第一章第十七話 闇落ち注意!病んでる時は騙されやすい
大人になった浅風竜義は現在暗部組織リベリオンに所属しているが、彼が組織に加入したのは今から2年前のことである。
当時の浅風は働ける場所がなく無職であった。
そして自分の無力さに絶望していた。何をしても最下位で根暗でいじめられていた浅風でも、猛勉強をして難関大学を卒業すれば勝ち組になれると思っていた。
しかし、現実は想像以上に厳しかった。
朝6時に出社しては帰社は23時過ぎ、それでも仕事はいくら全力を出しても終わらない。
おまけに職場ではパラハラが横行していた。
皆長時間労働のストレスと短い納期へのプレッシャーで精神的に追い詰められていたのだ。
おまけに実力がなければ解雇されてしまう。
解雇されないためには、休日も返上して勉強して資格を取得するか、休日出勤して人一倍働くしかない。
浅風はそのような状況の中、当時結婚を考えていた恋人、佐倉奈々のために死に物狂いで働いた。
だが、彼は突然会社を解雇されてしまった。
それから浅風は転職活動をしたが短期間で退職し実績も出せていない彼を雇う優良企業は少なく、所謂ブラック企業と呼ばれる会社に勤めては奴隷のように働かされ、要らなくなれば解雇されることを繰り返した。
その時浅風は考えた。自分という人間は社会では通用しないのではないかと。
精神的に追い詰められ過ぎた浅風は一時外出が困難な状態に引きこもり生活を送った。
うつ病を患ってしまったのだ。
彼が引きこもりの間、同居していた奈々が浅風の分まで副業でお金を稼いで生計を立てた。
浅風にとって自分が無職で引きこもりになったことよりも、奈々に苦労を掛けてしまったことが何よりも許せなかった。
毎晩、浅風は涙を流しながらなぜこのようなことになってしまったのか考え続けた。
ある日、浅風は奈々に別れを切り出した。
「もうこれ以上奈々に迷惑をかけるのは耐えられない。俺みたいなダメ人間を捨てて幸せになって欲しいんだ。」
浅風は涙ながらに奈々に訴えたこともある。
それでも奈々は別れることを拒んだ。
奈々は浅風が怠け者ではなく努力家で真面目であること、また自分のために潰れるまで頑張ってくれたことを分かっていたからだ。
浅風は仕事もせず有り余った時間で人生を一発逆転をする方法を考えた。
そして、様々な起業セミナーなどに参加しては無職から富裕層になった人の話を聞いて廻った。
とある起業セミナーで浅風は一人の女性と出会う。
その女性は、後に恋人となり現在は同居している佐々木歩美である。
歩美はつまらない社会人生活に嫌気が差し、将来カフェやアパレルショップを運営したいと考えていたのだ。
浅風はそんな歩美と起業セミナーに一緒に参加するようになり、二人は親睦を深めて行った。
そしてある日、浅風は歩美から彼女が師匠と慕う資産家が運営する組織があり、その組織に入ることを勧誘された。
これに了承した浅風は初めて、リベリオンのトップ豊橋勝也と面会することになる。
資産家でよくわからない組織のトップというなら、そのような人が引きこもりニートと面会するなど間違いなく裏があると浅風は読んでいた。
だが、豊橋は実際は裏表のない人物であった。
豊橋はまず浅風に彼自身のことを尋ねた。
職を失い無職であること、大切にしている彼女がいること、なんとかして人生を一発逆転したいことを浅風は豊橋に話した。
豊橋は終始穏やかな口調で浅風にいくつか質問をした。
「一生懸命勉強して難関大学に合格したそうだが、なぜ浅風君は難関大学に行こうと思ったのかな?」
「高校時代くらいまで俺は何をやってもダメで馬鹿にされていたんです。でも難関大学に合格して大手企業に就職して高収入になれば馬鹿にしていた奴らを見返せるって彼女が教えてくれたんです。もし大手の企業に就職できたら結婚してもいいとも言ってくれました。だから大手企業に就職するために難関大学目指しました。」
「立派だね。じゃあ聞くが、この世界が学歴や仕事で絶対に馬鹿にされない世界だったら君は猛勉強をしてまで大学に行ったかい?」
