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C  作者: ウボ山
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Cの4「所詮今までの人生の8分の1」

「一緒に帰ろう」


 放課後俺が教室を出ると、待ち構えるように幼馴染が立っていた。そして彼女は先のセリフを言い放った。にっこりと笑って。

 俺はひどく動揺した。それはほとんど恐怖に近い感覚だ。珍しいことが起こる時は、大抵ろくなことにならない。明日は雨どころではない。槍が降る。


「友達に噂とかされると恥ずかしいし…… 」


 ギャルゲのヒロインみたいなことを言って、俺は彼女の横を通り抜けた。すると後ろから俺を追うように足音が立つ。階段を降り、廊下を抜け、昇降口へと向かう。途中振り返るとやはり幼馴染がいた。


「なぜついてくる」

「なぜも何も、ここ通らないと帰れないじゃん」


 その通りだった。


 やがて昇降口にたどり着いたので靴を履き替える。この時間、すなわち放課後すぐに帰宅する生徒は少ないようで、人影は疎らだ。無機質に規則正しく下駄箱の蓋が並ぶ中、一際目を引くペンやステッカーで派手に装飾されたものがある。その左隣が俺の箱だ。右隣の彼のおかげで大変分かりやすい。


「ところで」幼馴染が靴を取り出しつつ言った。「これのことなんて言う?」

「これって?」

「靴を入れるこれ」

「下駄箱」

「だよね」幼馴染は実に不思議そうな顔をして言った。「今どき下駄なんて履いてる人はいないのに、変じゃない?」

「じゃあ靴箱って言うのか?」

「私はそれでもいいと思うけど」

「俺は靴箱って言うと、靴を買った時に入ってる箱を想像する」


 なんとも無駄な話をしつつ帰路に着く。やはり幼馴染はついてくるつもりらしい。俺は足を止め、彼女の方へ向き直る。彼女はそれを見てか、少し嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた。


「……なぜついてくる」

「なぜも何も、同じ方向じゃん。家」


 その通りだった。それどころか、俺と彼女の家は近所だ。石を投げれば届くような距離。それが俺と彼女が幼馴染である所以でもある。


 冬の夕暮れは早い。まだ5時を回っていないにも関わらず、すでに日は沈みつつある。紫色の雲が頼りげなく風に流されていく。どこかでカラスが帰れと鳴いた。


 やがて彼女が口を開いた。


「……久しぶりだね」

「何が?」

「こうやって一緒に帰るの」

「それどころかまともに話すのも久しぶりだった気がするけど」

「いやいや」彼女は笑って言った。「話すのは精々2年ぶりってとこでしょ」

「2年が精々ってどんな感覚だよ」

「所詮今までの人生の8分の1」

「一般的にそれはかなりの割合だ」

「と言っても、私は残りの8分の7はあなたと仲良くしてたわけだよ」幼馴染はいかにも楽しそうに言った。「ならもう誤差みたいなもんだよ」


 彼女はあっけらかんと言うが、どこか無理をしているのが俺にはなんとなく分かった。彼女の言葉を借りれば、人生の8分の7を共に過ごしてきた仲だ。それくらいは分かった。


「……ごめん」


 俺は謝っていた。それくらいの良識も常識もあった。


「謝らないでよ。あなたは悪くない」彼女は少し慌てた様子で言った。「いいんだよ。こうして今はちゃんと話せてるんだし」


 気持ちはわかるしね、と彼女は続けた。


 しばし気まずい沈黙が場を支配した。何か話さねば、という焦りが俺の口を開かせる。


「それで?」

「ん?」

「話すのは精々2年ぶりなのに、なんで一緒に帰るのは久しぶりなのかって話」


 合点がいったように「ああ」と言うと、彼女は明るい口調で話し出した。


「中学の時は部活が違ったから一緒に帰るなんてこと無かったじゃん」

「いや、そんなことはない」


 違う部活であったとしても下校時間はそれほど大きく変わらなかったし、実際俺と彼女は何度か下校中に鉢合わせ、何度か一緒に帰っている。


「ちっちっちー」口でそう言って大袈裟に指を振ると、彼女は言った。「それとこれとは違うんだなーこれが」

(ちっちきちー?)


 俺がどこかの大御所漫才師の顔を脳裏に浮かべている中、彼女は続けた。


「『一緒に帰ろ!』『うん!』のプロセスが大事なんだよ。やっぱ」

「……どういうこと?」

「いや、部活帰りに一緒に帰るのってほぼ強制じゃない? 断る理由がないというか」


 彼女の言いたいことの一部はなんとなくわかる。単に放課後すぐに声を掛けた場合、誘いが気に入らなければ「悪いけどこれから予定があるんだ」とか適当に言って断れる。

 しかし部活帰りとなると、誤魔化すのがめんどくさい。すでに時間はそれなりに遅く、辺りも暗くなって来ている以上、どうしても「予定」というのが胡散臭くなる。そもそも部活帰りの人間というのは、如何に迅速に帰宅するかしか頭の中にない(私見だが)。ゆえに多くの場合お誘いの魅力度に関わらず一緒に帰ることになるだろう。


 つまり彼女は断られるかもしれないというスリルを勧誘に求めているのであろうか。どうも理解に苦しむ。


「だからこそこうして帰るのは久しぶりなんだよ。小学校以来だね」


 幼馴染は自分の言葉に納得したのか、しきりにうんうんと頷いている。


「……俺、ちゃんと断ったはずなんだけど」


 どこかでカラスがはよ帰れと鳴いた。

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