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物の怪代行業  作者: 海水
2/10

アホコメディ企画『トイレの花子さん』

この作品は秋月忍様主催アホコメディ企画参加作品です。

深く考えずにぬぼーっと読むのと効用があります。


 どこか寒々しく、寂しさを感じる、月に照らされた夜の学校。無機質なコンクリートがそれを助長させていた。

 男はその校門の立ち、看板を見た。歴史を感じさせる木の一枚板だ。

 一瞥する様に視線を外し、男は門をくぐった。


 男は、常夜灯を頼りに廊下を進んでいく。慣れた足取りに迷いも恐れもない。

 右側通行と書かれた階段を素直に右側を登り、2階へたどりついた男はきゅっと床を鳴らし、また廊下を歩く。

 男が足を止めたのは、女子トイレと書かれた看板の下だった。扉がなく外から見えてしまうが、そこは安全性を優先したからだ。

 男は躊躇せず、女子トイレへと侵入した。

 

 女子トイレは個室がみっつ並んでいた。男は一番奥の、赤く巨大なリボンがついた扉の前に立った。瞬間、リボンに埋め込まれていたなな色のLEDが輝きだす。

 

「相変わらず趣味が悪い」


 小さく息を吐いた男は、コンコンコンと3回ノックし「花子さんいらっしゃいますか?」と声をかけた。


「あいてる!」


 鈴がバク転したような元気な返事がくる。男は、ふりふりのレースで包まれた取っ手を押した。

 扉の向こうには廊下が伸びている。

 天井は複雑な形状に掘り上げられており、淡い色の間接照明が優しく空間を演出している。

 床は大理石張りで、男が進むたびにコツリと音を立てた。

 ホテルと勘違いしそうな廊下を、男は無言で歩く。

 廊下の突き当たりには、玄関があった。焦げ茶色の扉には、ハートマークで縁取られた表札がある。

 男は脇に備え付けられているインターホンを押した。


「あいてるって言ってる!」


 鈴が暴走したような、やや不機嫌な声が返される。男は玄関ドアのノブに手をかけ、ぐっと引いた。

 ドアの向こうは8畳ほどの部屋だ。

 天井にはシャンデリア型の照明器具が存在を主張しており、その燈火は部屋をまんべんなく照らしている。

 壁はセピア色で、落ち着き感を醸造していた。


「3秒遅刻!」


 部屋の奥には執務机がデンと構えており、その主たる人物から声がかかった。

 肩に触れる程度の長さの、おかっぱ頭の少女だ。着ている赤いジャンパースカートが時代を感じさせ、どこかミスマッチな少女だ。


「3秒は誤差だろう。夜に学校に忍び込むのはリスキーなんだ。それが小学校だったらなおさらだ。社会的にもこうだぞ?」


 男は両手首を摺合せ、言い訳を並べる。彼の言い分を、その机にしがみつく程度の背丈の女の子が眉を寄せて聞いていた。


「久しぶりに会ったってのに、それがお得意様に聞く口?」

「一昨日にも会ってるだろう?」

「48時間も会ってない!」


 少女がぶんぶん髪を振り乱し、不平を申し立てる。


「で、頼んだものは買えたの?」


 彼女は背伸びをして机に肘を立て、組んだ両手の上に顎を乗せた。


「あぁ、買ってきた。確認してくれ」


 彼は肩掛けかばんから紙袋を取り出した。しっとりしわしわ気味な袋を、少女に向かって放り投げた。

 少女は両手でナイスキャッチし、さっそく中身を検分し始める。


「おなかが餡子でぷっくり膨れてて、一匹一匹焼き色が違う〝天然物〟。線引屋の〝あなたのためのすぺしゃるたい焼き〟に間違いなし」


 少女はにまっと頬を緩めた。


「お茶入れて」


 彼女は机の引出しから皿を取り出し、(くだん)のすぺしゃるたい焼きを並べていく。

 男は、壁に備え付けられた食器棚を見た。茶筒と急須、湯呑ふたつだけが置いてある。お揃いの夫婦湯呑のようだ

 彼が茶筒のふたを開けると、爽やかな香りがふわりと立ち上る。


「相変わらずいい茶葉使ってる」

「ブレンドじゃない、本物の狭山茶だもの。色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさすっていうけど、香りだって負けてない。むしろ上」


