第二章第十話 悪者だからどうした?
豊橋は自分の娘であるまりもに発砲したのだった。
腹部に銃弾を受けたまりもはそのまま倒れこんだ。
大人浅風はショックのあまり、ただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。
「豊橋…お前は何考えてんだ…」
「そんな怖い目で睨むな。娘が悪い奴らに騙されているんだ。そんな時は娘のためを思って厳しく躾けるのは、親として当然だろう。」
「娘を銃で撃つのが躾だってのか?」
「地球人の感覚でいうならちょっと強いビンタのようなものさ。私達はコアでも撃ち抜かれない限り死ぬことはないからね。私の故郷では普通にあることだよ。」
大人浅風はこの時初めて分かった。
月潟夫妻はまりもがこうならないように自分達で彼女を育てようと決心したのだと。
不思議な感情が湧いてきた。
もちろん豊橋を許すことはできない。
とはいえ、豊橋にはどうあがいても勝てるわけがない。
信頼できる仲間も洗脳されている。
さらには豊橋の能力なら何人でも洗脳できる。
例えどれだけ悪人であったとしても、力や権力があれば正義とまかり通る。
マジョリティの力でマイノリティを虐げてきた日本社会と同じだ。
こんな理不尽に立ち向かうために、大人浅風は「普通の社会人」でいることをやめて暗部組織の一員となったのだ。
なのに、大人浅風が所属した組織は豊橋の独裁政権でしかなかった。
--やっぱり俺は人生の選択を誤ったんだ--
大人浅風は自分の人生を思い返し、激しく後悔した。
--みんなごめん。俺は結局誰も救えなかった。--
その時、大人浅風の頭の中にまりもの声が聞こえて来た。
--浅風、泣かないで。一緒に戦おう。--
--まりも…なのか?--
--浅風は私を助けてくれた。だから今度は私が浅風を助ける番だね。--
大人浅風は我に返った。
その時大人浅風は背後から仲間達の声を聞いた。
「浅風、みんなで豊橋を倒そう!」
振り返るとミシェルが革新派メンバーの先頭に立っていた。
「今度は俺達が見てますからヘマはさせませんよ!」
タカヒロが力強い声を掛けてくれた。
「最高にシビレルね。こんな強敵と直接やりあえるなんて!」
諸星あさみはいつも通りの不敵な目をしていた。
「お前達…!?洗脳されてたんじゃ?」
「嘘だ!?洗脳が解けただと!?」
豊橋は動揺していた。
何が起きたのかはよくわからない。
でも大人浅風の仲間達は洗脳が解け、意識を取り戻していた。
彼らが正気を取り戻したなら、やることは決まっている。
「なあ豊橋。あんた一人で政府相手にできる程強いんだろう?ならあんた一人で俺達全員を倒してみせろよ。」
「ふざけるな!戦況が変わった途端、調子に乗りおって…。」
豊橋は革新派本部を占拠していた戦闘員を一気に集会所内に突撃させてきた。
恐らく豊橋が洗脳した者達だろう。
圧倒的戦力を前に革新派メンバーは次々と倒されて行く。
しかし。
---大丈夫、私に任せて---
まりもの声が脳裏に響くと、急に我に返ったように豊橋に洗脳されていた戦闘員達は動きを止めた。
豊橋の洗脳を解いたのはまりもの能力なのだろう。
正確には豊橋が洗脳した上にさらにまりもが洗脳をかけて洗脳を解いた。
だから結果として洗脳が解けたのだ。
ミシェル達の洗脳が解けたのも、まりもの力だろう。
「どうした豊橋?弱い奴が嫌いと言っておきながら、自分は人を使わなきゃ何にもできないのか?」
豊橋は発狂しそうな状態であった。
「ふざけるな!ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!」
その時、銃で撃たれて血まみれになったまりもが豊橋の腕を掴む。
「パパ、もうやめよう…」
「黙っていなさい親不孝者!」
すると豊橋は集会所内にいる全員を洗脳しようとしたのだった。
しかし、まりもとまりもの精神が憑依した大人浅風は洗脳できなかった。
「往生際が悪いぞ豊橋!」
「君こそな!」
