Cの3「ギャルゲのし過ぎじゃないか?」
「ということがあった」
「それなんてエロゲ?」
始業時間を目前にして、教室の人口密度は段々と増してきている。そんな過密地域のやや郊外、窓際の後ろから2番目の席で、俺は友人である男、石原に今朝の出来事の一切を話していたのだった。
「今どき朝起こしに来る幼馴染なんているんだな」心底感心したといった様子で石原が言う。
(かつては沢山いたのか?)
「よかったじゃないか。かわいい女の子に起こして貰えて」
「正確には起こしてもらってはないんだけどな」
石原も幼馴染のことは知っている。というのも、幼馴染は俺たちと同じ高校、それも今年度は隣のクラスに在籍する生徒なのである。
彼も言ったように、幼馴染は「かわいい」という評価を得るに値する容姿の持ち主だ。2次元の女子にしか興奮しないともっぱらの噂の石原にかわいいと言わせるほどにはきれいな顔をしている。
正直なところ、そんな佳人の顔を朝から見られて俺は満更でもない気分であった。
「でも」俺は机に頬杖をついて言う。「今朝になって突然だぞ。ここ一年半くらいは話すことすらなかったのに」
高校に入学してから今朝、2年生の12月某日まで彼女とまともに話した記憶が無かった。それが何故今になって話を、それどころか家に起こしに来たというのだろう。
「お父さんが出張でいないでしょ?」という妹の言葉が耳の奥でエコーする。父が出張でいないから……なんなんだ? 二人っきりになれる? そもそも家には妹がいるのだから二人っきりになれるはずがない。その筋は恐らく無い。筋どころか脈も無い。
「喧嘩でもしたのか?」
「……いや、自然と」
「ふうん」
石原はそう言って何かに思いを巡らすかのように目を閉じた。
「……単純に」やがて彼は口を開いた。「お前に惚れてるってわけじゃないのか?」
「……惚れてたらなぜ朝起こしに来るんだ?」
「いや惚れてたら行くだろ」
「行かねーよ」
「いーや、行くね」石原は極めて真面目な顔をして言った。「好感度を稼ぐためなら、俺ならやる」
「ギャルゲのし過ぎじゃないか?」
「訂正しろ。エロゲのし過ぎだ」
よく分からないが彼にとっては譲れない一線であるらしい。
「おはよう」
いつのまにか始まった石原のエロゲ談義を右から左に聞き流していると、横から背の高い男が挨拶を仕掛けてきた。上野だ。小学校以来の付き合いで、俺が一番親しい男と言ってもいい。
「ああおはよう……どうしたんだ?」石原が怪訝な顔をして言った。「顔色が良くないけど」
見れば、上野はひどくくたびれた顔をしていた。いいのを一発貰ってしまったボクサーのようだ。一度座り込んでしまえば二度と立てないのだとでも言うように、彼は俺の机に手をついて辛うじて立っていた。
「あんまり寝てないんだ」
「なぜ」
「ゲーム」
唇の端を少し曲げて上野は言った。何故かどこか誇らしげである。
「気が付いたら朝だった」
「へえ。ちなみになんてゲーム」
「ぷよぷよ」
(あれってやめ時失うタイプのゲームなんだ)
やがて始業時間を示す鐘が鳴ると、教室内のエントロピーは急速に低下した。上野の方をちらりと見ると、彼はすでに真っ白い灰のように燃え尽きていた。