「…わかりません。もしかしたら大学も行ってないかもしれないです。」
「もう一つ聞こう。君はうつ病になって会社を辞めたと言ったが、なぜ病気になるまで仕事を続けたんだい?辛いなら辞めてしまうことはできなかったのかい。」
「できませんでした。仕事を辞めたら彼女に迷惑をかけることになりますから。彼女だって仕事を投げ出すような情けない奴とは一緒にいたくないでしょう。」
この時豊橋は声をあげて笑った。
「もったいないねえ。君は自分の意思で自分の人生を決めていないではないか。」
「それは…」
「いい大学に行ったのも、大手企業に就職したのも、今お金を稼げるようになりたいのも全部彼女と見栄のためかい?」
「ええ…そうだと思います。」
「ああ、すまない。君を責めたいわけではないんだ。だが、人のために生きるようなつまらない人生ではなくて、君は君自身が幸せになるために自分の人生を生きるべきだと思うんだよ。
君が幸せになることよりも、自分の幸せを優先するような人は例え彼女であっても切り捨てるべきだ。友達も恋人も自分が幸せになるために作るものだろう。自分が幸せにならない関係なら見切りをつけて幸せになれる人と一緒にいるべきだと私は思うんだ。」
「・・・・」
「浅風君、これだけは覚えておくといい。世の中には絶対に正しいことはない。逆に絶対に間違っていることもない。正しい間違っているなんて考え方は全て主観によるものだ。それは個人だけではない集団でもグループでも、国家でも言えることだ。皆が正しいということは絶対に正しいのかい?君だけがそれを間違っているといったら君は間違っているのかい?」
「そうではないと思います。」
「その通り。決まり事や法律だって人が決めたものだから絶対に正しいなんて言い切れるはずがない。だから自分が感じること、思うこと、趣味趣向、みんな模範解答なんか存在しないんだ。
でも今の日本社会は常識にばかり囚われては、常識から外れた人を間違いだと批判してつま弾きにしようとする。私はね、そんな社会は間違っていると思っている。だから、新しい国をこの房総に作ろうと思っている。常識なんて存在しない自由な生き方ができる国をね。どうだね、君も私と一緒に自由な国を作らないか?」
「…私でよろしければ、お力になりたいです。」
こうして、浅風はリベリオンのメンバーとなったのである。
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リベリオンのメンバーとなった浅風は、同居人の佐倉奈々にはそのことを話していなかった。
暗部組織に入ったと知れれば奈々はかなり傷つくことになる。
だから浅風は奈々には内緒でバイトを始めたと嘘をつき、リベリオンとしての活動を始めた。
歩美との電話をする際も奈々に聞かれないよう、奈々が不在の時間を見計らって連絡を取った。
しかし、女性は変化に敏感である。
浅風が隠していた事は全て奈々に知られてしまっていた。
ある日歩美と待ち合わせていた喫茶店へ向かうと、そこには怒りをこらえた表情の奈々と歩美がいた。
歩美は気丈に振る舞っていたが泣いていたようだった。
浅風は予定を変更し、奈々と話し合いをすることになってしまった。
「あの女からある程度話は聞いたけど…、あんたの口からちゃんと説明して、あんた今何やってんの?」
「俺にしかできないことをやろうとしてるだけだ。」
「どこで何をしてるかって聞いてるの!」
「リベリオンって組織で、新しい国を作るために動いてる…」
「リベリオン…なんで反社会組織なんかに…」
奈々は涙を必死に堪えていた。
「あんたは、悪い人達に簡単に騙されるような人じゃないでしょ!
私ね、あんたはどれだけ辛くても人に優しくて、真面目に努力する人だって思ってた。だからあんたがニートになったって立ち直れるまで支えようって思ってた。なのにどうして…」
「誤解だ、騙されてはいない。俺は自分の意思でリベリオンに入った。それにリベリオンは悪の組織なんかじゃない、俺達みたいな人間に生きる意味や目標を与えてくれるんだ。」
「そう言ってる時点であんたは騙されてるんだよ!!
