『狼娘は猫の夢を見るか』 第五話
翌朝。
雀の世間話をBGMにして、ちゃぶ台で向かい合う代行屋と花子はのんびりとお茶をしていた。花子は和装で七五三のお祝いにも見えたが特に何かあるわけではない。学校では毎日同じ赤いスカートばかりで飽きるからというのが理由だ。
「錆爺さんに任せっきりで大丈夫なの?」
「あの爺じい。伊達に歳は食ってないから、問題ないだろ」
「ふーん。そういえば、錆爺って何歳なの?」
「将門の乱からすでに猫又だったらしい」
「へーそうなんだー」
湯呑を持った花子は涼しげに流した。
ちなみに、平将門の乱とは西暦935年あたりに発生した反乱である。
「猫カフェじゃなかったがリリコス嬢も猫に囲まれて、依頼は完了したと判断してもいいだろ」
「なんか、すごかった威圧も感じなくなってるし」
「社長から、あの威圧が原因で孤立してたっぽい話は聞いた。それで偉い立場なのに護衛もなしにきたらしい」
「貴族様も色々ねぇ。平凡なトイレの花子でよかったわ」
「その辺も含めて、さすが錆爺だ。もめごとにならなくて助かった」
代行屋は大きくため息をついた。
丸く収めた錆爺には借りを返さなくてはいけない。金目のものかモノで釣るのか、代行屋は思案していた。
「あ、師匠どこへいくでござる」
「どこって、帰るんじゃ」
「ダメでござる、某は師匠のものでござる!」
「ワシは師匠ではないぞ、離すのじゃー」
家の奥、リリコスのための部屋から言い争いの声が響いた。
何事かと代行屋と花子が顔を見合わせていると、トトトと廊下を走る音が近づき、シャっとふすまが開けられた。
「グドゥモゥニング代行屋殿花子殿!」
猫形態の錆次郎を大事に抱えたリリコスが笑顔で入ってくる。狼耳がぴょこんと顔をだし、もふもふのしっぽはぶんぶん揺れている。
彼女の機嫌は極上のようだ。
「某、日本で修業することに決めたでござる! 修行して、今までの人狼にはなかったキューティーな面を磨いていくことにしたでござる。某の新しい魅力を、頭の固い一族に見せつけてやるでござる!」
昨日の有様はどこへやらなリリコスの鼻息は荒い。
「某、わが師を得たりでござる。完ぺきを求めるのではなく、今のこの姿を魅力に変えていくのでござる。であるから、師匠と共に暮らせる家を探してほしいでござる、このとおり!」
ちゃぶ台についたリリコスは錆次郎を抱えたまま、ゴチンとぶつけるまで深々と頭を下げた。
あまりの変わり様に、代行屋と花子の目が点だ。
「えっと、その、リリコス嬢? 申し訳ありませんが、その、いきなりで、理解が追い付かないの、ですが……」
機嫌を損ねないよう言いよどむ代行屋は、リリコスにしっかり抱かれている錆次郎を「お前なにしたんだ」と睨んだ。
錆次郎はつーっと目を逸らした。
「うむ、昨晩は某の魅力を知ってもらおうと、イギリスと日本の友好を深めたでござる」
満面の笑みのリリコス。錆次郎はとうとう俯いてしまう。
代行屋は嫌な予感に、自らを落ち着かせるために湯呑に口をつけた。
「ついでに番の契約もして、狼と猫の血を引く友好の証をつくったでござるよ」
頬を赤く染めたリリコスがこぼした言葉に、代行屋は盛大にお茶を噴いた。花子が大慌てで布巾を探しにキッチンに飛んでいった。
「ゲホッ、ゲホッ。おい、錆爺さん!」
「いや、その。ワシも、本能には、勝てなんだ……」
「爺さんなんてことをって、あんたまだ現役だったのかよ」
代行屋はどうやってこれを収めりゃいいんだと頭をかかえた。
「某の隠れていた魅力がビッグバンでござる。これには師匠もかなわなかったでござるよ」
代行屋が見たこともない笑顔で、リリコスが胸を張る。
殺気を抑えることに成功したリリコスは、どうやらもともと素質として持っていた雄を引き付けるフェロモンを覚醒したようだった。
人狼のエリートたるリリコス特有の能力だ。
錆次郎もソレにあてられて、本能のままに致してしまったのだ。
「あ、某の修行のお手伝いを、代行業の社長に頼んでおいたでござる」
にっこり笑顔のリリコスが言い終わった直後、代行屋の携帯が鳴る。
まさかな、と額に汗かく代行屋が携帯をとった。
「……社長、え、外国のモンスターの担当? いやま、今は外国からの妖怪も受け入れるべきだって社長の仰ることはよくわかるんですけどって、チッ、切りやがった」
代行屋はちゃぶ台に額をつけ、唸った。
物の怪代行業に、イギリスの曲者モンスターが加わったのだった。




