第二章第六話 墓荒らし
大人浅風は300人程の戦闘員を引き連れて、5年前に豊橋の妻子が殺害された現場へ向かった。
現場は道もないような山の中である。
現場と突撃作戦は、豊橋や近隣の住民に動きを悟られぬよう危険を承知で夜に行われた。
現場は山中にあり辿り着くまでに山道を登らなければならない。
一度現場を訪れている春雄が先導して大人浅風と戦闘員を案内した。
ちょうど1時間程度山を登った時、夏子が浅風の腕にしがみついた。
夏子はかなり震えていた。
「こ、この先です。この先ゾンビが出ます…」
「おい待て、足音が聞こえる。」
春雄が耳を澄ました。
こちらに走って向かってくる複数の足音が聞こえる。
すると突如、アフリカ原住民のように、裸で局部だけを隠している格好の男達が大人浅風一行を襲って来た。
武器は持っておらず、首に噛みついて来ようとするのを銃撃で敵の頭や胸を打ち抜いて阻止する。
大人浅風は一瞬取り乱していたが、すぐさま冷静さを取り戻す。
「確かに理性は持ってないようだが、死ぬところを見るとゾンビではないな。
このまま数で圧倒して敵を一掃するぞ!」
しばらくの間ゾンビのような敵との戦闘は続いた。
敵も全部で100人はいただろう。
全員が全員言葉も通じず、銃で撃たれても狂ったように襲い掛かって来た者もいた。
結果的になんとか敵を一掃することに成功したが、思いもよらぬ敵の襲撃で戦闘員の3分の1が負傷してしまう事態に陥った。
それから大人浅風達は敵の足跡を足掛かりに敵がやって来た場所を探った。
道中で時々ゾンビのような敵の残党に出くわした。
敵が現れる度に夏子が悲鳴を上げるので、その悲鳴に興奮した敵が襲ってくるという悪循環を繰り返していた。
しばらく進むと、やや開けた場所に出た。
そこにはいくつものわらぶき屋根の小屋があった。
ゾンビのような敵の住処なのだろうか。
春雄は戦闘員を引き連れて小屋の中を調べた。
中には誰もいないようだった。
「ゾンビ兵、全滅したようですね。」
夏子は大人浅風と共に周辺を細かく調べながら考え事をしていた。
「おかしいですね。ゾンビ男しかいませんでしたよね。しかも今まで人里に降りてくることとかなかったんでしょうか。」
「そういえばそうだな…」
すると、夏子があるものを見つけた。
「浅風さん、見てください。これは…、お墓?」
わらぶき屋根のゾンビの住処で囲まれるように、その中心に大きな岩があり、その周りにぬいぐるみや花が添えられていた。
「豊橋の妻子の墓なのか?ここはちょうど豊橋の妻子の遺体が見つかった場所だ。殺害現場に墓を作るなんて…どういう神経しているんだ。」
「見てください。この献花、まだ新しいです。最近だれかがここに来たんですよ。」
夏子が墓に添えられていた花を拾い上げて大人浅風に見せる。
「そうみたいだな…」
すると、大人浅風は春雄や戦闘員達を招集した。
「この墓を掘り起こして徹底的に調べるぞ。出て来たものは全て持ち帰って冬基に詳しく調べてもらう。」
「あんたどういう神経してんだ!!」
春雄がつい大声を出した。
「いやいやいや掘り出したらミイラとか出てきますよね、きっと。無理無理無理無理…」
夏子はもうギブアップという感じであった。
それから、大人浅風達は総力をあげて墓を掘り出した。
「あ!ガイコツ出ました!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」
とある戦闘員が頭蓋骨を掘り出すと、夏子は取り乱して悲鳴をあげていた。
「怖がってる暇があるなら骨の回収を手伝ってくれ。」
大人浅風は夏子に指示をする。
震えながら錯乱していた夏子であったが、急に思い立ったように落ち着いて大人浅風に尋ねた。
「ちょっと待ってください。本来なら遺体は火葬場で焼かれて、遺骨はバラバラになった状態で器に詰められて埋葬されますよね?遺骨がそのままってことは、ここで火葬されてそのまま埋められたってことになりますよね。」
「確かにな、豊橋は実は精神異常者なんて落ちか…?」
大人浅風達は墓から二人分の全身の遺骨と思われる骨を掘り出した。
そのうち一人分の骨が一回りサイズが小さいことから、子供の骨であることが推測できた。
恐らくここに埋められていたのは豊橋の妻子の遺骨で間違いないだろう。
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大人浅風と敷島兄弟は早速冬基に回収した遺骨の解析を依頼した。
冬基の解析はとても早かった。
「遺骨を解析しました。成人女性と小学生くらいの女の子ですね。死亡から約5年が立っていると思われますし、二つのとも頭蓋に銃弾によるものと思われる穴があります。」
