第二章第九話 力だけで人を幸せにはできない
2030年の世界に戻ってきたばかりの大人浅風に、革新派リーダーのミシェルから着信があった。
電話越しのミシェルの声はとても切羽詰まった様子であった。
「浅風!緊急事態なの!助けてもらえる?」
「どうした、何があったんだ?」
「豊橋が大勢の部隊を引き連れて、革新派の本部に向かってきてるの。力づくで私達を潰すつもりなんだよ!」
「なんだと!?」
「敵はどのくらいいるんだ?」
「わからない?四方八方から数えるだけでも全部合わせたら10000人近くいるかも…」
「嘘だろ!?豊橋がそんなに兵力を持っているわけない。」
「どういうことは分からないんだけど、とにかく私達だけじゃ…きゃあっ!!」
「ミシェル!?」
突然通話が切れた。
切れる直前、大きな物音がした。
大人浅風は困惑していた。
選挙で解決しようと言い出したのは豊橋の方だ。
しかも自分が有利の状況でなぜ武力で解決してくる必要があるのだろうか。
すると大人浅風のスマホにまた着信があった。
今度は豊橋からであった。
大人浅風はおそるおそる電話に出た。
「やあ浅風君、しばらくぶりだが元気だったかい?」
「あんたのせいで全然元気じゃない。それで何の用だ?」
「手短に行こう。革新派の本部は占拠して今君の仲間達は人質に取らせてもらっている状態だ。
彼らの命を助けて欲しければ革新派の本部へ君一人で来い。」
「…何が目的だ?革新派のみんなを人質に取るだけなら10000人もの兵はいらないだろう。そもそも俺達を武力制圧するメリットがどこにある?」
「それは君が来てから話す。気になるなら私に会いに来たまえ浅風君。」
「…」
<リベリオン革新派本部>
大人浅風は単独でリベリオン革新派本部へ向かった。
革新派本部は激しく争った跡があり、火事の現場と化していた。
しかし不思議なことに人の気配がなくシーンとしていた。
大人浅風は革新派メンバーがいつも集会を行う、集会場にやってきた。
こちらにも争った跡がある。
俺は再度ミシェルに電話をしたが電話は繋がらなかった。
タカヒロにも諸星あさみにも繋がらない。
革新派メンバーは豊橋によって全滅させられてしまったのだろうか。
そう考えた大人浅風が地面に膝をつき、頭を抱えた。
「なんだよ…なぜこんなことを…力づくで俺達を潰す気ならなぜ最初からやらない!なぜだ豊橋!!」
すると中年の男の声が聞こえた。
「私が楽しむためだよ、浅風君。」
豊橋はにこやかな笑顔を浮かべながらゆっくりと大人浅風に近づいた。
「ふざけるな!メンバーのみんなはどこにやったんだ?」
豊橋はニヤリと笑う。
「ここにいるよ。」
気が付くと大勢の革新派メンバーが大人浅風に銃を向けていた。
その中にはミシェルやタカヒロの姿もあった。
「な、何をしているんだお前ら…?目を覚ませ!!おいっ!!」
「みんなやめたまえ、彼が怖がっているよ。」
豊橋の声が聞こえると、革新派のメンバーは一斉に銃を下した。
「いやあ君は面白いね。君と遊んでいると人生が楽しく感じるよ。」
「どういうことだ!こいつらに何をしたんだ!?何をどうやって…」
「あははははは、いいねその慌てよう。こんなに取り乱した君は見たことなかったから今私はとても興奮している。」
「おい、質問に答えろ!何をしたんだ…」
「みんな私の仲間にしただけだよ。洗脳したって言えばわかるかな。」
「洗脳だと…?」
「そう洗脳さ。」
この時大人浅風はあることに気づいた。
これは娘のまりもと同じ能力だ。まりもの精神憑依の能力は父親である豊橋から遺伝したものだったのだろう。
「で、なぜ最初から力づくで潰さなかったのかって?
