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#2 【主夫】と【働く妻】

 食料のストックが心持たなくなってきたので、今日は街まで買い出しに来てみた。

【能力】を使えば一瞬で行き来は出来るんだけどね……他の誰かに見られてしまうと【後処理】が大変なんで、面倒だけど車を使うことにしている。それに【能力】と使った時間によるけど、疲れるからねぇ。

 我が家からは30分ほど離れた所にある小さな街だが、食料品・衣料・雑貨・医療品とまあまあ一通り揃えることが出来るんで、主夫の俺にはありがたい限りだ。電化製品……特にゲーム関連がもっとあれば言うことないんだけど……それは望み過ぎかなぁ。


 街に1軒だけあるスーパーマーケット【ハーマン・パントリー】に車を止めて、店内へ。

 からからと買い物カートを押しながら、ゆっくりと店内を歩く俺。彼女と相談しながら買い物するのも楽しいんだけど、一人でのんびり回るのもこれまた楽しみなんだなぁ。

 うーん……特売になってる牛ブロック肉は買うのは確定として、その他の肉類も欲しいけど、ここはきっちり野菜も買っておかないとなぁ。勿論主食のパンは多めに。あ、トイレットペーパーも安いんで買っておこうかな。ああ、晩酌用のビールとつまみのナッツも入れて……と。

 そんな感じで次々とカートに追加していた最中だった。

「ん??あらぁ〜!リーデッドさんの旦那様じゃないの〜!」

 背後から声を掛けられた俺。咄嗟に背後に向けて【読心】を使ってしまったけど……どうやら【敵】ではないようだった。ふぅ、良かった良かった。

「ああ、お隣のニアさんですか。こんにちは……」

 振り返る前に、【対人モード】に意識を切り替え、よそ行きの笑顔を作って挨拶を返した。

 この声を掛けてくれた人、ニアさんと言うのだが我が家の隣人。年頃は60代前半ぐらいかな。何処にでもいるお世話焼きなご婦人だ。ご主人は既にいないようで、引っ越した当時から俺たち夫婦に何かと気にかけてくれるような優しい人ではあるんだけど、ゴシップ好きのパパラッチ気味な所があって、我が家の事情に首を突っ込んで嗅ぎ回りそうになったんで、ちょっと【記憶操作】をさせてもらったんだよね。ほんのちょっとだけね。

 ちなみに、俺たちは【フリーライターで在宅で仕事をしている夫とキャリアウーマンで多忙の妻】ってことにしてある。結構違和感ない設定でしょ?フィフィもまあまあ納得してくれたんだよねー。

 さっさと帰りたい気持ちはあるけど、一応近所のよしみもあるしね。ここはとりあえず少し話をしてこの場をやり過ごすことにした。

「もう、最近お顔を見なかったから心配してたのよ〜!近所内でもどうしたのかって話になってたのよ〜?」

「はは、そうですか。ちょっと数日体調を崩してましてね……今は元気ですよ!ご心配をお掛けしてすみません……」

「あらあら!?そうだったの!季節の変わり目の風邪かしらねぇ??でもいやねぇ〜言ってくれれば買い物ぐらい手伝えたのよ〜??」

「いやいや……ご近所さんにそんなご面倒掛けられませんよ。それに妻も気遣って色々としてくれたものですから……」

「あらぁ〜そうなの!美人だし優しい奥様で良かったわねぇ〜!!まあ、困った事があったらいつでも言って頂戴ね〜!せっかくご近所の縁がありますもの〜」

「ええ、自慢の妻ですから!それに……いつもお気遣い頂いてすみません、ニアさん」

 今日は奮発してビーフシチューにしよう……彼女の好物だからね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ここで良いわ。どうもありがとう」

【仕事】の行き帰りは、車で送迎してもらっているの。早急に現場に着けることとその後の撤収も楽だからね。

 車を降りる際に【専属運転手】のアンノにチップを渡すと、彼はそれを両手で受け取って、深々と礼を返してきた。彼は【会社(カンパニー)】から派遣されているのだけど、この道47年の大ベテラン。私に忠実で誠実、彼の送迎なら間違いなく安全だと確信している。旦那の次に信頼がおける数少ない人物ね。

 去っていく黒塗りのセダンを背に、私は耐えきれず大きなため息をついた。

 はあぁぁぁぁぁ……今日も【仕事】が終わったわ……疲れた……。

 全く……今回の【目標(マト)】の用心深さには手を焼いたのよ……まあ私なら予想の範囲だったけど。

 珍しく【狙撃】の【仕事】を受けてみたのだけれど、同じ姿勢で待たなきゃだったから身体は冷えるし固まっちゃったわよ……やっぱり【獲物】は刃物に限るわね……ふふふっ♪

 玄関からキッチンへ向かうと、上機嫌な様子の旦那が鼻歌混じりに調理中だった。あら、可愛いわね。

「……ふふん♪ふふーん♪♪」

「……ジグったら。珍しく鼻歌なんか歌っちゃって、随分浮かれてるじゃないの」

「ああ、フィフィ!おかえりー!!」

「うん、今帰ったわ。今日は何か良いことでもあったの?」

「へへ、分かる?実はそうなんだよー!あ、今日はビーフシチューにしたんだ!でもごめん、煮込みにもう少しかかりそうかな……」

「そうなの?じゃあ……楽しみにしてるわね。先にシャワー浴びてくるわ……」

 私の大好物を作る日って、記念日以外だと旦那にとって良いことがあった日なのよね。

 今日は身体も冷えてたから……結構嬉しかったりするわ。2つの意味で。


 私が浴場から出たタイミングで、用意が出来たと声が掛かった。そのタイミングの良さに、近くで出待ちでもしているんじゃないかって密かに笑ってしまった。彼の【能力】なら別に離れていても、私の事情も悟ることは出来るんだろうけど、彼はそうまではしないでしょうしね。

