地宮03年12月31日(土)
ラジコンの動作確認を終えると早速穴の中にラジコンを入れてみる。安定性を重視したキャタピラタイプのラジコンカーは無事に斜面を上り下りできた。ラジコンに取り付けたライトに照らされて、穴の中の様子が手元のモニターに映る。穴はかなり深いようだ。
ラジコンを走らせて奥に進めていく。映像用の無線電波はかなり遠くまで飛ぶものを選んだので問題ないが、ラジコンのコントロールが何処まで届くかが不安だった。だが、心配は杞憂に終わった。
ラジコンが最深部に辿り着いたようだ。穴の先で空間が広がっていて、小部屋のようになっているようだ。家の庭の地下に小部屋のような空間があったなんて知らなかった。小部屋の中央には台座のような物があり、その上に丸い球体が置かれている。雰囲気的にはダンジョンコア?格好いい。
モニターで見る限り、穴の中に危険はなさそうだ。入りたくなってきた。
「ウメコ。中にいるのか?」
穴に向かって声を掛ける。
「はい。中にいます。」
モニターには声を発する様な者の姿はない。だが中から声は聞こえてくる。
この先がホラー展開なら、穴を埋めて逃げ出したいところだ。だがファンタジー展開ならここで逃げるのは勿体無い。あの日拾ったウメコが実は神の化身で、俺は勇者に選ばれたりするかもしれない。
そういう展開に憧れて妄想を繰返してきたが、実際にその状況がやってくると恐いものだ。今俺の頭には二つの諺が浮かんでいる。一つは、虎穴に入らずんば虎子を得ず。妄想を現実にしたいのであればここで逃げてはいけないのだ。だがもう一つは、君子危うきに近寄らず。危ない匂いがするよ。危ないことは避けて一生妄想だけしている方が幸せじゃないか。
これは、危険を冒してでもチャンスを掴もうとするか、一生妄想だけして幸せに暮らすかの選択だ。一生妄想生活も魅力的だ。でも、でも俺は、本当は妄想だけでは嫌なんだ!
穴に入ることを決めた。汚れてもよい服に着替えて、買っておいたヘッドライトとヘルメットを装着した。そして、匍匐前進で穴の中に突入した。
匍匐前進は疲れたが、穴の底に思ったより短時間で辿り着いた。ラジコンではかなり長い穴に感じたが、人間サイズだとそれほどではなかった。穴の底の空間は1畳ほどの広さがあった。だが高さは座るのがやっとだった。空間の中央にはモニターで見た台座があり、その上に球体が載っている。それは俺がずっと探していたウメコだった。
すると突然、声が聞こえてきた。
「ようこそいらっしゃいました。カズキ様。」
「ウメコなのか?」
「はい。ウメコです。」
「どうしてしゃべれるんだ?」
「言葉はカズキ様と生活した2年間で覚えました。」
「この台座の上のウメコがしゃべっているのか?」
「そうです。正確にはその球体は私の核で、音はこの部屋全体を振動させて発生させています。」
この丸いのが核で部屋全体から声を出しているのか。ということはこの空間は口の中もしくは声帯、つまり喉に該当するのだろうか。ちょっと、いや、かなり恐いな。
「あなたは何もなのでしょうか?」
ついつい言葉が丁寧になる。
「私はウメコ。あなたにそう名付けられました。」
「神様的な何かですか?」
「いいえ。あなたと同じ生命体です。神の様な上位存在ではありません。」
「えっ?生命体って、この丸い石が生きているの?」
「はい。ですが、核だけではありません。あなたを囲うこの空間全体が私です。」
「ということは、ここってお腹の中みたいな感じなのかな。俺って食べられちゃう!?えーと、もしかしてお腹空かれていたりしますか?」
「お腹は空いていますが、カズキ様を食べたりはしません。」
「あっ、はい。食べないでいただけると助かります。普段はどのような物を食べるのでしょうか?」
「雑食で何でも食べます。土、虫、草、動物、水と光、なんでもです。中でも思念の強いものを好む傾向にありますので、この星で一番の好物は人間になるでしょう。ですがカズキ様は友人ですので食べたりしません。」
人間が好物って、完全に恐がらせに来ているじゃん!
友人でなかったら食べられていたってことだよね。怒らせたらやばい。気をつけよう。
「どうか食べないでください。お願いします。ところで、あなた様の目的はなんでしょうか?」
「目的ですか?他の生命体と変わりません。個としての生存と成長と、そして種を残すことです。」
「えーと、生命体としての本能的な目的はそうなのでしょうが、知性を持つ個体としてはもっと何かあるのではないですか?」
「知的欲求を満たすことには喜びを感じます。中でも『ダンマスウォーズ』の今後の展開にはとても興味を惹かれます。」
『ダンマスウォーズ』は俺が見ているアニメだ。なんとなくウメコも好きだった気がしていたが、本当に好きだったんだ。間違いない。この人はウメコだ。
「本当にウメコなんだね!何でこんな姿になったの?」
「元の姿は私の種の様なものです。あの日、カズキ様のお母様に土に投げ捨てられて、土の中で成長してこの様な姿になりました。」
「種が土の中で成長って、植物みたいだね?」
「そうです。植物が最も近い存在でしょう。光合成も出来ますので。ですがその中でも食虫植物が最も近いと思います。もう少し成長してきますと、私の中に生物を誘き寄せて命を奪って栄養としますので。」
「ということは、ここは食虫植物の中なのか。えーと、用事思い出したのでそろそろ帰ります。」
「待ってください。カズキ様のことは先ほども言った通り、友人だと思っています。栄養にしたりはしません。ですから仲良くしてください。」
「えー、仲良くと言うと具体的にはどのようにしたらいいのかな。」
「また一緒に『ダンマスウォーズ』を見たりしたいです。」
「あー、それならいいけど、ウメコはここから出られたりするの?」
「出られません。すみません。できればここに持ってきていただけると助かります。」
「まあ、録画しておいて、ポータブルプレイヤーなら持ち込めると思うけど。」
「お願いします。私もカズキ様をオモテナシさせていただきますから。」
それから再来訪を約束して、ウメコの外に出た。
穴の外は日常の風景だ。先ほどまでの光景がなんとも現実感の無いものに思えてきた。夢でも見ていたのだろうか。だが目の前の大きな穴が夢ではないことを物語っている。
物置を買って穴の上に置いた。
穴から出て直ぐに穴を板で塞ぎ、直ぐにホームセンターに行って物置を買ったのだ。即時配送してくれて、穴を塞いだ板の上に設置して貰った。親には、「俺の大切な物を置かせてくれ、絶対に中は覗かないでくれ」と言ってある。母さんはウメコの件で引け目を感じているようだし、物置には鍵も掛けられるから大丈夫だろう。
それから物置の床に穴を開けて、ウメコへの入口を作った。