ゼラル
「ルミアちゃーん、そっち行ったよぉー!」
「ええ、分かってるわ!」
・・・目の前で繰り広げられているのはあまりに一方的なものだった。今なら魔王ですら倒せるのではないかという錯覚を起こさせるほどの高威力魔法が連発されている。
ベルが水魔法を群れに放ち、そこにカイが雷魔法を撃つ。あまった魔物をルミアとエレナが倒す。
・・・危機感なんてほとんどなく、作業に近いものになっている。
___一時間が経った頃、さすがに皆の顔に疲労が出てきた。
「みんな、そろそろ休もうよ。」
「さんせぇーい。」
ルミアが風魔法を解除して森の中の大きな木まで下す。・・・だがそれが間違いだった。
「さすがに疲れたねぇ。」
「ええ、そうね。・・・きゃあっ!?」
「ルミア!!」
木の下に落ちるルミアの悲鳴が聞こえて彼女を離すまいと手を掴んだ。だがそんな僕の抵抗も空しく、僕とルミアは木の下の空間に落ちていった。
「なぜ私の子なのに魔法が使えないのっ!?」
「ねえ、宰相様のご子息様、魔法使えないんですって。」
「えー、あのご夫妻の間の子なのにー?」
そんな陰口を言われることもあったし、母からは目に見えて嫌われていた。宰相である父はもちろん魔法を得意としていたし、元魔術師団副隊長の母は魔法の点では父よりも優れていた。
そんな二人から生まれた子、僕はなぜ魔法が使えないのかと。よく言われた。僕だってそんな子がいたら少しは疑うだろう。でも僕の周りには敵が多くて、いつの間にか、父以外は信用できなくなっていった。
そんな僕も練習して、あの弱すぎる火魔法と、暑い日に涼める程度の風魔法は使えるようになった。父はそれを褒めてくれたが、母はそのころには僕への興味を失っていた。いないものとして扱っていたし、顔を合わせたら嫌な顔をされた。だから僕も母のことは知らないことにした。
人間不信気味の僕だって、もともとは人間が好きだったし、今より社交的だった。そんな僕を変えてくれたのは、入試で僕がぶつかってしまった少女である。
僕は極度の方向音痴で、そのときもまっすぐ進めば校舎にたどり着けるのだが、気づいたら裏門に来ていた。時間が分からなくて焦ってしまい、とりあえず人が多いところに行けばいいだろうと思ってそこに走っていった。人をかき分けて視界が開けると、そこにいた少女にぶつかってしまった。
転ぶことを覚悟して硬く目を瞑った僕だが、いつまで経っても地面の硬い感触は訪れない。それどころか姿勢的にはそのまま立てるような感じになっていた。突然の出来事に頭が追い付かなくてそのまま崩れ落ちてしまった。
そしてぶつかってしまった少女を見上げると____そこには天使がいた。その天使はこちらに手を差し伸べた。
「私はルミア・ルノワールですわ。私が考え事をしていて避けることができず、申し訳ございません。その、立てますでしょうか?」
光を集めるような美しい銀髪と、見つめられるだけで吸い込まれるような紫色の瞳。見ていると氷のように美しく冷たい印象があるが、声は妖精のような可愛らしい声をしている。控えめに言って天使。
「・・・あの?」
ハッとして彼女の方を見ると、彼女は自分に手を差し伸べたままだった。
「・・・え?あぁ!!ごめんなさい!立てます立てます!!」
つい見惚れてしまった。顔が熱くなる。そういえば助けてもらったのにお礼も自己紹介もしていない。
「申し遅れました!僕はゼラル・ミルシュアと言います!僕が前をよく見ずに走ってしまったので僕が悪いんです!そればかりか魔法で転ばぬようにしてくださってありがとうございます!!」
ミルシュアと聞いたら僕の正体が分かったのだろう。何か思い出したかのような顔をしていた。洞察力には自信があるのだ。まあ頭の中は混乱したままだったが。
「落ち着いてくださいな。でしたらこれはお互い様ですわ。・・・それに、受験前に転ぶなんて縁起が悪いでしょう?」
そう言うと彼女は、天使のような笑みを浮かべる。また自分の顔が熱くなるのが分かる。____ダメだ。これ以上この子とこの調子でいたらいろいろと危ない。
「そ、そうですね!あ、時間が迫ってますよ。お互いに頑張りましょう!」
なのでここから離れようと思った。
「ええ、ありがとうございます。もし受かったら、良いお友達になりたいですわ。」
そう言うと彼女は今までとは比べ物にならないくらい素敵な笑顔を見せる。これが絵にも描けない美しさなのか、と謎の考えに至りながら彼女に一瞬見惚れた。
「も、ももももちろんです!で、ではまた!」
僕は校舎に走って行って、教室に入ると気分も落ち着いて冷静になれた。
その日から彼女のお陰で学院では楽しい生活が送れている。友達もできた。だけど家に帰るのが憂鬱だ。このまま学院にいたいが、父のためにも帰らなければならない。でも明るくなれた僕を見てほしいと思った。