力づくで人を支配するだけじゃつまらないからだよ。絶望的な状況の中で君達が私に勝つためにどう頑張るのか、知りたかったからだよ。」
「はぁ…?」
「力づくで叩き潰したらこんな感じで一瞬で終わっちゃうけど、君達に頑張ってもらえば青春ドラマのような展開が期待できるかなと思ったんだ。正直私は不労所得で生活しているだけだから暇でね、楽しみが欲しかったのさ。」
「そんなことのために俺達を弄んだのか…?」
「残念だよ、君はできれば生かしておきたかった。でも、さすがにもう我慢の限界だよ。」
「何を言っている…?」
「浅風君、私と家族のこと過去まで行って調べたね?私を社会的に抹殺する根拠を作るために。」
「どうしてそれを…」
「いやだって大空が産まれた日、君と会ったじゃないか?あれは私の娘達のことを知るために過去へやってきた君だろう?」
この時思い出した。
ドリームレッドから「未来が変わるから過去の世界では必要以上に人と接触するな」と言われていたことを。
過去で豊橋と接触してしまったために未来が変わってしまったのかもしれない。
「全部お見通しなんだな…」
「浅風君は私のことを最低な人間だと思ってるかもしれないけど、私だって人殺しは好きじゃない。
だけど私や家族を侮辱する人は許せないんだ。だからそういう奴だけは殺すと決めているんだ。
力ってものは言葉じゃ解決できない理不尽を一瞬で解決することができる便利なものだ。自分達のためなら人を貶めるような腐った人間を問答無用で葬れるための力だからな。」
「待て…俺は侮辱していない。」
「無駄な嘘をつくな。私を侮辱する要素を探すために過去にまで行ったんだろう。私の過去に侮辱できる要素があればそれを大勢の人に知らしめて、私を蹴落とす計画だったんだろう?
どうせ私は強いからそんなことじゃ傷つかないと思ったか?
そんなわけはないぞ。私だって人間だ。酷いことされれば傷つくし許せないと思う。それは同じだ。『俺達は弱いのだから何をしてもいい』と君は思っていたな。」
「だからどうした…?俺を殺せば満足なんだろう、ならそうすればいい。もう俺には成す術はない。」
「悪いが、君に普通に死なせるつもりはない。君が一番悲しむ死に方をしてもらうよ。
君が自分と同じくらい大事にしていた仲間達に殺されるという悲しい死に方をね。」
銃を下ろしていた革新派のメンバーが一斉に浅風に銃口を向けた。
「…」
「何か言い残すことはあるかい?」
「…あんたが許す限りでいい。革新派の奴らには少しでも優しくしてやってくれよ。」
「最後まで英雄気取りか。
死を覚悟して絶望するサマはドラマのクライマックスシーンを見ているような気分だ!
さあみんな、彼を天に召す時間だよ。」
--待って、パパ!!--
豊橋に洗脳された革新派メンバーが一斉に大人浅風に襲い掛かろうとして時、
一人の幼い少女が大人浅風を庇った。
「まりも…?」
豊橋の双子の娘、まりもである。
まりもは豊橋の子供であることを月潟夫妻から聞いてはいたのだが、これが初めての実父との対面であった。
「その髪と目の色…、大空の妹か…、ようやく会えたね。」
豊橋は嬉しそうだったが、まりもは豊橋を睨みつけるように見つめた。
「浅風は私を助けてくれた。ミシェルもタカヒロもみんな大事な友達なの。お願いパパ、みんなを許してあげて。」
「まりも、騙されちゃいけないよ。浅風君とその仲間が君に優しかったのは君を利用して私に酷いことをするためだ。」
「まて、まりも俺はそんなつもりじゃ…」
「彼のいうことは聞かなくていい、みっともない言い訳だ。
今まで人間と一緒に生きてきて大変だっただろう。これからはパパが君を守っていくから安心したまえ。
まりもが望むなら君の友達とやらをずっと洗脳してあげてもいい。だが、浅風君だけはすまないが殺させて欲しい。彼はパパとパパの家族に酷いことをしたからね。」
「パパだって酷いよ…」
まりもは悲しそうな顔をした。
「おい、やめろまりも!」
大人浅風はまりもを止めようとするが、彼女はテコでも動かない強い眼差しで浅風をけん制した。
「私は知ってるよ、パパが皆を苦しめてること。弱い人達を利用して苦しめて、何が楽しいの?」
「まりも、よく聞くんだ。私はどこかで生きている君が幸せになれる社会を作るために弱肉強食の世界を作って来たんだ。
浅風君のように性根の腐った人間は自分の身を守るためならどんな汚いこともする。
圧倒的な力でねじ伏せない限りはね。
