Cの6「絶対評価だとそこそこ美味い」
今朝と同じように食卓を3人で囲む。並んでいるのはカレーだ。いつも食べているカレーとは若干違う気がする。観察もそこそこに、俺はカレーを食す。やはりいつもと味が違う。つーかシャパシャパなんだが。カレーはドロッドロになってる方が美味いと思う。
目の前に座る幼馴染に目を向ける。今日の夕飯は彼女が当番だった。当番というか、彼女が「まあまあまあ」とか言って妹をキッチンから追い出したのだけれど。彼女がシャパシャパ派だと知っていればそんなことさせなかったというのに。
それにしても。今日の幼馴染はよく分からない。シャパシャパのカレーの魅力も分からないが、それ以上に彼女の行動の意味が疑問でならない。なにがどうなれば俺を朝起こしに来るということに至るのだろう。
「どういう風の吹き回しだ?」
素直に聞いてみることにした。
「何が?」
「急に朝起こしに来たり、泊まったりしに来たり」
「うーん」幼馴染はしばらく唸ったあと言った。「黙秘します」
「黙秘?」俺は眉をひそめる。「なにか都合が悪いことでも?」
「まあそういうこと」
幼馴染はそう言うと妹に「ね?」といい加減に笑いかけた。妹は曖昧に頷いた。なんだか無意味に意味ありげである。
「ところで」幼馴染が露骨に話題の転換を図る(転換に俺が気付くようであればそれは全て露骨な転換と定義される)。「どう?」
彼女の言葉には主語がないことが多い気がする。
「何が?」
「日本経済」
俺は無言でテレビの画面を指し示した。その中ではアナウンサーが日経平均株価が何円を割ったーなどと騒ぎ立てている。
「冗談。カレーのこと」
幼馴染が言ったので、俺は手元のカレーに目を落とす。スプーンを突っ込んで掻き回すと、なんの抵抗もなくルウは俺の手のなされるままになる。ほぼ液体である。気に入らない。
「妹が作るやつの方がうまい」
俺の言葉に妹は満更でもなさそうに「どーも」と言った。幼馴染は不満げに俺を睨む。
「文句があるなら食べないでよね」
ものすごい暴論である。
「今のはあくまでも相対評価だ」俺は一口カレーを口に運ぶと言った。「絶対評価だとそこそこ美味い」
シャパシャパなのは許せないが味は悪くない。
「そこそこってなに」俺の感想を受けて幼馴染があからさまに不機嫌になる。
「あんまり気にしない方がいいよ」妹が幼馴染の肩に手を置いて、大きくため息をついて言う。「お兄ちゃんには女心ってやつが分からないのです」
「ああなんて美味しいカレーなんだろう。美味しすぎて、皿まで食べてしまいそうだ」
「それだと毒みたいなんだけど」幼馴染は呆れた様子で言った。
食事のあとは風呂の時間だった。ちなみにラブコメ的展開は一切起こらなかったことをここに記す。健全なことはよいことだ。
「桃鉄100年耐久レースやろう」
風呂からあがると、幼馴染がどこからかwiiを引っ張り出してきてそんなことを言った。白い機体に薄く埃がかぶっている。幼馴染はやたら嬉しそうにコードを差しこみにテレビの裏に回っていった。
俺と妹は顔を見合わせた。俺達には過去に桃鉄100年プレイで土日を潰した実績がある。このゲーム、100年設定でプレイしないとスタッフロールを見れない。それを是非とも見ようということで俺達きょうだいは奮起したのであった。
正直その時の事は思い出したくない。2時間もすればだんだんと飽きてきて、5時間後には段々と自分が何をやっているのか分からなくなってくる。10時間を過ぎた頃にはスリの銀次に兆単位の金をスられても何も感じなくなる。虚ろな目で桃鉄をプレイし続ける息子達を見て、父はどう思っただろうか(ちなみにwii版は片手でも操作出来るので、食事をしながらプレイするのが捗る。ただし極めて行儀が悪い)。
幼馴染がなんとしても100年遊びたいようなので、とりあえず100年で設定してプレイ開始した。案の定と言うべきか一時間後、俺達は桃鉄に飽きてwiiスポーツをやっていた。3人でできるのはボウリングとゴルフしかないので、消去法でボウリングをプレイしている(ゴルフは老人の遊びである)。
この手のゲームは俺の得意分野である。毎回同じ操作をすればほとんど同じ結果を得られる。俺はストライクを連発して断トツでトップだった。妹と幼馴染は割といい勝負をしている。
「負けた方は明日の朝お兄ちゃんを起こしに行くってことで」
勝手に罰ゲームにされていた。
2人の差は開くことなく、なんだかんだで第10フレーム、すなわち最終フレームである。妹が緊張した面持ちでリモコンを握った。意気込み過ぎていて、リモコンをすっぽかさないか心配になる。
「……そういえばお前受験生じゃないのか」妹の姿を見ていてふと思い出したことを聞いてみる。「この時期にこんなことしてていいのか?」
モーションに入っていた妹の背中がぴくりと跳ねた。彼女の投げたボールは、真っ直ぐに1番ピンに吸い込まれていく。衝突。ピンの海が真っ二つ割れた。スプリットである。
「……余計なこと言わないでよ」
「お前それほど頭良い訳でもないのに大丈夫なのか?」
妹の2投目は1投目が切り拓いた道をそのまま抜けていった。
「お兄ちゃんのせいだよ!」妹は少し声を荒らげて言った。「逆にお兄ちゃんが明日起こしに来てよね」
妹の敗北を見届けたあと、よく分からない文句を垂れる彼女を尻目に俺は部屋に戻った。
妹と幼馴染はその後もゲームで遊んでいたようだったが、しばらくすると2つの足音がこちらに近付いてそのまま隣の妹の部屋へと消えた。
今日はいろんなことがありすぎた。ひどく眠い。俺はゆっくりと目を閉じる。あと数秒もすれば俺は眠りに落ちるだろうというその時、妹の部屋から幼馴染の声が聞こえた。
「2の付く日には必ず食べてる。おかげで月の後半はヒモQ祭りだよ」
(なんつー話してんだよ)
ツッコミもそこそこに、俺の意識は段々と暗黒へと呑まれていった。