4、欲しいものは
サブタイトル、色で統一しようとしたけど早速力尽きたの巻
本日の来客数、5人。
なんとも侘しい数字であるが、都会でもなんでもないこんな片田舎の、さらに辺鄙な森の中のカフェにしてはまずまずの来客数なのではないだろうか。
店の外にかけたぽむぽむ亭の看板を外し、部屋に戻ったマコは、「ん゛ん゛ん゛〜!」と、少々オッサンくさい声をあげながら満足げに伸びをした。
日が落ち始め、窓から差し込んだ夕陽が店内を赤く染めあげている。
もともとこのカフェの客層は森に狩りに訪れるようなハンターや、泉の周りに多く生えている薬草採取目的の人々だ。夕方には客足も途絶えるので、日没を閉店時間としている。
夜行性の動物たちは昼間の自堕落な様子とはうって変わって、目が冴えてきたようだ。それぞれが水を飲んだり、梁から梁に飛び回ったりしてなかなかに騒がしい。
目の前ではシンが今日の売り上げを数えている。テーブルの上に乗った白蛇のレイラも、そこに置かれた売り上げ金をぐるっと体で囲んでいて、まるで一緒に金勘定をしているような光景だ。
「今日の売り上げ、23ソルだったよー」
シンはカウンター下から白い壺を取り出すと、そこにチャリリン、と売り上げを全て落とし込んだ。機械的なその動作にマコの目が吊り上がる。
「あっ、シンくん、まーた自分の分を取っとかなかったでしょ!だめだよ、あとできっちり分けとくからね」
「いいよ、そんな(はした金)……貯まったお金で、マコちゃんの好きなものを買ったら?」
途中、不適切な言葉が聞こえたような気もしたが、自分を見つめてくるキラキラした瞳に何も突っ込むことができない。
「……シンくんの家に居候させてもらうときに2人で色々約束したじゃん。食費も含めた生活費は売り上げから捻出するとして、シンくんはさらにそこから自分の取り分ももらうこと、って」
「それなら、たまにもらってるから大丈夫。大体、僕たち家族でしょ?今更取り分だとか水臭いよ」
「全然とってないでしょ!私なんか、シンくんよりずっと年上なのにお家に住まわせてもらってて、この上ただ働きまでさせているなんて、なんだか申し訳ないよ」
今もシンの服は古ぼけたシャツとズボンだ。それも数着だけを着回しているのをマコは知っている。顔がいいだけに勿体ないと思うのは身内の贔屓目ではないはずだ。現に、ぽむぽむ亭に来る数少ない女性客の中には、シンを目当てにやってくるお姉さま方だっているのだ。
「そんなこと気にしてたの?」
シンはマコの心配を頬杖をつきながら聞き流し、あくびまでした。
「そんなこと、って。シンくんだって欲しいものとかあるでしょ?」
年上の自分が未だに養われているようなこの状況。なんとかしたいと常々思っているマコは、いつになく意地になってあとに引けない。
「ーー欲しいもの?」
ガタン。
シンが椅子から立ち上がって首を傾げてマコをじっと見つめる。
「そうだね、たしかに僕にも欲しいものはあるなあー」
ゆらりとした不穏な立ち姿に、何かを感じ取ったのか銀の狼が立ち上がって部屋を行ったり来たりし、黒猫は机の上に避難し、双頭の大鳥はバタバタと羽を繕い出した。
が、マコだけはシンの威圧をものともしないで、むしろ微笑みすら浮かべ、キッチンスペースに入り動物たちの晩ご飯の準備なぞを始めている。
「ほーらやっぱりあるじゃん。で、本とか?シンくん、おしゃれに全然興味ないもんね」
言いながら、極彩色のオウムのような鳥のために野菜を手早く刻む。頭が2つあるので、喧嘩してお互い突き合わないように二倍の量が必要だ。
「本じゃなくて。もっとイイものだよ」
「分かった!お菓子か何か?」
マコは紫色の瞳を妖艶に光らせるシンの方を見ようともせず、今度は銀狼のため、干し肉を水で戻して炒った穀物と手早く混ぜる。戻し汁は残りの干し肉と野菜を入れてスープにし、人間用の晩餐にすることにした。
こちらの世界では牛や豚のような生き物はおらず、モメントーという二匹を足し2で割ったような、でっぷりした動物が食肉として人気だ。高いし、行商人がきた時ぐらいにしか買えないので、固まり肉を干し肉にして、こうしてチビチビと使っている。
「違うよ……お菓子よりあまあくて、きっと食べ出したらやめられない」
「うーん、私がいた世界にもそういうお菓子はいろんな種類があったけど、こっちのお菓子はたしかに甘さが足りないよねー」
少し前にぽむぽむ亭の常連客から王都土産として少しだけ頂いた焼き菓子の味を思い出してマコは神妙にうなずいた。
「そんなに美味しいんだったら私も食べてみたいなー」
「じゃあ、2人だけで楽しもうね。絶対に。約束だよ」
シンはカウンターに手をついて、真子の顔を下からじっと覗き込む。マコの唇から漏れる言葉を一言も聞き逃さないようにしているかのように、真剣な眼差しで。紫色の瞳が、夕日に照らされて赤く濡れたような、不思議な色合いに変わり、光がくるくると瞳の中で踊る。
まるで手品のような現象に、しかし手元の料理に夢中なマコは気づかず、返事も、
「ハイハイ」
とそっけない。
適当すぎるほど適当な返事にシンの眉が珍しく困ったように寄せられた。
「ーーもう。腹が立つ。本当、まこちゃんって僕をイライラさせる天才だよね」
毒気を抜かれてストンと椅子に座り直したシンの姿に、動物たちの安堵のため息がもれる。
ーー一方のマコは。
ああ懐かしい、この感じ。
マコは思い出していた。
日本の家族のことを。可愛い可愛い弟のことを。
(僕を怒らせたようだね、マコねえちゃん)
(ククク……我が怒りは月の光の如し)
(この僕に触るな!カメに呪われたカメ女め!)
そう、マコの弟は中二病だった。反抗期かつ中二病の14才の弟に、マコは「休日になるとカメの動画ばっかり撮っているキモい姉」認定されずいぶん嫌われていたのだった。
今、その弟の姿がシンに重なってしまうのはなぜだろう。
しつこく金銭を渡そうとしたことが彼のプライドを傷つけたのかもしれない。シンはシンで、異世界に転がり込んできたマコを保護してやっている自負があるのだろう。
「まあいいや。手に入れたときはぐっちゃぐちゃになるまで食べてやるからね」
なんて拗ねた口調で言うシンに、マコはやっぱり中二病の弟の姿を重ねて微笑むのであった。
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