第一章第二話 暗部組織と超能力
俺が意識を取り戻すと、奈々が俺を必死で呼び止めていた。
奈々は胸を撫で下ろして安堵しているようだった。
瀬戸と出雲も先に意識を取り戻したようである。
俺は高層ビル群が見える公園内で横たわっていた。
起き上がって周りを見渡すと、女性と銀河の姿がないことに気が付いた。
一番先に意識を取り戻したという出雲が言うには、気が付いたら女性はすでにいなくなっていて、銀河は俺が目覚める前に、先に目覚めて一人で勝手にどこかへ行ったらしい。
俺達はひとまず状況を整理することにした。
スマホで現在地を確認すると、新宿区であることがわかった。
俺達は4人で話し合い、ひとまず家族の安否を確認することにした。
俺と奈々はスマホで家族に連絡を取ろうとしたが、瀬戸と出雲はスマホが波に飲み込まれた際に水に濡れてしまい使えなくなってしまったようであった。
奈々がまず母親の携帯に電話を掛けるが「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」のアナウンスが流れたという。
続いて俺も実家の電話と家族の携帯に電話をかけたが、やはり電話番号は使われていないのアナウンスが流れた。
例えあの災害で死亡していたとしても、電話番号の登録がすぐになくなるというのはおかしい。
とはいえ、なぜかを考えても埒があかないため、インターネットで情報収集をした。
すると驚くことがわかった。
奈々のSNSが10年後の日付で更新されていたのだ。
何かの不具合かと思ったが、俺のスマホの日付も10年後の日付、2030年になっている。
俺達は10年後にタイムスリップしてしまったのだろうか。
まだ状況を把握できなかった俺達は奈々のSNSの投稿内容を確認した。
奈々のSNSの投稿は作った料理に関するものが多かったが、二か月前には友達と24歳の誕生日会をやったことが書かれていた。
そこには10年後の奈々と思われる人物の写真も投稿されていた。
女優のように端正な顔立ちで、髪を背中まで伸ばし、ウェーブをかけている。
スタイルも良くモデルみたいだった。
「誰だよ、この女めっちゃかわいい。」
と言った瀬戸は写真の人物が奈々だと分かっていないようで、奈々は恥ずかしいのか
「うっさい、ジロジロ見るな変態。」
と少し怒った様子だった。
いずれにしても、『俺達は10年後に来た』ということは間違いないようだった。
それからというもの、俺達は頼れる人がいないという問題に直面していた。
俺のスマホを使って瀬戸、出雲もそれぞれ家族に連絡を取ろうとしたが、「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」のアナウンスが流れてしまった。
このままではホームレスになってしまう。
俺と瀬戸と出雲は、もしかしたらと思ってそれぞれ自分の名前でインターネットを検索してみたが、特に情報が得られなかった。
そりゃそうだろう。陰キャラな俺達がSNSなんてやっているとは思わない。想定内だ。
奈々はそんな俺達を見て、今時SNSを一つもやってないなんて時代遅れだと言ってからかった。
そこで俺たちは一つ疑問を持った。
奈々のSNSが更新されていたということは、この世界には今一緒にいる奈々とは別に10年後の奈々がいるのだろうか。
もう一度奈々のSNSを見直すと、2分前に更新されていることが分かった。
今日作ったお昼ご飯の写真と感想が投稿されていた。
余談ではあるが、奈々はお昼にビーフストロガノフを作ったらしい。
過去の投稿を見るにオムライスやハンバーグなどのスタンダードの料理に加え、てんぷらや野菜炒めなどありとあるゆるものを作っていることが伺える。
これを見て10年後の奈々が別にいることを確信した俺達は、SNSを通じて10年後の奈々と連絡を取ることにした。
奈々は自分で自分あてに次のようなメッセージを送った。
私は10年前の佐倉奈々です。
10年前からタイプスリップしてしまったみたいです( ノД`)
ママとも連絡がつかなくてどうしていいか分かりません。
今私は浅風と瀬戸と出雲と一緒にいます。
一度話をしたいので直接会いに行ってもいいですか?
