#3 【気遣い】と【喜び】
只今の時刻はAM5:00。主夫の朝は早いのさ……。
「……ん〜まだ眠いなぁ……ふわぁ〜……」
実は普段より1時間ほど早いので、まだ若干眠い。
俺はベッドからゆっくり身を起こすと、あくび混じりにグッと背を伸ばした。
隣ではまだ妻が寝ている。うーん、寝顔もなかなか可愛いねぇ……普段とのギャップがこれまた……おっと、見惚れている場合ではなかったんだよね、うん。
昨日も随分と大変な【仕事】だったみたいだから……起こさないように、気を付けて……と。
慎重に体に動かして、5分ぐらいかけてベッドを脱出した俺。ベッドサイドで軽くストレッチして、多少体が温まってきた所で、いそいそと寝室を出て一度外まで向かった。
「……っと、眠いけどねぇ〜。今日も一日頑張りますかぁ〜」
朝食の準備の前にはいつもやっていることなのだけど、家の裏の外壁に備え付けられているタンク型のものへ充電をしに行くのだ。
190cmの俺より若干高めのこのタンク、実は特注の充電池。妻の【会社】に頼んで作ってもらったもので、俺の【電流】を使えばあっという間に充電できるんだなぁ、これが。
深呼吸して、精神を集中させて……両手から【電流】を……放つっっ!!!
バチリ!!と一瞬、電気の爆ぜる音。タンク横に充電ゲージがあるんだけど、満タンの表示になっていた。
「……ふぅ。今日もこれくらいで間に合うかな〜?」
ほら、電気代ってさ結構馬鹿にならないからさ〜、光熱費節約の為に毎朝やってるって訳。ただ、電気会社やご近所さんに不審がられないようにダミーでソーラーパネルもつけてあったりするのさ。それに【能力】もある程度使わないと、【溢れて】きちゃうからね、一石二鳥的な感じなんだわ〜。
毎朝のルーティーンを1つこなした俺。さて、次は朝食の準備だねぇ〜。
朝食の準備をささっと整えた後、俺は愛しい妻を起こしにベッドルームへ。
さてさて、今日の【眠り姫】はどのくらいで起きてもらえるかねぇ……?
「フィフィ〜朝だよ〜起きて〜」
彼女の体を軽く揺すりながら声を掛けた。けど、反応なし。まあこれは想定内なんだな。
ちなみに起こす時は【障壁】を張った状態でやってるんだ。何故かって?寝起きの彼女はなかなかワイルドなんだよ……ノーモーションでボクサー並のアッパーが来るくらいのね。
20分ほど起こすのを続けていると、彼女がむずがりだした。お、そろそろかな?
「うぅ……もう……起きる時間……??」
身体は起こさないものの、その場で両目を擦りながら、寝起きの声で返事があった。
「ああ、おはよう、フィフィ。いつもより早いけど、朝だよ〜」
今の時刻を伝えると、ちょっと間があってから、彼女は毛布を被って再度眠りの体勢に。
「ん……あと……10分……」
彼女は昔から朝が弱いので、起こすのにいつも苦労するんだ。
まあ、そんな仕草も可愛いんだけどさ、今日は事情があって早く起こしてるんでね。少し意地が悪いかもしれないけど……ここは仕方ないかなぁ……?
毛布を被って防御態勢に入ってしまった彼女にも聞こえるように、覗き込みつつ少し大きな声で、
「えー、起きた方が良いと思うよ〜?今日は【仕事】で遠出するんでしょ〜??」
【仕事】と聞いた彼女は途端に跳ね起きた。効果は抜群だね!!
「……っ!?いけない……そうだったわ……!!」
準備しないと!と彼女は慌ててバスルームまで駆けていった。
そんな彼女の背中を見送った所で時間を確認。
「……6:35ねぇ……。確か迎えに来るのが7:00って言ってた気がするから……これは朝食はスルーかねぇ……」
なんて、一人愚痴ってみたりする。おっと、いけないいけない。
あまり遠出することはないから今日はイレギュラーなんだけど……次からはもう少し早めに起こすようにした方が良さそうだねぇ、と思いながら俺はキッチンへ向かって一つ料理を始めたのだった。
彼女がバスルームから出てきたのはそれから20分後のことだった。
きっちり支度し終わった彼女はいつ見ても凛々しいねぇ……さっきの寝姿とは大違いだけど、それも良いんだよね〜。へへへ。
彼女はキッチンにいた俺にそそっと近づいてきて、申し訳無さそうな声色で謝ってきた。
「ごめんなさい……今日は朝食べられそうにないわ……」
「んあ?あはは、気にしないで平気だよ〜」
そう、そんなことで気に病む必要はないんだ。何故なら今日はちょっと工夫してみたからね〜。
「ふふ、君が朝弱いのはいつものことだしねぇ。それに昨日も急な【仕事】もあったから疲れてたんだよ〜。だから、今朝はさ……じゃーん!」
掛け声に合わせて、彼女に手渡したのはナフキンで包んだ箱。受け取った彼女は何だか不思議そうな顔をしていた。
「え……これは……何?」
「お弁当さぁ。車の中でも食べやすいようにサンドイッチにしてみたんだよ〜」
「そんな……わざわざ作ってくれたの?」
「うん。凝ったものじゃないんだけどさ、良かったら持っていって〜」
彼女が準備している間に、作ってあった朝食をリメイクしてサンドイッチにしてみたんだ。
実はあともう1品作ってあるんだけど……それは彼女からあの人に渡してもらうとしようかな……へへっ。
「うん……ありがとう、ジグ。大事に頂くわね」
そう言うと、彼女は受け取った包みを胸に少しはにかんだように笑った。
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予定時刻の7:00。今日もアンノが自宅前まで迎えにきた。1分のズレもなく、相変わらずの正確さはいつ見ても尊敬するわ。
「……お迎えにあがりました……【ヴァルゴ】様……」
【ヴァルゴ】とは、私の【コードネーム】。【会社】内では本名は明かさず、【ヴァルゴ】という名前で通っている。
【会社】には幾つかグレードがあるのだけど、幹部クラス【ゾディアック】に位置する私は、乙女座の意味を冠する【ヴァルゴ】を【コードネーム】として与えられている。あんまり気に入っている訳じゃないけどね。
……話が反れてしまったようだわ。本筋に戻らなければね。
「今日も宜しくお願いするわね、アンノ」
「……畏まりました……」
私は迎えの黒塗りのセダンに乗って、今回の【現場】に向かった。
到着は12:00頃だとアンノが言っていた。今日も長いドライブになりそうね……。
事前に分かっていたものの、長距離の移動に少々気が萎えてしまったけれど……今日は嬉しいものをもっていたんだったわ!!