「よくやった冬基。春雄と夏子は引き続き遺骨の情報を基にこの妻子を殺害した犯人の特定を任せていいか?」
春雄は笑顔で頷いた。
「任せてください。犯人が豊橋かその関係者なら我々の勝ちですからね。全力で特定します。」
「ああ。宜しく頼む。」
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選挙5日前になった。
妻子殺害事件については依然犯人が特定できずにいた。
また豊橋の空白の40年の情報を全くもって得られなかった。
「どうだ冬基。何でもいい、何かわかったことはあるか?」
「それが…、10年前以前の豊橋に関する情報は一切出てきません。これだけ何もないと最早10年以上前は豊橋は存在しなったんじゃなかと思ってしまうくらいです。」
「何か超能力が絡んでいるのか…?」
「わかりません…。ただ、10年前までの情報なら新しい情報を見つけました。」
「ほう。」
「5年前、豊橋は月潟夫妻の殺害指示を出しています。」
「月潟夫妻…まりもの両親をか。だが、まりもの両親は事故死だ。」
「そう見せかけた可能性も否定できないのかなと思いました。月潟夫妻が死亡したのは殺害指示が出された翌日です。」
「そうだとして、月潟夫妻の事故が豊橋による殺害だという証拠は出せるか?」
「いえ…まだ証拠はありません。」
その時、大人浅風は我慢ならず大声を出した。
「クソっ!!これだけ全力で探してこんな意味ない情報しか集まらないのか!!」
「す、すみません…」
「すまない、冬基を責めているわけではない…。」
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大人浅風は暗部組織リベリオン革新派リーダーのミシェルに連絡を取る。
「ミシェル、そっちはどうだ。選挙の勝算は立ったか?」
「それが…、全然ダメ。エルムさんがリベリオンの本部に突入して必死で訴えたけど焼け石に水って感じ。」
この時のミシェルの支持率は25%。豊橋の支持率は63%だった。
「ごめん、豊橋のスキャンダルでも発覚しない限りは厳しいと思う…」
「なぜだ…なぜ搾取されているのが分かっていて豊橋を支持するんだ?」
大人浅風は頭を抱えた。
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<数日前>
ミシェルはエルムやタカヒロら派閥の主要人物を集めて現状を打開するための策を練っていた。
その時に、「なぜ組織の大半のメンバーが自分達を苦しめる豊橋のことを支持するのか」について議論していた。
「人間は間違った考え方であっても集団のみんなが言ってることは正しいように錯覚してしまうのデス。
例えば『長時間労働やサービス残業もしない社員は怠け者だ』という考えの会社があったとしマス。もちろん皆サービス残業なんて嫌だと思ってるけど、皆がやってるので仕方がないと諦めてしまいマス。それでもってサービス残業しない人は悪であるという固定観念に全社員が支配されマス。
そうなると『こんな労働環境変えて欲しい』なんていう意見は、皆の本音にもかかわらず無視されマス。」
「周りの人の力ってすごいんだね…」
「物凄いデス。これが自分の意思を殺してでも皆に合わせようとする人達、つまりサイレントマジョリティの脅威です。」
一緒に話を聞いていたタカヒロが質問する。
「常識とか正義とかって全部サイレントマジョリティーが決めているってことか?」
「その通りデス。いじめとか差別も一緒デスネ。いじめられてる子が悪いわけじゃないけど、サイレントマジョリティによって悪いことにされマス。でもいじめられる人も、大多数が作った正義を絶対的な物だと信じているから、少数派の自分は間違っている、皆が正しいと錯覚します。
だからいじめられている人も周りが間違っているとは考えまセン。今の豊橋派はいじめられっ子と同じような状況デス。自分達が豊橋を支持するべきだと錯覚してマス。」
「私、わかる気がする…。私がタケポンの部下だった時、私はタケポンに利用されてるってわかってた。ちゃんと『利用されているだけだ』って忠告してくれた人もいたのに、私は『利用されてる』って現実を受け入れたくなかった。
搾取されて空腹に苦しむ毎日が辛くなかったわけじゃない。それでも自分は幸せなんだって思いたかった。いや…無理やり幸せなんだと思い込んでいたと思う。」
その時タカヒロがミシェルの背中をたたいた。
「ミシェルはどうしたらそういう状況を変えられたと思う?それが豊橋派の考えを変えるヒントになるんじゃないのか?」
「うーん…」
こうしている間にも時間は刻刻と過ぎて行った。
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