メッセージ送信後、数分で返信メッセージが返って来た。
内容は以下の通りである。
ちょっと信じられないけど、分かりました。
一度会って話をしましょう。
もしイタズラや詐欺の場合は即警察に通報しますので。
仕方がないので、俺達は自分達の写真を撮って奈々に送った。
返信は以下の通りであった。
一先ず会ってはくれるということなのだから一件落着である。
俺達は10年後の奈々(以後大人奈々)は18時に恵比寿駅北口に来るよう連絡をくれた。
現在地から待ち合わせ場所までは30分近く歩く必要があった。
俺達はスマホで地図を確認しながら待ち合わせ場所へ向かった。
一見10年前と変わらない都会の街並みの中を歩いていると、10年前とは大きく変わっていることが多くあることに俺達は気づいた。
例えば、自動販売機で飲み物を買おうとしてもお金を入れる場所がないのだ。
どうやらクレジットカードでしか買えないのかもしれない。
仕方がないのでコンビニに寄ってみたら、今度は店員がいない。
他の人が買い物しているのを見ていると、クレジットカードをレジの差し込み口に差し込むと、商品の一覧が表示されて商品を選ぶようだ。
選択ができると受け取り口から選択した商品が出てくる、そんな仕組みみたいだ。
要するに、カードを持っていない俺達は買い物すらできないらしい。
問題はそれだけではない。
奈々のスマホで充電が切れてしまった。
俺のスマホの充電も残り12パーセント。
大人奈々との待ち合わせ時間まで電池を持たせるなら電源を切るしかない。
そうなると、スマホでマップも確認できないから土地感のない俺達では、待ち合わせ場所まで行くことが難しい。
そこで瀬戸がいい提案をしてくれた。
ヒッチハイクで待ち合わせ場所まで連れて行ってくれる人を探すというのだ。
確かに車であればカーナビがついているから道に迷うこともないだろう。
俺達は早速交通量の多い場所へ向かい、乗せてくれる車を探した。
しばらく待っていると、1台の車が止まった。
車の中から小柄な黒髪の女性が出てきて、声をかけてきた。
「困っているようだけど、どうしたの?」
俺達は女性に事情を説明し、奈々との待ち合わせ場所まで連れて言ってくれることになった。
女性は優しそうな人ではあったが、少し痩せ細っていて顔色が悪いように見えた。
車に乗り込むと、車も俺達の知ってる車とはかなり違っていた。
女性はハンドルを握らず、ブレーキに足もかけず、無線で誰かしらと連絡を取りながら運転していた。
いやそもそも運転していないようだ。
車が自動で走っているようである。
ならハンドルもブレーキもいらないじゃないかと思うが、女性が言うには自動運転が出来なくなった場合の非常用なんだとか。
「君達どこから来たの?」
女性は俺達に尋ねた。
「あ…えーと東京です。」
「え?ここ東京だよ?」
「ちょっと前のと…」
過去から来たことを言おうとした瞬間、瀬戸は俺を止めた。
「ああえーと八丈島辺りから来ました。」
「八丈島!?そんな遠くから!?ってかあそこ東京だっけ?」
「あ、はい。一応東京都です。」
「そっか」
瀬戸の誤魔化し方はあまりに乱暴であった。
だが俺達が過去から来たことは信用できそうな人以外には喋らない方がいいのかもしれない。
20分くらい車に乗っていると海が見えてきた。
こんなに都心の近くに海があるかと驚く反面、俺達が住んでいた場所は今は海の底なのだという現実を思い出した。
この時、奈々は大事なことに気づいた。
恵比寿の方へに向かっているなら海が見えるはずがないのである
「待ち合わせ場所はこんな海の近くじゃないと思います。道を間違ってませんか。」
奈々が女性に言うと、女性は車を止め「ごめん、ちょっと確認するね」と言って車を降りた。
女性はスマホで誰かと電話している。
10分以上経っても女性は戻らず、電話を続けている。
道を確認するのにそこまで時間がかかるのだろうか。
不信に思った俺は女性の様子を見に行った。
女性が電話で話している内容だけが聞こえてくる。
「すみません!でも大丈夫です。私の素性は子供達にはバレてませんし、子供達を載せてたおかげで警察の目も上手くごまかせましたし。」
「はい、盗んだものがばれないようにしっかりと…」
奈々との待ち合わせの時間が迫っていたので俺は電話中でも構わないと思って女性に話しかけた。
するとお化けでも見たかのような驚いた表情で飛び上がるように振り返った。
「うわああっ!!…びっくりした。」
「あなた、もしかして今の話聞いてた??聞いてないよね?」
