3、白い蛇
村の外れの森の中。村人たちが気づかないうちに、いつの間にか湧いていたという小さな泉、通称“知らずの泉”にかかる橋を渡り、泉の真ん中に生える大樹の階段をのぼった先のツリーハウス。
そこに、マコの営む動物カフェ、ぽむぽむ亭はある。
店内には、テーブル席が3つと、手作りのカウンターを挟んで狭い厨房スペース。こじんまりしているが、それほど圧迫感を感じさせないのは、大樹の枝に位置するこのツリーハウスの窓から見える景色が、周囲の森の緑を見渡せる爽快な景色だからかもしれない。
やや高めの天井の梁には、今は双頭の大きなオウムのような鳥がとまり、2つの頭が交互にこくり、こくりと船を漕いでいる。
店の真ん中のスペースには、体長2メートルもありそうな銀色のオオカミが長い尻尾を体に沿わせて寝そべり、神聖な雰囲気にそぐわないマヌケな寝息をプー、スー、とたてていた。
その横には雪のように白い大蛇もいて、トグロを巻く姿が神秘的で美しい。
ふいに、カウンターの上にちょこんと座っていた艶めく漆黒の毛皮の美しい黒猫が、耳をピクリと動かして入り口の扉をじっと凝視する。
この黒猫がこの仕草をするということは、あと数分もすれば客がやってくるはずだ。
マコは多分黒猫の耳が良くて、泉にかかった橋を渡る音や、大樹に沿うように設えられた螺旋階段を登る音が聞こえているから来客の予想ができるのだろうと踏んでいる。
猫とマコの予想通り、程なくしてチリン、と玄関に取り付けた鈴が鳴った。
背の低い男が汗を拭いつつ入ってくると、店の真ん中で寝そべっていた白銀のオオカミがのっそりと顔をあげ、尻尾を2回、パタ、パタ、と振った。
男のよく日に焼けた面には厳しいシワがいくつも刻まれていて、彼の筋骨隆々とした体格を際立たせている。
「ーーいらっしゃいませ!おはようございます、グレンダさん!」
体調の思わしくないオオトカゲちゃんを控え室に下げ、新鮮な水と果物を置いてやっていたマコは、注文を控えるメモを片手に満面の笑顔でいそいそと彼を出迎える。
カフェを開いてもう半年ほどたったであろうか、接客にもずいぶん慣れた。
一方のシンは接客が大の苦手らしく、どんな客にも今のところ、笑顔ひとつ見せられないでいる。マコがいくら接客のキモを説いてもいっこうに進歩しない。と、いうか進歩する気がないようにすら見受けられる。
マコが頑張って愛想を振りまき、シンの無愛想を帳消しにするしかない現状のお陰で、日本にいた頃のマコなら面と向かっただけでも謝ってしまいそうな厳しい客層にも、今や満面の作り笑顔で対応できるようになった。
「……おはよう。いつものやつ、くれ」
「はーい!ベーコンのサンドイッチと冷たい麦酒ですね!」
それまで店内の隅っこで気配を消して本を読んでいたシンが、マコのオーダーをとる声に顔をあげ、無言でキッチンスペースへ向かう。愛想はともかく、調理の方を手伝ってくれるらしい。ベーコンやつけ合わせのサラダのカットなど、サンドイッチに使う材料の仕込みは朝方にすでにマコが準備しているのであとは具材をパンに挟むだけだ。
勝手知ったる様子でいつもの窓際の席に陣取るグレンダのそばに、白蛇がスルスルと音もなく近寄り、彼の座る椅子に体を一回転巻きつけた。
爬虫類が苦手な者なら悲鳴を上げて失神しかねない光景だが、グレンダの強面は微かに緩む。
「おう、コイツ俺のことを覚えてくれているのか……なかなか可愛いな、うん」
「レイラが懐くなんて珍しいですね。この子は気難しくて、結構人を選ぶんですよ」
接客業のレベルが上がりつつあるマコがそれとなくヨイショすると、いっそうグレンダの強面が緩んだ。
「最初来た時はこんな害獣どもを集めた休みどころに迷い込んじまって、どうしたもんかと思ったが……食い物も美味えし、見慣れてきるとこいつらも愛嬌があるし、来れない日は落ちつかねぇようになっちまったわ」
「ありがとうございます。今日はもう薬草取りの帰りですか?いつもより来店されるのが早いみたいですけど」
「ん……ああ。最近雨も降らねえで日照り続きだろ?これっぽっちも採れんから諦めて切り上げてきたんだが……レイラを撫でた日は不思議と薬草が高値で売れたり、珍しい薬草が採れたりする事が多くてヨォ、早めに寄ってあやかろうと思って来たわ。それにネエちゃんの顔も見ときたかったしな!」
豪快に破顔するグレンダにつられてマコもクスクスと笑う。厳つい男と談笑するなど、休みの日に引きこもって亀の動画配信しかしていなかった過去の自分からすると信じられない変化だ……と感慨深く思ったのも束の間。
「おー待たせしましたぁっ!」
ダン!っ音を立てて出来立てのサンドイッチがテーブルに置かれる。
「ちょっとシンくん、もっと丁寧に……」
マコが隣で麦酒の入った瓶を片手にたたずむシンを見やると、シンは無表情のまま今度はそっとテーブルに麦酒を置いた。
「ダハハ!相変わらずオメエは愛想が悪いなぁオイ!あんまりっつうか髪の色しか似てねえが、オメエの親戚のネエちゃんなんだろ?年上の家族の言うことはちゃんと聞いとけよー?」
グレンダは気にする風もなく麦酒を一気にあおる。アルコールに弱いマコにはできない芸当だ。シンは感心しているマコの背にさっと身を隠すとそこからそっと顔を覗かせた。
「すみません、グレンダさん。僕まだ接客に慣れてなくて……つい勢い余って」
「お、おう……」
「それに姉さんも、ゴメンね?」
背後から聞こえる反省の弁。振り向いたマコをじっと見つめるアメジスト色の上目遣いに、さすがのマコも気恥ずかしくなってうなずくしかない。
グレンダの言う通り、マコとシンとの共通点は髪の色ぐらいで2人は全く似ていない。その絶対的な事実を無視して、人のいる前では、遠い親戚同士だということにしようというのがシンの提案だった。確かに、素性の知れないマコがこの世界で生きていくには良い案に思えたが……
その設定ーー無理がありすぎるっ!
恥ずかしさのあまりシンの持っていた木のトレイを奪い取り、赤面する顔を隠すマコであった。