でも力が強い者が生き残る社会なら私の血を引いた君は弱者に苦しめられることなく幸せに生きることができる。もし弱者が束になって君をいじめるならパパが合法的に奴らを根絶やしにして君を守ってあげることもできる。」
「嘘つき…。パパの作った社会で私は苦しめられたよ。食べ物も買えなくて毎日お腹を空かせてた。
病気になっても病院にも入れてもらえない…。ミシェルもタカヒロもみんな同じように苦しめて…でもパパは助けてくれなかった!」
この時、珍しく豊橋が本当に動揺しているように見えた。
「仕方ないだろう、君がどこにいるかもわからなかったんだから…。それより君の方こそ私の子供だとわかっていたのなら、なぜ私に助けを求めてくれなかったんだ。
君が私の子供であることは容姿を見ればすぐわかる。だから言ってくれれば私はいつでも君を助けてあげたんだ。自分の子供も愛おしく思わない父親はいないからね。」
「やっぱりパパは何か違う…。私を育ててくれたパパはもっと優しかった。暖かかった。
いつも私が喜ぶことをしてくれた…。でもパパは違う!パパが勝手に喜ぶと思ってることをしてるだけだよ!」
「そうか…わかった。すまなかったね。正直な気持ちを話してくれてありがとう。
じゃあ私も素直に話そう。
まりも、いいかい落ち着いて聞いてくれ。パパはね、この地球じゃない違う星から来たんだ。」
「違う星?」
「ああそうだ。ケプラーという星で地球と同じようだけどちょっと科学や技術の進歩が早い星だ。私は地球上の誰よりも強い力を持っている。私の子供であるまりもも同じだ。
まりもも胸にコアがあるだろう。それがケプラー星人の力の証さ。」
「私は宇宙人…なの?」
「半分はね。君の母さんは日本人だから正確にはケプラー星人と地球人のハーフだ。
この星ではね。私達は気持ち悪い生き物なんだよ。皆私達のことが嫌い。そういって自分と違う人達に酷いことをするんだ。
まりものお姉ちゃんは皆から嫌われて自ら命を絶った。私はもうこれ以上家族を失いたくはない。だから弱くて性根の腐った地球人を力でねじ伏せるんだ。
地球人は弱くて残酷な生き物だ。弱すぎるが故に、強さで叶わない敵に怯えて、その怒りを立場の弱い人に向けて徹底的に傷つける。
だから私は神様がくれた弱い人間共には負けない力で家族や友人を守っていくんだ。弱くて腐った人間たちを滅ぼしてでもね。」
「いや、パパは間違ってる!!
人間は悪い人ばっかりじゃない。強くなくても、嫌われて酷いことされてた私を、力もないのに守ってくれた男の子もいた。ミシェルもタカヒロも…弱い人に怒りをぶつけたことなんてない。
自分が苦しい時でも私のことを心配してくれた。気にかけてくれた。時には自分を犠牲にしてくれた。
パパが苦しめた人達はみんな私の大切な人だよ。腐った人間なんかじゃない!!」
「まりも…いいかげんにしなさい。君は人間のことを分かっていない。上辺だけの優しさに騙されているんだよ。彼らが優しいのは余裕がある時だけだ。余裕がなくなればすぐにでも悪魔に変貌する。
なあ浅風君、そうだろう。君だって、もしこの状況でまりもを殺したら私が君の仲間を開放してあげると言ったら君はまりもをどうする…?」
「お前な…人を何だと…」
「どうした浅風君?そんなことはしないと即答できないのかい?」
「いや、俺は…」
「騙されてたら何が悪いの?
パパの言ってることは全部正しいの?
最低だよ…、やっぱり私のパパは私を育ててくれたパパだけだ!」
豊橋の顔から笑顔が消え、真剣な症状へと変わる。
「親不孝者め…。そうか…私の娘でないというのなら、私ももうお前を娘だとは思わない。私に反逆した者として友達である浅風君と一緒にあの世へ行けばいい。」
「…」
まりもは涙を流しながら俯いた。
「待てまりも!お前はパパと一緒に生きろ。
パパは俺と違って力もあるし、お前のことを守ってくれる人だ。それに俺は君のパパに酷いことをするために、お前の過去を調べた。パパを苦しめるためにお前を利用した悪い人なんだ!!だからパパ言うことも正しいんだ…。こんなところで俺と死ぬなんてもったいないことをするな!」
「違うよ!!浅風はいい人だよ。今だって私を守ろうとしてくれた。私を育ててくれたパパみたいに本当は暖かくて優しい人だって私は知ってるよ…」
「まりも…?」
この瞬間、豊橋はまりもに拳銃を発砲した。
弾丸はまりもの腹部に命中し、まりもは倒れた。
大人浅風は呆気にとられたまま、茫然と立ち尽くした。