私が持っていた包みをいそいそと膝の上に出すと、運転中のアンノがミラー越しにこちらを確認して声を掛けてきた。無口の彼にしては珍しいわね。
「……【ヴァルゴ】様、今日は何かお持ちになったのですか……?」
「ええ。夫が弁当を作ってくれたのよ、車内でも食べやすいようにって気を利かせてくれてね」
そうですか、とアンノは返してきたけれど、若干苦い顔をした彼がミラーに写っているのを私は見逃さなかった。まあ本当はそうよね。
私達の【仕事】で重要な点の1つに【証拠】を残さないことがある。その点から考えると、弁当を持ち込む……つまり食べるという行為はあまり好ましくない。何故なら誰かがいた【証拠】になりうる可能性があるからだ。食べかす1つ、匂い1つも追う【証拠】としては十分だからだ。
そう考えると本当はこの弁当も断るべきだったのだけど……旦那が折角心を込めて作ってくれた愛妻弁当……いや愛夫弁当よね、それを持っていかない訳にはいかないじゃない……妻として!!
……いいの!今日は降りる前に念入りに、念入りに掃除をして【仕事】するんだから!!!
気を取り直して包みを開くと、ミックスサンド……だったかしら、卵とレタス、トマトにベーコンと彩りも鮮やかなものだった。内容から推測するに、今日の朝食を使って作ったのかしらね……ちゃんと栄養のバランスも考えてくれてているみたいだし、とっても美味しそう!!
本当はすぐかぶりついて食べたい所だけど……アンノも見ていることだし、私は少しずつ味わって食べることにした。その方が楽しみも嬉しさも長く続くしね……ふふ。
「……今日はようございました……流石は【ヴァルゴ】様を射止めたお方です……妻を気遣えるお優しい旦那様ですね……」
彼からそう言われた時に、何だか私は気恥ずかしさと嬉しさを感じた。
あ……この間、旦那が近所の誰かに私が褒めてもらった時自分も嬉しいって言っていたけど……これがそういう気持ちってことなのかしら……?確かに……嬉しいわね、ふふ。
そうこうしている内に【現場】に到着した。その時、一つ預かりものをしていたのを思い出した。
「ああ……そう言えば、貴方にもって預かってきているわ……これ」
「……!?私めに、ですか……!?」
夫が私に弁当の包みを渡してくれた時に、実はもう一つ紙の小袋を預かっていたの。
何かって聞いてみたのだけど、教えてもらえなくって……アンノに渡せば分かるって話だった。
驚いていたようだったけど、私から小袋をおずおずと受け取ったアンノは、そっと中を確認したようで、その顔は嬉しそうにほころんでいた。え……彼って笑えたのね……そちらに驚きだわ。
「……これは……ラスクでございますかね……?」
彼にことわって中身を見せてもらうと、確かにラスクのようだ。揚げたパンの耳に砂糖をかけて作ったお手軽レシピだと夫が言っていたと思う。
「そう……みたいね。私の弁当を作っていた残りで作ったのかしら」
「……これはこれは、ありがたく頂戴致します……!」
聞けば、ラスクはアンノの好物だったらしい。旦那より付き合いは長いのだけど、初めて知ったわ。
「……旦那様にはお話したことはなかったと思いますが……いつの間にか【読まれて】いた、ということでございましょうかね……」
ああ、あの旦那ならあり得ることだわ。私が世話になっている彼にお礼をしたいと前から言っていたし。
「……お時間を取らせてしまったようで、失礼を致しました……」
「いいえ、いいのよ。夫には喜んでいたと伝えるわね」
「……はい……どうぞ宜しくお伝え下さい……」
余程嬉しかったのだろう、彼はいつもより長い時間深い礼をして止まなかった。
どうぞご武運を、というアンノの声を背に、私は【現場】に足を踏み入れた。
……早くこの【仕事】を終わらせて帰りましょう。
家で待ってる旦那に今日あったことを伝えなくてはね……喜んでくれるわ、きっとね。