騙されてなくて自分で正しいと思ってやってるならなんで私に隠す必要があるの?相談してくれればよかったじゃん!私に相談しないでなんであんな女を頼ったの・・・。私じゃどうしてダメだったの?」
奈々はついに涙を堪えきれなくなってしまった。
それと同時に浅風の表情が険しくなる。
「相談してたらお前は俺になんて言った?仕事もロクに勤まらなくてどうしていいか分からないから、リベリオンに入ろうと思うっていったらお前はなんて答えたんだよ?」
「まともな会社に就職してよ…って言ったと思う。」
「ふざけんな!俺はお前のために自分の意思を全部捨ててきたんだ!俺は頭なんか良くなかったけどお前の彼氏として釣り合うように猛勉強して大学に入った。メンタルボロボロになるまで働いた!なのにまだ俺にお前の理想を押し付けるのか?どこまで俺の自由を奪えば気がすむんだ!」
「決してそんなつもりじゃ・・・。もう・・・限界だよ・・・。」
奈々は大粒の涙を流しながら、浅風の元を去った。
これを切っ掛けに浅風と奈々は同棲を解消することとなる。
浅風は奈々と別れて間もなく、歩美と交際を始める。
浅風と歩美はお互いに心が広いもの同士であったこともあり、とても親密な関係になっていった。
浅風は豊橋が夢見る自由な世界を作るために、多くの仲間を集めた。彼の勧誘で集まった人は半年で50人近くにも及んだ。今ではさらに増え続けており500名近くになっている。
浅風は組織に加入して1年も立たずに膨大な収益を稼いだ。さらにその成果が評価され組織の幹部候補に上り詰めたのである。
しかし、ある時浅風は組織の闇について知ることになる。
浅風はこの日、タカヒロという男と会った。
彼は現在、浅風を筆頭とする派閥、革新派の幹部となっている人物だ。
タカヒロは当時収入がなく借金をしている状態であった。
そんなタカヒロは、病気の子供を病院に連れていくためお金が欲しいと言ってきた。
その病気の子供は、両親がおらず孤児の女の子で年齢は10歳くらいであった。名前は月潟まりも(つきがたまりも)という。
まりものことを助けたかった浅風であるが、タカヒロに不信感を抱いた浅風は彼の依頼を断ったのだ。
しかしその翌日、タカヒロが窃盗で逮捕されたことを聞いた。
まりものために薬やら食料やらを盗もうとして現行犯逮捕されたらしい。
この時、タカヒロの友人からの話でネオキサラヅシティには弱者を守るルールが一切なく、人を組織に勧誘できず売り上げを伸ばせなければ、ひたすら搾取され一文無しにされてしまうということを聞いた。
しかも金のないものは病院にすら入れてもらえないというのだ。
このような理由から様々な人がリベリオンのメンバーになって、悲惨な思いをして脱走をする者が相次いだ。
そんな脱走者達から「リベリオンは悪の組織である」「リベリオンの拠点である房総は行ってはいけない場所」という評判が世間に広まったのである。
そんな事実を知った浅風は豊橋に直談判し、改善を願い出た。
「豊橋さん、病気で苦しんでいるのに病院に入れない子供がいます。貧困に苦しみ窃盗を犯した者がいることも聞きました。こんな状況は今すぐ改善すべきです。」
「君は貧乏人を助けろと言いたいのかい。ならばできない相談だ。貧乏人を救わないのは私には絶対に譲れないことだからね。」
「なぜそのようなことを・・・?」
「貧乏人は、この組織で成果をあげられないから貧乏なのだ。彼らは役に立っていないんだ、対価をもらうに値する働きをしていないのだから助ける意味がない。」
「人を何だと思っているのですか?あんたにとって人は道具なのですか?」
「そりゃ、私だって彼らを可哀想だとは思っている。でも、彼らは価値がない人間だと私は思っている。そもそも私が新しい自由な国家を作ろうとしている理由がわかるかね?」
「・・・わかりません。」
「今まで私は莫大な金額を稼いで来た。だが、その半分程度いやそれ以上の金額を税金として取られているんだ。政府は金持ちから多額の税金を徴収していて、金を稼げば稼ぐほど税金を多く取られていく仕組みになっている。その徴収された金は何に使われているかわかるかね?」
「溢れた失業者を支援するための資金・・・」
「そう、働きもしない社会のお荷物のために、私のように努力をしてお金を稼いだものから努力の対価たる金を奪って賄っているんだ。おかしいと思わんかね?失業者なんて社会には必要のない人間だ。そんな奴らは見捨てて見殺しにしてしまえば、彼らを助けなくて済む分経済は活性化し、余裕ができる。だから我々にも自由が生まれるのだよ。」
「それであなたが正論を言っていると思うなら狂っている。そんなものは正論ではない、ただの自分勝手だ。」
「使えない者がいなくなればすぐにクビにするのが会社にとって好都合と言うものだ。それに、彼らは誰に強制されたわけでもなく自分から志願して組織に入ってきたのだから組織の役に立っていないものが助けを得られないのは理に叶っているだろう。」
「もう結構です。あなたは改善する気がないということがハッキリわかりましたので。失礼します。」
こうして、豊橋との交渉は失敗に終わった。
浅風はその後、歩美と共にまりもを連れて都内の病院へ向かった。
まりもは高熱にうなされ、息も苦しそうだったが病院で入院できることになったので一安心だった。
それから浅風はまりもを児童相談所に保護してもらうよう働きかけた。
まりもも何かの目的があってリベリオンに入ったのかもしれない。
でも、基本的人権が尊重されている日本国憲法の下なら人並みの生活はしていけるだろう。
そう思って浅風はまりもに二度とリベリオンには戻らないよう告げた。
こうして組織の闇を知った浅風は、組織の弱者を救うため新たな派閥作ることとした。
これが、リベリオン分裂の始まりである。




