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C  作者: ウボ山
8/19

Cの7 「今から炎の海に挑むから後でな」

 目が覚めた。傍らの目覚まし時計に目をやればかなり早い時間だ。老人の起床時間である。まだ老人になるつもりはないので、俺は二度寝することにした。


 再び目を閉じてしばらくして、部屋がやけに寒いことに気がついた。眼球の奥まで突き刺すような寒さ。このままじゃ眠れやしない。仕方なく目を開けて辺りを見渡すと、窓が開いている。しかも全開である。昨日換気してから開けっ放しだったらしい。なぜ昨夜気が付かなかったのだろう。自分の鈍感さに呆れつつベッドから起き上がると、できるだけ早急に窓を閉めた。


 さて、クソ寒い中立ち歩いたことで完全に目が覚めてしまった。今日は休日なのでもう少し惰眠を貪るつもりだったというのに。

 少し喉が渇いていたので、俺は部屋を出て階段を降りた。我が家は2階建てである。1階にはリビングやらキッチンやらがあって、2階に寝室群がある。


 リビングには誰の姿もなかった。老人は俺だけだったらしい。とりあえずテレビを点けて、画面が点灯するのを待たずに冷蔵庫の方へ向かった。麦茶を取り出して、コップに注ぐ。当然だけれどものすごく冷えていた。年寄りの冷や水という言葉が脳裏に浮かんだ。


 テレビの前に戻ると、画面は真っ黒なままであった。ビデオ入力になっているらしい。やることも無いしせっかくなので、wiiの電源を入れてwiiスポーツを起動した。老人らしくゴルフをしようかと思ったのだが、3ホールを回ったところで飽きてきた。


 もはやゲームをやる気分ではなかったのでテレビを本来の使用用途で使うことにしたのだが、視聴早朝のテレビ番組というのはろくなものが無い。ニュースと通販番組をしばらくザッピングした後、テレビの電源を落とした。


 さてこうなると暇である。しばらくスマホを弄って時間を潰していたが、なんとも味気ない。妹たちを起こしてやろうかと思ったが、流石にこの時間に無理やり起こすのは申し訳なさすぎる。と思ったが、昨日彼女が「起こしに来てよね」とか言っていたのを思い出した。早朝に起こされても文句は言うまい。


 妹の部屋の前まで行くと、俺は扉を小さく申し訳程度にノックした。反応がないことを確認すると(本来のノックの意味とはかけ離れている気がするが)、俺はゆっくりとドアを開けた。


 部屋に入ってまず目に付いたのは、妹のベッドの横に転がる巨大な芋虫だった。最初はモスラの幼虫のぬいぐるみか何かかと思ったが、慎重に近付いて検分してみるとそれは寝袋であった。安らかな幼馴染の寝顔が、顔出し看板のように芋虫から覗いている。


 確かに我が家には来客用の布団というのはなかった気がするが、だからと言って寝袋はどうだろう。2人仲良く同じベッドで眠ればよいではないか。全く色気のないことである。


 俺は寝息を立てる芋虫を跨いで、妹の枕元に立つ。死人か死神かにでもなったような気分で、妹の顔を覗き込んだ。父いわく母に似ている、俺に似ずかわいらしい顔がそこにあった。


 とりあえず頬をぺちぺちと張ってみた。うーんと寝心地悪そうに妹が唸った。なんだか愉快である。


 ところで寝ている間に分泌物やら老廃物やらが排出されるので、人の顔というのは朝が一番汚いと言われる。以前その話を妹にしたら「でもドブに顔面浸けた時の方が汚いよね?」と言われたことを思い出した。


 というわけで、少なくともドブよりはキレイである妹の顔をベタベタと触り続けた。普段そんなに触ることなどないのだから、今のうちに触っとけといった具合である。オイルマッサージでもやっているような気分だ。


「だいぶリンパが溜まってますねえ」


 気分が乗ってきたのかよく分からないことを口走ってしまった。


 窓の向こうでは太陽が音も無く登り、薄い紫色へと闇を溶かしつつある。カーテンの隙間から差し込む光が部屋を舞う埃を照らし、冷たい空気を切り裂くように輝く帯を作り出していた。遠くで踏切の音が聞こえる。それが止むと、部屋の中は幼馴染と妹の寝息に支配された。


 そんな中俺は妹の寝顔を揉んでいた。


 爽やかな空気に頭を冷やされていった結果、段々と俺は正気と客観を取り戻しつつあった。何がリンパだよ。こんな息子の姿を父が見たらどう思う。

 しかし妹の頬が格別の触り心地であったので、俺は欲望に負けて、揉んだ。揉み続けた。ごめんよお父さん。俺は弱い人間です。


 俺は父に懺悔しつつ妹の顔を弄くり回す。中々目を覚まさない。かなり深く眠っているようだ。顔面をなすがままにされる妹の姿にマリオ64を想起した。それで俺はいいことを思いついた。

 俺は妹の勉強机に向かうと、筆立てに突っ込まれているペンを一本取り出す。ネームペン。油性である。机の上を見渡したが水性のペンは見当たらない。ヒゲを書いてやろうと思っていたのだが仕方ない。

 俺は妹の傍に戻ると、額に大きく「M」と書いてやった。ついでに幼馴染の方に向き直る。「M」に対して「L」と書こうかと思ったが、「S」と書いておいた。実に愉快である。


 なんだか満足してしまったので俺は妹の部屋を出て1階に戻った。折角なので64を引っ張り出してマリオでもやることにする。


 スターを20枚(ところでなぜスターは「枚」で数えてしまうのだろう)集め2度目のクッパに挑もうかと言う時、妹と幼馴染がどたどたと階段を駆け下りる音が聞こえた。


「お兄ちゃん!!!」感嘆符が2、3個付くような勢いで妹が言った。「何なのこれは!!!」


 妹は片手で前髪をかきあげ、もう片方の手で自らの額を、正確にはそこにある「M」を力強く指す。妹の横に幼馴染が並び立ち、俺を睨んだ。


「今から炎の海に挑むから後でな」


 俺がそう言うと、幼馴染は64の本体に手を掛けて突き刺さっているカートリッジを半分抜いた。甲高い異音が鳴り響く。それと同時にマリオの半身が地面に埋まった。データが消える可能性が高い、物理的バグ技である。


「どういうことなの!」甲高くバグった電子音をBGMに幼馴染が言った。「Sってなによ、Sって!」なんだかよく分からないところでキレている。

「まあ妹がMだし、お前はSかなって」

「ひどい! ひどすぎる!」幼馴染は人殺しを見るような目で俺を非難する。「私だって分かってるけど! 分かってるけども!?」彼女は泣きだしそうな目で俺に縋りついた。


 妹の方に目をやると、なんだか困ったような目で幼馴染を見ていた。人間というのは、自分よりも感情を露わにしている人間を見ると不思議と冷静になってしまうものである。幼馴染の怒り、というよりも嘆きを見て先程までの憤怒は霧散してしまったらしい。


「えーと……」俺は言葉を探しつつ口を開いた。「お前ってSなの? なら申し訳ないことしたなーって──」

「Sだよ! ドSだよ! 見れば分かるでしょ!?」

(見て分かるものなのか?)

「むっちゃん、それ多分そのSとかMじゃないと思う──」

「黙れMEDIUM!」


 ピーチ姫顔負けの王女様であるという、幼馴染の新たな一面を思いがけず知ってしまった。今度バラ鞭でもプレゼントしてあげよう。


 騒がしい朝である。マリオ64はとっくにフリーズして、耳障りな金切り声を垂れ流すのみになっていた。

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