第二章第三話 専門的な知識を付けないと将来…
大人浅風は暗部組織リベリオンを脱退したが、彼は革新派としての活動を中止したわけではなかった。
革新派の派閥や選挙についてはミシェルに任せ、革新派を後押ししてくれる人物を探してはスカウトしていた。
浅風は一連のスカウト活動で特に有能な人物をスカウトすることができた。
エルム・メイプルリーフというアメリカ人政治家である。(以降エルム)
エルムは30代くらいの男性で、民主主義の専門家である。
浅風の脱退から約一週間後、エルムはリーダーのミシェルをサポートする顧問としてリベリオン革新派に合流した。
ミシェルの元には、浅風から房総に新たな国を建国できた場合の国の方針をまとめた文書が送られてきた。
その文書をミシェルに手渡したのは、一度は組織を抜けるとも言われていたタカヒロであった。
「タカヒロ結局戻って来たんだね。」
「ああ・・・色々考えたが結局ね。東京戻って就職しようと思ったけど、前科者を採用してくれるような求人はないしな。ホームレスやるくらいなら、まだこっちにいた方が酒も飲めるし、たらふく飯も食えるし、まだマシだ。」
ミシェルが革新派のリーダーとなってからは、「派閥を再建します。元メンバーの出戻りも歓迎します。」と伝えていただけであったが、浅風に不満を持った元派閥メンバーはリーダー交代によって多くのメンバーが革新派に戻って来たのだった。
日本社会はドロップアウトした人達に生活できる環境ではない。
10年前ならば教養も知識もいらない単純作業で食いつなぐ「フリーター」という者達がいたが、今の時代フリーターなんて存在しない。
AIの技術などの専門的な知識を持っていない人は仕事にありつけない時代だ。
だからそんな社会を変えなければ一生自分達の人生を変えられないと分かっているのだ。
諸星あさみの読みは正しかった。
浅風に反発した者たちの筆頭とも言えるタカヒロが復帰したことで、元派閥メンバーの出戻りは加速していた。
ミシェルはタカヒロの他、諸星、エルムを集めて浅風から送られてきた文書の共有を行った。
エルムが文書の内容について説明した。
「これは私が浅風さんと作成した、新組織の方針の概要をまとめたものデス。まず一番重要なのは「ベーシックインカム制度の導入」デス。」
「ベーシックインカム?」
「はい、全ての人々に対して働いていなくてもある程度お金が支給される制度デス。豊橋が持つ莫大な資産を我らが手にできればそれを房総に住む全人民にベーシックインカムとして還元することが可能デス。」
「働かなくてもお金がもらえるんだー。最高だね。」
諸星はテーブルに置かれたお菓子をつまみながら話を聞いていた。
「この制度を導入するには財政面などの調整が必要デスが、豊橋の支持を落とすならこの制度をぶら下げるだけでも十分効果はありマス。
豊橋は何千人、何万人という人々が生活できるくらいの資産を一人で抱えていながら、弱者排除を掲げていマス。つまり何千何万という人々にとって、豊橋側に味方するメリットがありまセン。」
「エルムさんはベーシックインカムだけで豊橋に太刀打ちできると思う?」
「これだけは難しいデス。ベーシックインカムはあくまで一つの手段、これを武器にサイレントマジョリティを味方につけることが私達の勝利条件デス。」
「サイレントマジョリティ・・・?」
「サイレントマジョリティは『物言わぬ多数派』なんて言われてマス。周りに従うだけで自分の意思を示さず、どうしたいって聞いても、『面倒くさいから勝手に決めて~』とか『~が言うならそれでいい~』なんて全て人任せにしている、やる気ない人達のことデス。」
「やる気ない奴らを味方につけて意味あんのかよ?」
「ありまくりデス。なぜならやる気ない人が多数派だからデス。」
「学生の頃を思い出してみてクダサイ。『何か意見ある人いますかー?』って先生が聞いても手を挙げるのは何人かしかいないでしょう?
