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物の怪代行業  作者: 海水
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「夏祭りと君」企画『金魚すくい』

この作品は遥彼方様主催「夏祭りと君」企画参加作品です。

 都会の喧騒を越え、遠くから花火の音が聞こえてくる。

 息をつかせぬ大輪の連続は、夏祭りのフィナーレを飾るの相応しいものだ。夜空を染め上げる花火に、一際大きなどよめきがおこった。


 興奮さめ止まぬ聴衆が未だ余韻に浸っている夏祭り会場から程遠い、朽ち果てかけている神社に、ひとりの男の姿があった。

 男は境内にパラソルをつきたて、持ってきた大きなタライを地面に置いた。脇にある巨大なビニール袋の口を開け、ドボドボとタライに流し込む。


 ポツリ。

 雨粒がパラソルを叩いた。


「時間通りだな」


 男はタライの中で元気に泳ぎ始めた色とりどりの金魚を眺め、そうつぶやいた。

 たどたどしかった雨足も次第に勢いづき、パラソルはざあざあとうるさいくらいだ。


 男はパラソルの骨に充電式のLED電球を引っかける。オレンジの光がパラソルを透過し、大きな雪洞ぼんぼりが雨を照らしだした。

 金魚すくい具〝金魚ちゃん4号〟 を用意し、持ち帰り用のビニール袋を取り出した時、カランと下駄の音が境内に響いた。

 男はスマホを取り出し、数回タップした。彼の手からは軽快なお囃子が流れはじめる。


「金魚すくいだよー。そこのお姐さん、ちょっとどうだい?」


 男が闇に向かってかけた声に、カランコロンと下駄が答える。

 雨夜から男を守るような灯かりに、真っ白な女性の顔が照らされた。

 腰を超える黒髪を雨にさらし、下駄を奏でて、しとどに濡れた浴衣姿の若い女が近寄る。


「そうだねぇ、一回くらいやってみるかねぇ」


 女はにこっと笑った。


「お、今年の浴衣は、なかなかいい柄だな」


 男は手で顎をさすった。


「青地に真っ赤な出目金と金魚鉢をあしらってみたのさ」


 女はその場でくるりとまわって見せた。


「よく似合ってる」


 男は目を細めた。

 女は「お世辞はイイって」といいながら、タライの前にしゃがみこんだ。


「今年はなぁに?」

「朱文金と地金さ」

「あら、地金って天然記念物だろ? いいのかい? しかも六鱗じゃないか」

「ま、色々あってさ」


 男は〝金魚ちゃん4号〟に厚めの和紙を取りつけていた。外れないように何度も挟み具合をチェックし、女に渡した。


「どれがイイかなー」


 女がタライを覗き込むと、その濡れ髪からぽたりと滴が落ちる。


「あ、この子が元気良さそうだ」


 女はふよふよ泳ぐ地金に目を付けた。×字に開いた、孔雀さながらの独特な形の尾でふよふよ泳いでいる。


「お目が高いね」

「おだてはイイっていってるだろ?」

「褒めるくらいいいじゃないか」

「背中がむず痒くなるんだよ」


 女が苦笑いになる。


「去年持って帰った金魚は元気か?」


 男が尋ねた。


「元気で池を泳いでるよ。一昨年のはもう30センチを超えたよ」

「エサのやり過ぎだ。育ちすぎだろ」

「ついついね。寂しくってさ」


 女は狙いをつけた金魚の背後にすくい具を落とした。金魚を驚かさないようにすすっと真下に差し入れ、手首をかえした。

 和紙の上には小さな金魚がピチピチ跳ねている。男はプラスチックの容器を金魚の真下に持ち上げた。


「一匹とーれた」


 女は目を糸にし、にんまりと笑う。


「金魚はまだまだいるぞ」

「ふふ、紙が破れるまで、たーんとすくってやるさ」


 女は次の金魚に狙いをつけた。





 女は、結局10匹の金魚をすくいあげた。男は小分け用のビニール袋にタライの水を入れ、金魚たちを5個の袋に分けた。


「これがサチばーさん用で、こっちがウメさん。地金はタツ姐さんとカガミちゃんのだ」

「私のはこれかい?」

「そうだ、一番頑丈そうな朱文金にしといた」


 男は煙草を口に咥え、ライターで火をつけた。


「綺麗なもんだねぇ」


 女は金魚が入った袋を目線に掲げた。赤、青、白、黒に彩られた小さな金魚が浮かんでいる。

 女の口からほぅと吐息が漏れる。


「最初にもらった金魚も、これだったかねぇ」


 女が遠い目をした。


「そうだったかもしれないなぁ」


 男もぼんやりと金魚を見ている。


「……あんまり長生きするもんだから、池に収まらなくなってきてさぁ」


 女の呟きに男はブホとむせた。


「……いくらなんでも育ちすぎだろ」

「向こうの水が合うのかもねぇ。そのうち私も食べられちゃいそう」

「エサをあげすぎるなって言ったよな?」


 カラカラと笑う女に、男は深く息を吐いた。


「あんたが来てくれれば、エサのあげすぎも無くなるんだけどさ」


 雨ざらしの女が寂しそうに微笑む。


「待たせて悪いんだが、もうちっと待ってくれ、母さん」


 男は申し訳なさ気に眉を下げた。


「森で泣き喚くあんたを拾ってから、ずぅっと待ってるんだけどねぇ」

「口減らしで捨てられてた俺を拾ってくれたことには感謝してる。拾われなかったら間違いなく死んでた。毎年、金魚で我慢してもらってて、ゴメンな」

「わかってるって。私が子供をさらったりしたら、大騒ぎになるからの代わりなんだろ?」


 男は小さく頷いた。


「雨女としては正常なんだけど、今の世じゃぁ通用しないんだ」

「世知辛いねぇ」

「物の怪には生きにくい世だなんだよ」


 男は煙を吐き、肩を落とした。


「次はどこに行くの?」


 女が立ち上がり、問うた。雨足は、さらに激しくなっていた。


「北の方で、河童がねぷたに混ざりたいってうるさいんだ」

「おやおや難儀なことだねぇ」

「まったく、インスタにでも載ったらどえらいことになるってのに、呑気なもんだよ」

「ふふ、お仕事がんばっておくれ」


 それまでは金魚で我慢してるからさ、と言い残し、女は雨夜に消えた。静寂を包み込む雨音だけが境内に木霊する。

 残された男は虚空をじっと見つめていたが、思い出したかのように、片づけを始めた。

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