Cの0「じゃあ私は雌犬!」
幼い頃の夢を見た。
公園だ。今では撤去されてしまったらしい、回転するジャングルジムがそこにはあった。懐かしい光景だった。鉄棒があり、ブランコがあり、誰も遊ばないうんていがあり──そんな取るに足らない景色がなぜかとても輝いて見える。
見渡すと、砂場にいくつかの人影が見えた。近付いて見てみると、そのうちの1人は幼い頃の俺だった。「PARIS」と派手にプリントされたTシャツを砂で盛大に汚している。頭にはニューヨーク・ヤンキースのキャップを被っていた。なんとも無節操なことだ。
俺は無心でスコップで穴を掘っているようだった。いや、穴を掘っているのではなくて、掘り出した土で山を作っているのかもしれない。かと思えば、数秒後には穴を埋め出した。何が楽しいのだろう。しかし子どもの頃の遊びなんてそんなものかもしれない。
俺のそばには2人の女の子がいた。彼女らとは子供の頃にはいつもこの公園で一緒に遊んでいた覚えがある。というのも、学校に通うに満たない子供を遊ばせる場所というと、近所にはこの公園くらいしかないのだ。自然と子供はここに集まることになる。
女の子の一人が──彼女は俺よりも大きい──俺の腕を引っ掴んで言った。
「りんちゃんは私の『旦那さん』ね!」
おままごとの配役でも決めているのだろう。辺りにはカラフルな皿や小さなバケツなどが転がっている。
「ね、りんちゃん!」
女の子は同意を求めるように俺を見た。俺はおままごとにそれほど興味が無かったので、スコップで無心で穴を掘りながら「ああうん」とか適当な返事を寄越したと思う。その返事の無気力さを咎めることもなく、彼女は満足げに頷いていた。
「……私は?」
もう一人の女の子が言った。なんだか大人しいような印象を受ける娘だった。実際、いまのセリフもなんとか絞り出したかのようにか細かった。
大きい方の女の子はしばらくうーんと唸ったあと言った。
「……犬?」
「やだ!」先程とは打って変わって声を張って、小さい方もまた俺の腕をかっさらって言った。「私も『お嫁さん』がいい!」
「じゃあ僕が犬をやるよ」俺が言った。旦那さんなんて面倒くさそうな役よりも獣の方が楽そうだったのだろう。
「じゃあ私は雌犬!」
「私も!」
妙な言い合いである。おままごと程度で何をそこまで張り合っているのだろう。そう思いつつ俺は再び穴を掘る作業に戻ろうとしていたが、両手共に女の子に掴まれていて自由がない(両手に花だ)。女の子の手を振り払うようなことはしない。既にそれくらいの良識も常識もあった。
「……じゃあ二人とも『お嫁さん』ってことにしよ」大きい方が言った。
「それはおかしいよ」俺が言った。「『お嫁さん』は一人だけだよ」それくらいの良識も常識もあった。
「別にいいよね?」大きい方が、小さい方の方を向いて言った。
小さい方の彼女は、しばらく唸ったあと小さく言った。
「……うん、それでいいよ」
そうして、めでたく俺達はおままごとを始めることができたようだ。いい話である。
ところで、これはいつの話だっただろうか。俺の記憶の中にこんな思い出はない。でも確かにこんなことがあった気がする。
そんな夢を見た。