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C  作者: ウボ山
17/19

Cの16「じゃあ下脱ぐ?」

加筆するかもしれない

 顔見知りの犬は、予想以上に静かだった。彼は俺の顔を一瞥すると、つまらなさそうに顎を地べたに押し付けた。静かなのは寄る年波には敵わなかったのか、寒波に敵わなかったのか。ともなく俺の記憶にある彼とは少し違った。


 と思っていたら、俺がインターホンを押した瞬間元気よく吠えだした。なんなんだこいつは。これじゃ番犬じゃなくて呼び鈴だ。

 あまりに急に大音量で鳴くので、俺の口から「ひい」という声が漏れた。同時に俺は思わず2歩下がり、妹の後ろに移動する。


「まだ犬怖かったの?」

「むしろあいつが俺を怖がってるんだ。だからよく吠える」


 俺は妹をインターホンの前に押し出す。すると犬っころは吠えるのをやめた。こいつ俺を舐めてやがるのかと思ったが、よく考えると妹はむつみとよく遊んでいるようなので、こいつも見慣れているのかもしれない。そう思う。そう思いたい。


『はあい』インターホンから能天気な声が聞こえる。

「奥です」

『はいはい』


 しばらくして玄関扉が開く。むつみ母である。ご主人様の登場に、犬はしっぽをぶんぶんと振っていた。


「こんばんは」

「こんばんは、まいこちゃんと倫一くん。倫一くんはしばらく見ないうちに大きくなったなあ。タケノコみたい」

「竹みたいに中は空洞ですけどね」


 その後むつみ母に招かれるままに俺たちは家の中に入っていった。犬が悲しそうにこちらを見つめていた。ざまあみろ。


 むつみの家は俺の記憶にあるそれとあまり変わっていなかった。俺たちは普段俺の家で遊んでいたので(父が帰ってくるまでは好き勝手出来るからだ)むつみの家にそれほど通っていた訳ではないが、しかしなんだか懐かしく感じる。

 リビングにはレアモンスターであるむつみ父もいた。彼とはほとんど顔を合わせたことは無いと思う。彼はこちらを見て「やあやあやあ」と人懐っこそうな笑顔を見せた。


「鍵なくしたんだって?」

「ええ」

「まあ鍵屋も高いしなあ……ていうかお父さんはどうしてるの?」

「出張で明日まで帰ってこないんです」

「なるほど」


 彼はなるほどなるほどと言って、テレビに視線を戻した。よく分からない洋画がやっている。金髪の女が男をビンタしていた。


「むっちゃんはどこ行ったんですか?」妹が辺りを見渡しつつ言った。

「部屋の片付けしてるわ」


 ってことで部屋に行ってみた。

 むつみはベッドに寝転んで『グラップラー刃牙』を読んでいた。引ったくって見てみると、夜叉猿のとこだった。安藤さんが腸を引きずり出されていた。女子の本棚に並んでて欲しくない漫画トップテンくらいには入るだろうなと思った。1位は多分ウシジマくんだった。


「部屋片付けてるんじゃなかったの?」

「あきらめた」むつみはあっけらかんと言った。「めんどくさいし、どうせ人泊めたら散らかるし」


 とはいえ各所にむつみのがんばりの片鱗は見えた。本棚にアトランダムに並べられた漫画たち。机の上に追放されたのであろう、無造作に置かれた物品の数々。とりあえず見た目は繕おうとしたその努力は買う。


 俺は椅子に座ろうと机の方に向かうと、机の上に見慣れないものがあることに気がついた。


「なにこれ」

「あーそれ、ベアリング」むつみはベッドから身体を起こすと言った。「前に言ってたでしょ? 二重振り子」

「ほんとに作ろうとしたのか?」


 なんだよその行動力。


「ホームセンターでベアリングを買ったはいいんだけど、実際どうやって作ったらいいのかネット調べても出てこなかったんだよね」大きなため息をついてむつみは言った。


 なぜレシピを調べる前に材料を買うのだろう。実に不思議である。どうも彼女とはその辺の感覚が合わない。

 妹がちょっと見してというのでベアリングを渡すと、穴にその辺に転がっていた鉛筆を突っ込んで回して遊びはじめた。


「それで」俺は椅子に腰掛けて言った。「俺はどこで寝ればいいんだ?」

「ここで寝ればいいじゃない」むつみは不思議そうな顔を浮かべて言う。

「来客用の布団とかあるのか?」

「ないね」

「ベッドはひとつしかないな?」

「ないね」

「……お前とまいこが一緒に寝るとして、俺は?」

「寝袋」


 ああそういう設定あったねそう言えば……。


 その後何故か俺たちは風呂に入った。固辞しようとしたのだがむつみ母に「まあまあまあ、ついでに着替えも用意するから」とほぼ無理やり押し込まれた。やはり親子だった。


 そして、なんと、驚くべきことに、である。


 ここに来てラブコメ的展開が発生した。


「着替えを用意してくれたのは有難いんですけど……」


 俺は自分の格好を見下ろして言った。下は灰色のスウェット。何故か上はワイシャツ。それもワイシャツの下には何も着ていない。


「こういう時は裸ワイシャツって相場が決まってるって、むつみが推薦したの。なかなか似合ってるわよ。あ、心配しないで。それうちの人が着る用にGUで買ってきたやつなんだけど、1回も着てないから。ていうかそれもうあげる」


 男の裸ワイシャツになんの意味があるんだよ。


「せめて下に着るTシャツとか貸してくれませんか……」

「ワイシャツに下着は邪道よ。なんかダサいじゃない」

「それ言ったら下スウェットに上ワイシャツもダサいですよ!」

「じゃあ下脱ぐ?」


 俺は寝袋に泣き寝入りした。

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