大人浅風が豊橋にトドメを刺そうとした時、まりもが豊橋と大人浅風の間に入り両手を広げた。
「パパももうやめて。私のためを思ってくれるならこんな喧嘩やめてよ…」
まりもは大粒の涙を流した。
「私は父親じゃないのではなかったのかい?それとも都合のいい時だけ私に父親になれというのかね」
豊橋は冷たい目でまりもを見る。
「違うよ!浅風とパパは同じことを目指してるんでしょ。なのになんで戦うの?なんで皆で殺し合う必要があるの?仲良くやればいいじゃん…」
豊橋は再びまりもの胸を目掛けて発砲するが、大人浅風は能力で爆風を起こして銃弾を弾いた。
そして、銃弾を空気の幕で包み込んで念動力のように操った。
銃弾は豊橋の胸部付近を命中した。
しかし、何事もなかったかのように豊橋は立ち上がり声をあげて笑った。
「ふははは、君は私の秘密さえも知っているのだな。私達のコアのことを。」
銃弾はコアを外したようだった。
ケプラー星人は急所を外せばほとんどダメージがないらしい。
「どきなさい、まりも。私は彼と喧嘩がしたいんだ。
君の言うように浅風君はいい奴だ。まりもが私の娘であると知りながらもまりもを仲間として向かい入れて、しかも私に真っすぐに向かって来てくれた。だからこそ私は君が私を汚い手で蹴落とそうしていたと分かって凄く裏切られたような気持ちになったよ。」
ふと後ろを振り返ると大きな水の渦が迫っていた。
大人浅風は水の渦に飲まれた。
これはミシェルの能力だ。
豊橋はミシェルを洗脳していたのだ。
大人浅風は空気圧を利用して渦潮を抜け出した。
「君は正々堂々真っ向勝負をするってことはしないのかね。」
次は洗脳されたタカヒロが大人浅風に発砲した、空気の幕を張って銃弾を防いだ。
その後は背後からプロレスラー、諸星あさみの強力なドロップキックを食らうが、空気のクッションを作って地面に打ち付けられる衝撃を弱めた。
「ハゼから聞いたぞ、竹本を倒した時も実に汚いやり方だったそうだな。
そうやってズルばっかりしながら汚いやり方で強者に勝てればそれで満足か。」
大人浅風は一斉に襲い掛かってきた何千という人数の豊橋に洗脳された人々を兄弟竜巻のような激しい爆風で、集会所の建物ごと吹き飛ばした。
「正直に答えろ浅風君。君が私を倒したい理由はなんだ?
みんなが嫌いな私を倒して、『お前は俺達のヒーローだ』と持て囃して欲しいからか?」
「…」
大人浅風は豊橋からの質問に一つも答えられず、ずっと歯を食いしばるしかなかった。
「答えられないということはそうなのだろう?君は日本社会じゃ仕事のできない人間だったから煙たがられてきた。でもそんな情けない奴では自分のプライドが許せなかったから、リベリオンのトップになって大勢の人から崇められたかったんだな。」
「違う…」
「違くない。私は人を洗脳できるということは、君の心の中も見れるということだ。」
「……」
「ちなみに、ずっと前から君の心は読んでたよ。だって君のことは何年も前から警戒していたからね。まりもが生まれた日に会って以来ね。
だから君は私にいつも必死に媚びを売っていたが、ずっと分かってたよ。君がとても心の汚い人間であることはね。」
再び武装した大勢の戦闘員が大人浅風に向けて一斉に発砲する。
大人浅風は自分の周囲に竜巻を発生させてすべて銃撃を防ぎ、全員の戦闘員を吹き飛ばした。
「君が部下に優しかったのは君が部下を思うように支配したかったからだ。
『いつでも君を守ってやる』なんて甘い言葉で部下を騙して、自分の手下のように使った。自分の言うことを何でも聞いてくれる都合のいい人を騙して引き寄せるために君は、上辺だけヒーローになろうとしていたんだろう。」
大人浅風は豊橋に爆風を浴びせようとしたが、能力が突如使えなくなったのだ。
「嘘だ…、そんなはずない…」
「なんと。本当のことを言われてショックで能力も使えなくなってしまったか…」
その時、大人浅風の頭の中に仲間達の声が響いて来た。
