#1 【ジグ】と【フィフィ】
新連載始めました。
思いのままに書いておりますので、よく分からない展開になったらすみません。
これから宜しくお願い致します!
妻が昨晩の【仕事】から帰ってきた。夜通し掛かったらしく、帰宅したのは翌日の早朝だった。
流石の彼女も疲れたのか、帰ってくるなりベッドルームに行ってしまい、そのままぐっすり寝てしまったようだった……うん、寝顔も可愛いねぇ。写真とかビデオに撮って永久保存しておきたいよね……彼女にバレたら一大事だから止めとくけど。一度大変な目にも遭ってるから、なお止めとくけど。
ただ、そのまま寝ちゃうってのは若干困るんだよねぇ……。ベッドやシーツが汚れるし、何より彼女の肌にも良くないんで、化粧だの服だのをどうにかしてから寝てほしかったんだけど……急な【仕事】だったし、普段より疲れているようだから仕方ないかねぇ。
とりあえず俺は……お疲れの彼女の為に美味しい朝食でも用意して待つ事にしようかなぁ。
それから数時間後、妻がベッドルームから出てきた。
まだ眠気が取れていないのか、ぼんやりした表情だ。ストレートの黒髪ロングに若干の寝癖、格好は今朝方帰ってきたままで、黒のジャケットに薄紫色のフリルブラウスの胸元には【赤黒い染み】が散っているのが見える。……早めに洗濯させてもらわないと落ちないんだよねぇ、【あれ】。で、足元まである黒のロングスカートは太腿近くまで大きくスリットが入っているものだ。スリットの向こうには白い肌に映える網タイツが覗いていたりする。いつ見てもセクシーだねぇ……おっと、何処からか【殺気】に似た冷たい視線を感じるぞ、いけないいけない。
通常時なら【仕事】が終わったらすぐに着替えてしまうので、あんまり長く見る事が出来ないんだけど、俺はこの格好の彼女が結構お気に入りだったりするんだよなぁ、へへっ。
おはようとお互いに挨拶を交わし、彼女はテレビの前のソファーへ。俺は出来上がっていた朝食を温め直す為にキッチンへ向かった。
ふふふ、今朝はコーヒーもスープもスクランブルエッグもいい出来なんだなぁ〜。きっと彼女も喜んでくれると思うんだよねぇ〜。
そんな事を考えている最中だったけど、リビングにいる彼女から悲鳴に近い声が上がったのを、俺は背中で聞いた。
……はて?例の黒い虫でも出たのかね??と振り返ってみると、そこにはリモコンを片手に、物凄く機嫌の悪そうな妻が静かに立っていた。
鬼のような形相で、髪はメラメラ逆立って、身体全体からは湯気が上がっている。あまりの気迫に俺は後ずさってしまった。
「……ねぇ、ジグぅ?私が録画予約してたドラマがないんだけど……!??」
怒りに満ちた表情とは裏腹に問いかける声色は思ったより優しげだ。
だが、これは怒っている。それも最上級に近いヤツで……。
「……んー?俺は知らないよ……?」
一瞬考えてここは平静に対応するべきだと、長年の経験から判断して俺は返事した。が、俺の判断は間違っていたようで……彼女の手に握られていたリモコンがバキリと砕けて落ちた。
「……嘘!!だって昨日の夜はずっとテレビの前に陣取ってたじゃない!!」
「だ、だってさぁ、夜ファファが出かけるって言ってたから、部屋の片付けも終わらせたし、洗濯も皿洗いも終わったし、さしあたってお腹も空いてなかったからさぁ、そしたらゲームやるぐらいしかないじゃんさ」
「だ・か・ら!!そうしたら私が録画しておいたドラマ消せるのはアンタしかいないでしょ!?他に誰がいるってのよ!?」
「そりゃあ誰もいないけどさ!?で、で、でも俺じゃないってば!!!」
「……問答無用……!!」
「へ!?ちょ、ちょっと!?暴力反対!反対だって!そ、それは投げたら駄目だってー!!!」
……それからの彼女は大変だった。俺の言葉は届かず、火がついたように泣きじゃくりながら、周りのものを豪速球で俺に向かって投げ始めるし、投げるものが無くなったら俺本体をひたすらに殴り始めるし……まるで嵐のようだった。
彼女の名誉の為に言っておくけど、普段からこんな暴力的な妻ではないよ!?今は怒りで我を見失ってるだけで……いつもの彼女は冷静沈着!高嶺の花!自他共に厳格!凛としたクールビューティー!俺史上最高の女性だからね!?
