Cの9「30符5800点」
「メンピンドラで3翻、符が……これ何点?」
「30符5800点」
「リアル麻雀って不便だよねえ」むつみは大きくため息をついて言った。「待牌は表示されないし、ドラは光らないし」
俺たちはリビングにあるテーブルを雀卓へと変貌させ、「知的遊戯」を行っていた。おおよそ女子高生と女子中学生(と男子高校生)が集まってやることではない。脱衣もない。全く色気がない。一応ノーレートではあるが、最下位とブービーは昼飯代を出すことになっている。色気より食い気か。
じゃらじゃらと洗牌の音が部屋に鳴り響く。なんだか心が荒む音である。手の一掻きごとに、精神の歯車に差された潤滑油がこそぎ落とされるような心地だ。
むつみがたどたどしい手つきで山を積んでいく。中学生の頃、ルールもよく知らない彼女を連れてゲーセンにある脱衣麻雀巡りをしたことは記憶に新しい。結果的に彼女は麻雀の基本的ルールと、イカサマはしてはいけないというモラルを身につけるに至っている。
一方妹の手付きは達者だ。父の英才教育の賜物である。盆と正月に開催される親戚麻雀でエースを貼っているだけある(各家「お年玉」を供託し、それを対局の結果により分配するという制度だ)。
もえとは初めて卓を囲んだが、それなりにできるようだ。ちなみに先の半荘で俺は彼女の国士に振り込んだ。一発でトんだ。
サイコロを振って山を割り、7半荘目の東4局が始まった。今のところ成績は妹がトップだが、それほど差がついている訳でもない。いつでもひっくり返り得る。トップにはデザートが付くのでなおさら気合が入る。
「聴牌即リー!」
5巡目、妹が元気よく1000点棒を放り投げる。お得意のパワープレイだ。彼女はテンパったらとりあえずリーチする傾向がある。何も考えていないのかもしれないが、しかしそれで強いのだからたまらない。河を見ても、幺九牌しか捨てられていない。まさか無駄ヅモ無しだったのか。どうしようもないので現物を切っていく。
「えーと、まあこれでいいか」
そう呟いてむつみが切り出したのは5萬。恐れを知らない打ち回しである。続いて6萬を手出し。絶一門。むつみはやたらと染め手を好む。彼女いわく「わかりやすい」らしい。そう言う割に先程清一色の待ちが分からなくて5分くらい長考していたが。
しばらくそのまま局は進行していった。14巡目、早くリーチした癖になかなか上がれない妹が2筒をツモ切った。瞬間。
「ロンロンローン!」
むつみがそう叫んで、初心者らしく少しずつ手牌をぱたぱたと倒して晒していく。段々と手の全貌が明らかになっていく。筒子、筒子、筒子──結局最後まで筒子。清一色だ。
「大車輪! 48000!」
むつみは声高々に言った。見れば彼女の手は、2-8筒の七対子なのである。
「いやいやいや!」妹は上ずった声で言った。「大車輪なんてローカル役無しだから!」
「まあまあまあ」
「何がまあまあだよ!」
妹とむつみはしばらく言い争っていたが、結局むつみが折れたらしい。妹は冷や汗を袖で拭っていた。しかし妹よ、36000だろうが48000だろうがお前はトぶぞ。
「えーと、これってメンチン、タンヤオ、七対子でいいのかな?」
「平和、二盃口にした方が高くなる」もえが言った。
「ああ余計なことを!」
「メンチン、タンピン、二盃口──は3本だから……11で三倍満?」
「ドラ」もえがそう言ったので、俺はドラ表示牌を見る。4筒。
「あ、ドラドラ。13翻」
「数え役満だな」
「なんだ、結局同じじゃん」むつみは盛大に高笑いをあげた。「はい、48000点よこせ」
「初心者如きが……!」
こいつら本当に友達なのだろうか。俺には女の友情というものが途端に恐ろしく思え始めた。
「お、お兄ちゃん……」
妹は俺に縋るような目線をくれる。結局、最後に信じられるのは身内だけなのだ。
俺はその目に応えるように、手牌を晒す。嵌2筒待ち。むつみに対して筒子と字牌を切れなかったので止めていたら、いつの間にか出来上がっていた手である。
「残念、頭ハネだ。東のみ、1300点」
「お兄ちゃんかっこいい……」妹は潤んだ瞳で俺を見つめる。
「ダブロンありでしょ?」もえが言った。「最初に決めたじゃん」
「あ、やっぱり?」
「え?」呆けた声。
「とりあえず1300よこせ」俺はずいと手を妹の方へと押し出す。
きょうだいの絆なんて嘘だった。
結局我らきょうだいは逆ワンツーフィニッシュを決めて、無遠慮な客に飯を奢らされた。
Host(接待する)とHostile(敵対的な)が類似している理由が分かった気がした。