--浅風さんが汚い人間なのくらい最初から知ってますよ!それでも都合のいい人間は何があっても見捨てないでくれるからあなたに着いてるんですよ。そんなフラフラしてると俺が浅風さん乗っ取っちゃいますよ!--
タカヒロの声だ。
まりもの声が聞こえた時と同じような感覚だ。
まりもの能力を媒介にしてタカヒロが話しかけているのだろうかと大人浅風は考えた。
--人には偉そうに言ってるのに情けないね~。でも浅風もそんな弱い一面があるんだね。
もう馬鹿にしたようなこと言わないでよ。ダメ人間なのはお互い様なんだから--
ミシェルの声が大人浅風の脳裏に響く。
--性格クズだけど負けん気が強いのが浅風のウザくてカッコいいところだよね。でも性格悪くてちょっと弱いところがあった方が可愛がる甲斐があっていいな--
諸星あさみの声が大人浅風の脳裏に響く。
--みんな言いたい放題言いやがって。だが、今回ばかりはお前らに救われたな--
大人浅風は再び力強い眼差しで豊橋を睨みつけた。
「おい、調子に乗ってるんじゃないぞ老いぼれが。」
「なんだと!?」
「気に食わないならもっともっと俺を批判してみせろ。全員操って俺を追い込んで見ろよ!なあ、できないのか?」
大人浅風は猛烈な爆風で瓦礫を飛ばし、豊橋に洗脳された戦闘員を攻撃した。
攻撃によってクビが捥げた者、瓦礫の下敷きになって無残な姿をさらす者もいた。
「なんという…まさに悪魔だ。」
大人浅風はさらに瓦礫を豊橋に向けて吹き飛ばした。
しかし豊橋はなんと何百キロというレベルの飛んできた瓦礫を素手で受け止めていた。
「舐めるなよ。洗脳するってことは脳の電気信号を操ってるんだ。能力を応用すれば肉体を強化することも可能だ。」
大人浅風は容赦なく、さらにいくつもの瓦礫を豊橋に向けて放ち続けた。
しかし全ての瓦礫を腕力で防ぎ切った。
「無理だよ、そんな力では私には勝てない。」
その時少女の声が響いた。
「パパもうやめよう。私はパパと一緒にいたいよ。パパの作った社会で幸せに生きたいよ。酷いことを言ってごめんなさい。」
まりもの声だった。
まりもは豊橋を悲しい目で見ていた。
「まりも…。そうか…やっとわかってくれたんだね。」
豊橋はまりもの頭を撫でた。
「ありがとう。パパは嬉しい…」
その時、まりもは拳銃を豊橋に向けて撃った。
その縦断は胸部の鳩尾付近に命中した。
何かガラスのようなものが砕ける音がした。
コアを貫通したのだろう。
「まりも…なぜだ…私はずっとお前のために…」
まりもは急に大粒の涙を流して、倒れようとする豊橋の体を抱きかかえた。
「パパ…ごめんなさい…私じゃないの…浅風が私を操って…私は辞めてって心で必死に叫んだのに…」
まりもは精神の半分の憑依させることで浅風の精神を半分残した状態になっており、二人は頭の中で意思疎通ができる状態になっていた。
逆に入り込んだまりもの精神を利用して大人浅風はまりもの能力を使用してまりも本人を洗脳したのだ。
「まりも…。さっきの言葉は君の言葉かい…?それとも浅風君の言葉かい…?」
豊橋は息を荒げながらまりもを見つめる。
まりもは一瞬言葉を詰まらせた。
「…私の…言葉だよ。」
泣きじゃくるまりもの頬の涙を豊橋が拭った。
「パパ…一つだけ教えて。私のためを思ってくれたのは本心だよね?」
「もちろん…。まりもが幸せに生きてくれるなら私は幸せだ…。気になるなら私の心を除いてごらん…私の息が絶える前に…」
豊橋は口から血を吐いた。
「パパ!パパ!しっかりして…」
「いいから早く、私の心と記憶を見るんだ…」
まりもは豊橋の頭に手を当てた。
豊橋の記憶を読み取っているようだった。
しばらくするとまりもは叫び声をあげて泣き出した。
「パパごめんなさい、ごめんなさい…ありがとう」
まりもは両手で涙を拭った。
この時すでに豊橋は息絶えているようだった。
大人浅風がまりもを慰めようとまりもの髪に触れようとした瞬間、まりもは大人浅風の手を力強く払って、大人浅風を鬼をみるような目つきで睨みつけた。
「許さない…」
「まりも…?待て…やめろ…」