 ……で、待ちに待った夕食の時間。旦那の料理はどれも外れがないの。今日は大好物のビーフシチューだから尚更ね。

 食事を進めながら、どちらともなく自然と会話が始まるの。【仕事】が終わった後のこの時が一番気が安らぐ時間だって思ってる。遠くに【出張】している時以外はどんなに遅くなっても夕食だけは絶対に我が家で食べようって心に決めてるの。彼に会いたいし……夫婦だからね。

 私が話すのは今日の【仕事】のこと。残念ながら守秘義務もあるからほんの触りだけだけどね。それを聞いて、彼は驚いたり共感してくれたり労ってくれたり、色々反応してくれるのが面白いのよね。

 彼は主に自宅にいるので、今日は何をしたとかゲームでハイスコアが出たとか星占いの順位が良かったとか、あまり大きく変わった話題はないのだけど、そんな日常の話をしてくれるだけでも、私は結構嬉しいの。自分が体験出来ない【普通の日常】だから……。

「……で、今日買い出しに行った時にさ、たまたまお隣のニアさんに会って少し話をしたんだけど、そこでフィフィのことを褒めてもらってさぁ〜。旦那としては鼻が高いっていうかさぁ、嬉しくなっちゃってね〜!」

「あら、そうなの?ニアさんはなんて言ってたのかしら……?」

「美人で優しい奥様、だって!いやぁ〜嬉しいよねぇ〜!」

「なんでアナタが喜んでるのよ……」

「なんでって……妻を褒められて喜ばない旦那はいないよー、へへへ♪」

「……そう、なの?」

 私自身美人でも優しいとも思ったことはないから、褒められてると言われても実感が沸かなかった。でも旦那がこんなに喜んでる所を見ると……ここは喜んでいい所なんだっていうことは分かったわ。


 食事が終わってからは、私は【仕事】の報告をするために苦手だけどパソコンへ向かい、彼は食器の片付けや洗濯物を畳んだりとそれぞれの業務をこなしていった。それらが終わると、夫婦でちょっとだけ晩酌の時間。彼はあまりお酒が強くはないけど、毎回必ず付き合ってくれるのよね。彼、優しいから。

 そこそこに晩酌を終えたら、いい時間になってきている頃なので、そろそろ寝ようかって話になる。本当はもっと一緒に起きていたりしたいんだけど……明日も【仕事】が控えているから仕方ないわ……。

 最近急な【仕事】が入る事が多すぎて……実は夫婦で就寝するのは久しぶりだったりする。

 旦那が妙にそわそわしている様子があったのだけど……内心は私も同じなの……久々にあるかもって思って、念入りにシャワー浴びてたのは内緒だけどね……!!

 と、浮かれていた気持ちに水を指すように、鳴り響く着信音……【仕事用】のスマートフォンからだった。

 呼び出しがあったらそれはいつ何時でも絶対に【遂行】しなければならない。こちらの都合なんてお構いなしで正直腹わたの煮えくる思いなのだけど……私に拒否権はない。悔しいけど。

「……ごめん。また【仕事】が入ったみたい……」

「あ……そっかぁ……残念だな……久々の二人っきりだったのに……。でも、大事な【仕事】なら仕方ないよねぇ……そうだよねぇ……」

 内心で私が落ち込んだ以上に、目に見えて落ち込んだ様子の旦那が見えてしまって……心に後悔の塊が刺さる刺さる……。わ、私も行きたくはないのよ!?毎回毎回ごめんなさい、アナタ……!!

「ちなみに……今晩はどの辺りで仕事なんだい?君が良ければ送っていくよ??」

「場所は……ここから50kmぐらい先の港だけど……今日は自分で向かうわ。だって【テレポート】使ったら、アナタが疲れちゃうでしょ?」

「まあ、それなりに疲れはするけどさぁ……妻の仕事場まで旦那が送迎するなんて、案外普通じゃないの?」

「そう……なのかしら」

「そうだよー、だってお向かいのフロムさん家もそうしてるっぽいし。君は今日は既に【仕事】終わって帰って来た訳だしさ、それに買い出しに出られるぐらい調子いいからさ?今日は【送らせて】よ!!」

 こうなると旦那は強情で絶対に引かない。私の為になるならって、自らが犠牲になっても気にしないぐらいの向こう見ずなのよ……そんな所も好きなんだけど!!

「ん……そこまで言ってくれるなら……お言葉に甘えてみようかしら……」

「分かった!フィフィが準備出来たら声掛けてねー」

「うん……分かった……ありがとうね、ジグ!」



 準備を終えた私は彼の【テレポート】で瞬時に目的地のほんの手前まで辿り着いた。

「……っと、着いたよ!ここまででいいのかな?」

 私は巻き込まれては危ないからと彼にすぐに帰るように言ったのだけど……そうしたら頑張っての意味の励ましのハグをくれた後、彼は瞬時にこの場から去った。う、嬉しいことしてくれるじゃないの……ふふふ。

 終わったら帰りも迎えに来てくれるとも言ってくれたわ……これは急いで片付けなくっちゃね!!

 彼のハグでニヤけてしまった顔を、慌てて叩いて気合を入れた。【仕事】は少しの気の緩みも許されないからね。

「私の……至福の一時(ひととき)を邪魔した罪は重いわよ……糞共がぁぁぁぁ……!!!」

 静かに激しく燃えたこの怒りは、今回の【仕事】にぶつけるとするわ……今宵の【獲物】は一味違うわよ……!!!

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