表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物の怪代行業  作者: 海水
6/10

『狼娘は猫の夢を見るか』 第一話

 東京、渋谷。23時12分。

 陽が落ちてなお、よどむ熱気がこもるビルの隙間。

 銀髪を後ろに流した、三つ揃えのスーツ姿にサングラスの男が、ビルの外壁に寄りかかっていた。

 真っ青な顔色で呼吸も浅く、頬を汗が流れていく。

 ビルに細く切り取られた夜空を見上げ、男は汗が吹出す額をスーツの袖で拭った。


「日本の夏は暑いとは聞いていたが、これほどとは」


 スーツの内ポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出した。数回タップの後「先日、旅行中の安全契約を結んだシュタインだけど」と会話を始めた。


「どうされました?」


 スマートフォンからは低音な男の声。

 シュタインは安堵からか、肩から力を抜いた。


「ちょっと、気分が悪くなってしまってね」

「すぐに参ります」

「あいにくと、ここがどこだかわからなくって――あれ、切れた」


 スマートフォンの向こうからの返事はなく、通話が終わってしまった。

 シュタインは応答のないスマートフォンをひと睨みする。サングラスのブリッジを指で押し上げ「日本妖怪はせっかちだな」と呟き、スマートフォンを内ポケットにしまった。


「まぁ、ここは彼らの庭だし、見つける手立てもあるのだろう」


 ヤレヤレとシュタインがビルの谷間の狭い夜空を仰いだ瞬間、彼が背を預けている外壁から、ぬっと黒い影が()()()()()()()

 その黒い影はシュタインに並び、作務衣姿の男性に彩色された。


「お待たせいたしました」


 壁から湧き出た男は仰々しく口を開いた。


「……おっと、びっくりしたな」


 シュタインがニヤリと口もとを緩める。


「驚かれた様子はなさそうですが?」

「いやいや、心臓が飛び出るかと思ったよ」

「普段は良く冷えていてさぞかし触り心地が良いんでしょうが、日本の夏に浮かされているようで。これを」


 作務衣の男は赤い液体が詰め込まれたパックを差し出した。廃棄と書かれたシールが貼られている。


「消費期限切れの輸血パックか、助かるよ」

「ストローです」

「あぁ」


 返事ももどかしいのか、シュタインは輸血パックにストローを差し入れ、口をつけた。

 ストローが朱に染まり、あっという間にパックは空になった。


「ふぅ、日本の輸血はうまいな」


 ストローから口を離し、シュタインが満足げに呟いた。


「全血パックですし、日本人で構成されて雑味が少ないからかと」

「廃棄輸血をわが祖国へ輸出してくれないかな」

「違法脱法はご法度故ご勘弁を」

「それは残念」


 シュタインが肩をすくめ、大げさに残念がった。


「実は祖国では蚊に悩まされていてね。栄養価も高くて病気もない吸血鬼の血は、蚊にとってご馳走さ。年中吸われまくっていてね、辟易しているんだ」

「沽券に関わりますな」

「まったくだ」


 シュタインが自嘲気味に笑った。


「あぁ生き返った。旅行に保険をつけておくのは正解だね、助かったよ、えっと――」

「代行屋とお呼びいただければ」


 作務衣の男はそう告げると、ニッと笑った。





 代行屋が吸血鬼の救援に向かっていた同時刻。

 とある都市の古い二階建て日本家屋、その一室で、赤いワンピースにおかっぱ頭の少女がパソコンのモニターとにらめっこしていた。

 代行屋の相棒兼恋人を自称する近隣小学校在住の【トイレの花子】だ。

 彼女が見つめるモニターの脇には携帯型タブレット置かれており、それがピコリンと鳴った。


「依頼完了お疲れ様ーーって、お、依頼メール一件確認。毎度ありがとうございまーす」


 花子が見つめるモニターに、手紙のアイコンが左から右に流れていく。 

 

「えーっと、どんな依頼かしら~」


 鼻歌交じりでマウスを動かしていた花子の手が止まった。


「……まーたわけわからない依頼が来たわね……」


 カクリと頭を垂れた彼女の背後の床から黒い影が湧き上がり、人の形へと集約されていく。

 影は彩色され、雪駄を手に持った作務衣の代行屋となった。

 背後の気配を感じ取った花子が勢い行く振り返る。


「あなた、お疲れ様! 食事にする、お風呂にする、それとも、あ・た・し?」

(吸血鬼)は無事だ」

「ちょっと全スルーとか酷くない? せめてあたしを選びなさいよ!」


 花子がぶーっと頬を膨らませた。


「花子、新しい依頼が来てるだろう」

「いま来たばっかりなのになんで知ってるのよ!」

「社長から直々に連絡が来た。内容も言わず、任せたと言うだけ言って切れた」


 男はぶーたれる花子の頭に手を乗せつつモニターを覗き込んだ。


「……猫カフェで猫にもてたいでござる? なんだこれは」

「イギリスから観光に来る予定のリリコス17歳狼人間でござる、だって」

「意味が分からん」

「あたしにも理解できないわよ」


 男と花子は顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