 少女はふふんと鼻を鳴らし、最後のすぺしゃるたい焼きを置いた。4匹の鯛がメザシ状に置かれている。


「金もってるな」


 男は、スタンバイされていた南部鉄瓶から茶こしにお湯を注ぐ。ふわりと浮かぶ湯気からはみずみずしい青の香りが漂う。


「資産運用は老後の基本だもの」

「お前に老後があるとは思えないけどな」

「歳のことは言わない!」


 少女が机のボタンを押すと天井から小さな小さな金ダライが落ちてきて、カコンと男の頭にヒットする。


「いてえって。頭がおかしくなったらどうするんだよ」

「それ以上おかしくなりようがないでしょう? いいから座りなさい」


 少女がペシペシと脇にある椅子をたたく。男は天井をひと睨みし、湯呑をふたつ手に持った。

 コトリと執務机に湯呑を置き、少女が座れと申し付けた椅子に腰かけた。


「よいしょッ」


 少女は掛け声ひとつで彼のひざの上に飛び乗る。ぽふんと男に背を預け、満足げにうむうむと頷いた。


「これは、追加料金だな」


 男は眉を1ミクロンも動かさない。


「尊さで憤死してもいいのよ?」

「過度なスキンシップは契約項目にはない」

「お得意様のニーズにはこたえるべきだと。妙齢な少女の柔肌を堪能できるなんてチャンスは、このご時世、許されざる所業よ?」

「違約金は契約金の半分だったな。たい焼き4匹で1500円だから――」

「チッ、賢い子は嫌いだよって、ウソだからね?」


 少女は顔を上げ、不安げな瞳で彼を覗き込む。 


「このくらいはまあいいさ」


 男は彼女の頭に手をのせ、なでなでした。


「で、今日呼びつけたのはたい焼きが食べたいからじゃないんだろ?」


 男は手を伸ばし、すぺしゃるたい焼きをふたつつまんだ。ひとつを少女に渡し、頭からかぶりつく。


「よくわかってるじゃない」


 少女は両手でたい焼きを持ち、かぷりと尻尾をかじった。


「付き合い長いからな」

「そうね、夫婦も同然ね」

「丁重かつ盛大に断わらせてもらう」


 少女が手を伸ばし、机の引き出しを開けた。天井からねこじゃらしが垂れ下がり、男のうなじをぬめっと撫でまわす。


「わ、わかった、け、契約金の、2割で、手を、うとう」


 息も絶え絶えな男が声を振り絞る。


「そこの書類にハンコを押したら許されるらしいわね」


 少女が目を向けた先には〝婚姻届〟と書かれた書類があった。全ての欄が記載されていた。


「わかった、今回は無料にしておく」

「いけずな男ね」


 少女は可愛く頬を膨らませた。


「で、何がどうしてこうなった」


 男は気を取り直して2匹目のたい焼きにとりかかった。やはり頭からかぶりつき、首なしたい焼きを作り上げた。


「来年、この学校が廃校になるんだって。で、立て替えて高校になるんだってさ」

「歴史があって趣深そうだが現代の学び舎にしては設備が古いからな」

「それは仕方ないと思うの。夏は暑いし冬は寒いし、生徒がかわいそうだもんね」


 少女の声が沈む。男は彼女の頭に顎を乗せ、ぐりぐりした。


「建て替えても居場所は残るじゃないか」

「それは、問題じゃなくって……」

「別な問題があると?」

「大問題で日本が沈むレベルな問題ね」

「そりゃ大問題だが、ここにそんな問題があるとは思えないが」

「……だって、ここが高校になるってことは、このキュートでファニーでフェミニンな妖精ボディが、バインでボインでドッカンなホルスタインバディになっちゃうってことよ?」