俺の【能力】を使えば彼女を制圧することは出来なくはないんだけどね……万が一にも彼女に傷が付くような事はしたくない。それはあくまで【最終手段】だから使わないよ、うん。
「私……あのドラマ毎週毎週楽しみにしてたのよ?【おしゃれ探偵ケイティの事件簿】!!次回が今シーズンの最終回……大事なクライマックス前を見逃すとか最っっ悪じゃないの!!!」
「わ、分かってるって!君が楽しみにしていたのは知ってるって!!お、落ち着いてよ……」
「あーもう!!昨日の【仕事】なんて受けるんじゃなかったわ……それならリアルタイムで見れたのに!!」
そこまで言ってから、彼女は暴れるのを止めて、無言でベッドルームへ向かってしまった。
「ファファ……」
俺は殴られた体を擦りながら、バタリと激しく閉まるドアを見つめた。
……とりあえず一旦嵐は過ぎ去ったみたいだけど、このままではいつ再燃するか分からないなぁ。
ここは旦那として、何かしなければ……どうしたら彼女が元気になってくれるかねぇ……?
考えは纏まらなかったが、一旦彼女の様子を確認しに行こうか。
そう思った俺はベッドルームに繋がるドアの前に立ち、静かにノックしてみた。
「ねぇ……まだ起きてるかい?」
「……」
中からの返事はない。耳を澄ますと、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。余程見れなかったことが悔しいのだろう。
悲しい彼女を見るのは俺も辛かった。俺も予約が出来ていたか、録画が始まっていたか確認出来ていなかったのが悪いんだ。ごめんよ、ファファ……。
こうなったら、【方法】は1つしかない。少なくとも、俺に出来るのはそれくらいしかないんでね。
「……分かった!ちょっと待っててよ!今から【攫って】くるからさ!」
俺の言葉に驚いたように、彼女が部屋から飛び出してきた。驚きと不安の混じった複雑な表情だ。
「……え!?アナタ今日は……体調は平気なの……?」
「んあ?まあまあ体調もいいしさ、ちょっくら行ってくるよ!」
その場でストレッチしたり、グッと力こぶなんかを作って見せて元気ですアピールをしてみたけど、彼女の不安そうな表情は変わらない。あれ?外したかな……??
「そんな……私あんなに酷い事したし、言ってしまったのに……そんなわざわざ……いいのよ……」
「いいや、愛する嫁が泣くほど悲しんでるのを見たら、旦那としては動かなきゃだろう??」
しおらしい彼女も魅力的……じゃなくって、引き留めようと心配する彼女の気持ちは分かるけど、こうなったら俺は引かないよ。嫁さんの喜ぶ事なら俺は死んだってやり遂げる自信があるからね。
彼女だって俺のそういう性格は分かっているから、しばらくしたら折れてくれたよ。
「そう……ジグ……外に行くなら……気を付けてね。あ、それから……さっきは八つ当たりしちゃって……ごめんなさい……!!」
「へへへ、良いんだよファファ!まあ、ちょっと時間掛かるかもしれないけど、ゆっくりして待っててくれよ!まだ疲れてるだろ?」
「……うん!待ってるわ!ありがとう、ジグ……!」
泣きはらした顔だったけれど、少し笑ってくれた彼女を見て、俺は嬉しかった。
彼女に泣いてる顔は似合わないんだ。凛としている彼女も好きだけど、時々見られるこの笑顔が好きなんだよ、俺はさ……。
「……っと、脚本家を【攫えば】いいのか、監督を【攫えば】いいのか……悩み所だなぁ……」
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行ってくるよ!と、張り切って出かけた彼の後ろ姿を見送った私。
「もう……いつもだるそうにしてるけど、こういう時は頑張ってくれるんだから……本当アナタが大好きよ……ふふ♪」
なんて、呟いてしまった口を思わず手で覆ってしまった。
本人の前では恥ずかしいのと、彼が調子に乗るから言わないんだけど……聞かれてないわよね?
昨日の【仕事】の後で気が立っていたとはいえ、今回は随分と大人げない事しちゃった……反省だわ。
冷静になってきた今だから思うのだけれど、今見れなくってもDVDとかで発売された時に、改めて一気見したりすれば良かった話よね……本当に彼には申し訳ない事しちゃったわ……ごめんね、アナタ……!!!
まずはさっき荒らしてしまった部屋を片付けなくてはね……か、片付けぐらいなら私でも出来ると思うの……!
反省した私は気持ちを切り替えて、ボロボロになった部屋を前に、腕まくりをしたのだった。
でも、今回の件で疑問は残ったままなのよ。
「……何で録画出来てなかったのかしら……ちゃんとセットしておいたのに……って!!?」
黙々と片付けを進めていた私がある一角に差しかかった時、驚愕の光景を目にして、その場にへたり込んでしまった。
「……デ、デッキの電源、抜けてたわ……!!!!」