ツクボネ
えーん、えーん。
子どもの泣き声が聞こえる。
私は仮の住まいで目を覚ます。
「どうした?」
横で寝ていたはずの拓が私を気遣う。
「誰か子どもが泣いてる夢を見たの」
「邪悪な感じは?」
「しなかった」
拓は緊張を解いて、頭をがりがりかいた。
「うー、もうちっと寝てたかったな」
「ごめん」
「いや、いい。しょうがないだろ?」
コンビニで昨日のうちに買っておいたお弁当をもそもそと食べる。冷えたカツ丼のご飯。拓がのどにつまらせて、慌ててペットボトルのお茶をごくごく飲んだ。
「本山の方へ挨拶に行っとかないと」
「あんまり行きたくない」
「わがまま言うなよ」
だって、怖いのだ。能力者の面々が集っている場所だから、相当気合い入れて行かないと頭からガブリとやられるかもしれない。
仮の住まいは近々取り壊し予定の倉庫だった。
落ち着ける物件を捜していたのだが、どこもいわくつきで住むには難があった。
普通の人ならばたいして被害を被らないのだけど、私は、ちょっとワケありで条件が揃わないと危険なことさえある。
「?…聞こえないか?」
「何?」
「人の声。結構大勢」
「ほんとだ」
安全第一の黄色いヘルメットと作業着姿の男たちがやってきた。
「なんだあんたら?」
「すみません、すぐ出ていきますんで」
拓が私をかばいながらへこへこ頭を下げた。
「すぐ、だね?」
「はい」
一番「上」の立場の人がそうやって確認すると、私たちを無視して他の作業員へ指示を出した。
「岩盤を円周状に並べて置いてくれ」
黄色いショベルカーが岩を何枚も運んできた。
「ストーンヘンジの縮小版かよ?」
拓が呟く。
ストーンヘンジ?何かがひっかかって、胸騒ぎがする。
中央の丸い祭壇?へ向かってさっきの男が呼びかける。
「ヒロシ!ヒロシ!聞こえるか?!」
えーん、えーん。
あの夢の子どもの泣き声が実際に聞こえてくる。
「だ、だめ!」
私は蒼白になりながら止めに入ろうとした。
泣いている子どもを小脇に抱えた死神が、子どもしか眼中にない男の首を大鎌で切り取った。
「うわあ!」
作業員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
「どうすりゃいい?」
「岩をどれでもいいから動かして!」
ショベルカーなんて運転したことないのに、拓は果敢に挑んだ。
死神が私と相対する。
「土へ還れ!」
強力過ぎて神通力が通じない!
あわや私もおしまいかと思った時、拓が岩をどかしてくれた。間一髪。
死神は子どもと男を連れて祭壇の中へ引っ込んでゆく。
子どもは泣き止んで、父親と一緒に涅槃へ還って行った。
「大丈夫か?」
「大丈夫。ありがとう、拓」
ツクボネの祭壇を処置して、私たちはここを去った。