 声なき抗議を叩きのめすが如く、少女が声を荒げる。


「話が見えないな」

「この体は学校の種類で年齢が決まるの。だってあなたロリコンでしょ? 高校生になったらがっくりして見てくれなくなっちゃうじゃない!」

「小学校だから女児なのか?」

「あたりまえでしょ? 小学校のトイレにJKがいたらおかしいでしょ? あなた大人の女がイイの?」


 少女がキーとたい焼きを引きちぎる。


「……近隣の小学校に引っ越せばいいだけでは?」

「やっぱりロリコンなのね」

「そこは否定しておこう」


 男は湯呑をとり、ずずっとすする。ついでに色々なものを呑みこんだ。


「まぁそれも考えたけど、基本的に学校にひとりの花子は完全常備されてるの」

「別に花子がふたりいてもいいんじゃないのか?」

「みっつしかない個室をふたつも占領したら生徒がかわいそうじゃない!」

「別なトイレにいくとか、仲良くひとつの個室を共同で使うとか、案はあるんじゃないのか?」

「せっかく近くにいるのに離れてたらおしゃべりもできないし、なにより都市伝説にもプライバシーはあるのよ?」


 少女は高らかに権利を主張した。


「まぁ、プライバシーは、現代の物の怪でも必要だな」


 男は、そこは納得した。


「世が変化すればそれに引きずられ、物の怪も生き方を変えていかねばならない。それは、昔からの理だ」

「さすが~私の旦那様~♪~理解が早くて助かっちゃーう♪」


 膝の上の少女が嬉しそうな旋律を奏でた。


「誰が誰の旦那だと?」

「照れ屋さんなんだからー」

「照れ屋ではない」


 男は少女の脇に手を差し入れ、ぐいと持ち上げ、そのままゆっくりと床におろした。


「時間だ」

「まだ本題が片ついてないんだけどー」

「今までのはなんだったんだ?」

「前菜よ。これからがメインディッシュ。デザートもあるからね?」


 少女がビシッっと人差し指を男に突きつけた。男は掌でそっと少女の指を押しのける。


「明日から数日東北に出張なんだ。その準備もしなきゃならなくってな」

「あら、そうなの。ふーん、じゃあ」


 「近い将来の奥さんが手伝ってあげる」と少女が会心の笑みを浮かべ、パンと大きく柏手(かしわで)を打った。

 一瞬だけ明かりが消え、すぐに元に戻った。男は天井を仰ぎ、眉間にしわを寄せた。


「何をした?」

「ふふーん、なんでしょー?」


 鈴がお淑やかに揺れるような声に、男は勢いよく振り返った。そして絶句した。

 男の眼前には、いるはずの少女はおらず、絶世といえる美女が腰をくねらせ、うなじに手を添えていたのだ。


「お、おま、」

「ふふふ。どうかしら?」

「パンツが丸見えだ」

「はぇ?」


 美女の恰好は、女児用のジャンパースカートのままであり、盛り上がった乳房に押し上げられ、その赤いスカートはおへそすらも隠してはいなかった。

 むっちりした太ももも、イチゴ柄の女児パンツも丸見えだった。


「あらやだ、買い替えないとダメね」


 美女は自らの乳房を両手で押し上げ「むふふ」と呟き、ふりふりと腰を振っては「えへへ」と頬を溶解させた。


「隠す努力はしないのか、てかなんで大人になってんだ!」


 男は顔を背けた。それを見た美女がほくそ笑んだ。


「夫婦間に隠し事はなしよ」

「今それを言うか?」

「否定しないなんて嬉しいわね。花子幸せ!」


 美女が男に抱きつく。男はハッと目を開いた。


「学校の種類が変わると体も変わると言ったな」

「あら、気がついた?」

「……まさかッ!」


 男は美女を振りほどき、入ってきた扉へと駆けた。

 大理石の廊下を蹴り、もう一つの扉を開けた。


「なんてこった……」


 男はガクリ膝をついた。男の目の前にあるのは、見慣れた彼の住まいの廊下だったのだ。


「出張で家を空けちゃうんでしょ? その間、留守番してあげるわ。ついでに、ずっと住みついちゃうんだから」


 男の背後から美女が枝垂れかかる。


「これからはトイレの花子さん改めトイレの奥さんなんだから。あ、お代はこの体で払うわよ?」


 男は「やられた」と呟いた。

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