女性はかなり慌てている。
「ちょっとだけ聞いてました。盗んだものがなんだとか…」
すると女性のスマホから電話の相手と思われる男の声が漏れてくる。
--おい、誰かに今の話聞かれたんだろ?なら目の前にいるやつを殺せ!---
「あ、すみません…大丈夫です、ちょっとしか聞かれてませんから…」
--ちょっとならいいって問題ではない!いいから殺せ!殺さないと大変なことになるぞ…--
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
女性は電話を切ると、急に目つきを変えた。
「ごめん…。」
女性は手前に手をかざすと、大きな水の塊を作り上げた。
まるで魔法のようだった。
女性は水の塊を俺に向けて飛ばして来た。
俺は慌てて避けようとするが、避けきれず水の塊を受けて地面にひれ伏した。
この様子を見て、奈々と瀬戸と出雲が車から外に出て来た。
「なんだ?あい浅風、何があったんだ!?」
声を掛けて来た瀬戸に説明しようとすると、女性の操る水の塊は蛇のように細長く変形した。
そしてヘビ状の水の塊は俺の首を縛ってきた。
首を絞める水の圧力はすさまじく、もがいてももがいても離れない。
「助けてくれ」と奈々達に助けを求めようとしたが、声も出せない。
俺を助けようと奈々、瀬戸、出雲が俺の首を絞める水の塊を排除しようとすると、ヘビ状の水の塊はさらに変形した。
今度はさらに尻尾を伸ばして、奈々達3人を締め上げた。
「くそっ、身動きが取れない…」
俺は空気を吸うこともできず、血の気が引いていくのを感じた。
段々と意識が遠のいていく。
するとその時、銃声がなり響いた。
銃弾は女性の足元を掠めた。
別の女性の声がした。
「リベリオンの高梨瑞希ね。その子達から離れなさい。」
すると女性は慌てて俺達を絞めていた水の塊を消し去った。
「あ…ああ、ご、ごめんなさい!本当ごめんなさい!!」
と言うと、水を操る女性は慌てて逃げ去っていった。
俺達を助けてくれたのは、スタイルのいいお洒落な女性だった。
その容姿は奈々のSNSで見たモデルのような女性と同じ人物であった。
それにあの顔立ち。
間違いなく大人になった奈々だ。
大人奈々は一瞬ホッとした様子を見せると少し動揺しているような仕草を見せた。
「危ないところだったね。無事でよかった。いや・・・まさか本当にタイムスリップした来たなんてビックリだわ。」
大人奈々は俺達一人ひとりをじっと見て、10年前の俺達であることを確信してから、俺達を抱き締めた。
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それから俺達は大人奈々の家に向かい、その途中で今までに起きた出来事を大人奈々に話した。
大人奈々も知っている限りのことを話してくれた。
あの水を操る女性は「リベリオン」という暗部組織の一員で、ミシェルというコードネームで呼ばれている超能力者らしい。
この時代には超能力者が存在し、リベリオンにおいては超能力開発の研究も行われており、一般人が超能力者になることがあるという。
ミシェルもその一人らしい。
彼女は窃盗などのいくつかの容疑が掛けられていて、大人奈々が動向を注視していた人物の一人だという。
大人奈々が言うにはミシェルはリベリオンの中でも下っ端だと思われるという。
ミシェルは指名手配されており、「ミシェルと思われる女が子供4人を車に連れ込むところを目撃した」と、奈々の仕事仲間が知らせてくれたらしい。
それで、俺達との待ち合わせ場所ではなく、俺達を襲ったミシェルを追って来たわけだ。
リベリオンの人間は犯罪行為すらも「悪い」という認識がないため非常に危険であると、大人奈々は教えてくれた。
「殺人や窃盗すら悪いと思わないなんて人としておかしい。」
俺達は当たり前にそう思った。
「リベリオンの連中はボスの豊橋という男に洗脳されているの。悪いことも悪くないってね。
『善悪なんて人が決めたものだから、この世界に絶対的な善も悪もない』それが奴らの考え方。怖いでしょ?」
俺達はかなりヤバい人に関わってしまったようだ。
でも不思議である。
最初ミシェルという女性に会った時は、怪しい人や悪い人って雰囲気はなかった。
ちょっと顔色が悪くて具合が悪そうな以外は不審な点はなかったし、俺達にとても親切にしてくれた。
本当にミシェルは悪い人間なのだろうか?
俺は頭の中でそう考えていた。
そうこうしている間に、俺達は奈々の家に着いた。