そんで、最後に先生が『じゃあ〇〇さんの意見に賛成ってことでいいですか?』って聞くと皆頷く。
もちろん本当は納得してない人もいるから後で文句が出たりするんですが、まあ選挙に勝つためなら後のことを考える必要はありまセン。
だから私達の考えを浸透させて、『皆がいいならそれでいい』って思わせられたら、私達の勝利デス」
「なるほどね。だけど今は組織のほぼ全員が豊橋を推している状態。この状況をひっくり返すのはかなり厳しそうだね。」
ミシェルは険しい表情をする。
「ミシェルさん、『全員』って一括りにするのは間違ってマス。豊橋派は豊橋の支持者とサイレントマジョリティデス。
豊橋のやり方は一部の優秀な人しか得しませんから、今の豊橋の支持者はほとんどがサイレントマジョリティということになりマス。」
諸星は最初話について来れていなかったが、少しづつ理解し始めたようだった。
「なるほどね。要はアウェイをホームにできるってことだね。」
「その通りデス、あさみサン。」
タカヒロが手を挙げた
「エルムさんさ、そのベーシックインカムって話に戻るけど、リベリオンは教養がなくて失業してる人達が多いから、そんな難しい制度ぶら下げても理解されないじゃないか?特に組織の政治に関心のない奴らなら尚更だ。」
エルムはニヤリと笑った。
「心配要りまセン。浅風氏はそこもきちんと考えていマス。そもそもベーシックインカム制度の最大の魅力はお金が入るだけじゃありまセン。失われた自由を取り戻せることデス。」
「失われた自由…?どっかの漫画で聞いたことある言葉だな?」
「私達は失業することへの恐怖から夢を諦めるのが当たり前になってしまいマシタ。
今から10年前には声優やミュージシャンになりたい人が沢山いまシタ。でも今はほとんど見かけないデスネ。」
「知ってる。昔は声優の養成所とか沢山あって目指してる人いっぱいいたんだよね。でも売れなかった時に就職するってことが難しい時代になって、目指す人は急に少なくなったって話だよね!」
ミシェルは表情を和らげ納得の表情を見せた。
「oh!よくご存じデ。今の時代、知らず知らずのうちに皆夢を諦めているんデス。
昔と違って沢山勉強して専門的な知識を身に着けないと生きていけないから仕方ないことデス。
でもベーシックインカムがあれば勉強できなくても、特別な知識がなくても生きてはいけマス。
金銭感覚狂ったりしてなければ、声優やミュージシャン目指すこともできマス。」
「おおー!!そりゃ凄いぜ!」
エルムの加入により、革新派のメンバーは活力を取り戻しつつあった。
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大人浅風と同居人の歩美はアンチと豊橋勢力の目を逃れるため、都内のタワーマンションを退去し、房総の君津市内にある古いアパートに引っ越した。
浅風は自身のボディーガードを兼ねて4人の見張り役を同じアパートに住まわせていた。
4人見張り役とは暗部組織リベリオン、元革新派の幹部であった敷島春雄とその3人の兄弟である。
敷島兄弟について詳しく解説する。
敷島春雄
4兄弟の長男、剣道や柔道の腕に長けていてしっかり者。筋肉質の体形をしている。
敷島夏子
とても気配りのできる長女。家事全般が得意である。ミステリーが大好きで探偵でもある。
敷島千秋
次女。4兄弟唯一の能力者で「色彩変化」という特定の物や人を相手の視界から消す能力を持つ。
言わば透明マントのように相手から見えなくなることができる能力を持っている。
敷島冬基
次男。4兄弟の末っ子。IT分野のスペシャリストでハッキングが得意。
大人浅風は敷島4兄弟を自分と歩美の住む部屋に召集した。
「今日から俺達は豊橋の黒い過去を暴いて革新派を後押しする。
早速だが、春雄と夏子は5年前の豊橋の家族が殺害された事件について現場を調べて来て欲しい。」
「わかりました。我々お任せください。」
春雄は太い声で答えた。
「ええ…、幽霊が出るとか現場を見に行った者は一人も帰って来ないとか言われてる場所ですよ、嫌だ!あたしまだ死にたくない!」
夏子は怖い話が嫌いでとても怖がっていた。
5年前の豊橋の家族殺害事件について説明する。
まだリベリオンを創設して間もない頃、リベリオンの総裁、豊橋勝也には妻と娘がいた。
豊橋が木更津地域を占拠していることと、豊橋の不当占拠を黙認している日本政府に不満を持った房総地域の住民達が結託して豊橋を追放しようという運動が起きていた。
そのため、豊橋は妻子の身を守るため、木更津から勝浦まで疎開させようと試みたが、翌日道中の養老渓谷付近で豊橋の妻子は頭を銃で撃たれた状態で遺体で発見されたのだった。
殺害したのは豊橋に反発した地域住民だと豊橋自信は主張しているが、地域住民の代表者はこの事件は豊橋が画策したものであると主張した。
命を狙われる危険があったにも関わらず護衛も付けずに妻子だけで移動させたことは不自然だということだ。
当時豊橋は記者のインタビューで「このようなことになるとは思っても見なかった。犯人が許せない。」と主張していたが、豊橋という人物をよく知る大人浅風から見ればあまりに不自然な話であった。
豊橋が妻子を簡単に奪われてしまう程愚かな人間ではないことは、彼の有能さに苦しめられてきた大人浅風が一番分かっていた。
事件はこのまま未解決事件となっているが、仮にこの事件が豊橋の陰謀によるものであれば豊橋の支持率を一瞬にして落とすことが可能である。
これが大人浅風の狙いであった。
それに大人浅風は現地の心霊現象が気にかかっていた。
豊橋はとても頭のいい男だ。万が一5年前の妻子殺害事件の首謀者が豊橋なら、心霊現象と見せかけて現場に立ち入らせないために何かを仕掛けている可能性も十分考えられる。
もしそうであれば、現場に何か大事な秘密が隠されていて、何かの情報を得られる可能性が高い。
「冬基、お前は豊橋の出生から現在まで可能な限りの情報を収集してくれ。」
「へい、わかりました。」
冬基は長男の春雄と違いとても大人しい男だ。
元々優秀なシステムエンジニアで、この時代食いっ逸れのない安定した仕事についていたのだが、組織に入った兄弟を助けるため会社を辞めて組織に所属しているという、異色な経歴を持つ人物である。
「千秋は歩美の警護を頼む。俺は野暮用で東京に行くから何かあったら遠慮なく連絡してくれ。」
「了解っ!」
こうして、春雄と夏子は養老渓谷の事件現場へ向かった。




