Cの17
「相川さんを振ったんだって?」
1日ぶりに学校に行くと、また新たな噂がたっていた。
昨日は朝から晩までむつみの家を健康ランド代わりに過ごした。俺はずっと刃牙を読んでいた。小学校を病気で休んだ時に見る『ざわざわ森のがんこちゃん』がなぜか面白く思えるように、学校を休んで読む刃牙は一層面白く感じた。女子の部屋で読んでいるという環境もあるかもしれない。背徳感の2乗である。
その後夜になって父が帰ってきて、家の扉が開いたので家で寝た。そして登校してきて、これだ。俺が自分の席に着くと、石原がやってきて先のようなことを言ってきた。
「……なんで?」
「噂になってる」
うちの学校すぐに噂が広まりすぎじゃないか? みんなそんなに誰かが誰かと付き合ったとか別れたとかいうのに興味があるのだろうか。
しかし、「別れた」ではなくて「振った」という噂らしい。「付き合っている」という噂があったことからすると「別れた」という噂が流れるのが正常な気がするが、「振った」ということはそもそも交際があったこと自体を否定している。
石原は神妙な顔をしてこちらを見ている。まるで懺悔を聞く神父のようだ。教会で懺悔したことなんてないけれど。
「で、どうなんだ」取調べみたいに石原が言った。
「何がだ」
「それは事実なのかってことだ」
俺は答えを言い淀んだ。おそらく、むつみが噂を「なんとかした」結果がこれなんだろう。きっと友達に「俺に振られた」という話をして、それを拡散してもらったのだ。
確かに、現状流れている噂と相反する噂を流せば元々の噂は消えるかもしれない。しかし結局あとから流した噂は残るではないか。俺は恋する少女むつみをこてんぱんに振った悪名を背負うことになる。
俺がなんと答えるべきか迷っていると、上野が登校してきた。今日も目の下にクマを作っている。
「よう、どうした。偉く真面目な顔して」
上野はこちらにやって来てそう声をかけた。
「いや、こいつがな。相川さんのことを振ったらしいんだ」石原が言った。
「振った?」上野がこちらを不思議そうに見た。
俺は上野の方を見返して頷いた。上野とは付き合いが長いので、俺は彼なら事情を分かって貰えると考えていた。
「噂があっただろ?」俺は口を開いた。「それに対して、多分あいつが言ったんだよ」
「……ああ、なるほどなるほど。そういうことか」上野が納得いったように頷いた。
「どういうことだ?」俺と上野が2人で通じあっているのを見て、石原が面白くなさそうに言った。「全く分からんのだけど」
「まあ……うん」俺は言葉を探しつつ言った。「事実といえば事実だよ。それは」
否定することはたやすいが、そうなるとまたややこしいことになる。
「なんでだ?」
「……なにがだ?」
「なんで振ったんだ?」
石原は不思議そうに言った。
俺は洒落たことでも言おうと思ったが、結局ありがちな答えしか出て来なかった。
「他に好きな女の子がいたんだ」