は女子プロレスラー『ドリームレッド』になったのだ。


プロレスラーはただ喧嘩をするのが仕事ではない。

どれだけ打ちのめされても、体中が痛くても立ち上がる体とメンタルの強さで観客に感動を与えるのが私の仕事。

プロレスを通して得た不屈の精神は私の宝物だ。

これからも何度失敗してボロボロになっても強くたくましく私は生きていく。

その先でいつか、また私の知っている竜義君に出会えると信じて。

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