08 2年ぶりに母親へ無事を報告する
日本に戻ってきて今日で4日目。日付は8月13日
うちは宗教なんて普段は意識しない典型的日本家庭だが、そんな家でもお盆くらいは意識する。そして俺の母親と母方の祖父母は交通事故で10年近く前に亡くなっている。
そうなれば決まっているだろう。今日は迎え火だ。
といってもそこはなんちゃって仏教な我が家。本格的な迎え火は色々やるらしいがうちでは墓参りにいって、帰りに提灯に火を灯して帰ってくるくらいだ。
これも家庭によって様々だがうちでは
「せっかく提灯で道案内しているにもかかわらず、昼間じゃ見えにくいだろう」
という理屈で実際に墓参りをするのは夕方だ。
少なくとも2年前までの迎え火なら当日は夕方直前まで特にやることはなかったが、今年は違った。
「ようやく人目についても問題ないレベルになったわね」
「悠。これからはひとりでこれが出来るようになるんだよ。」
「そうそう。せっかく素がいいんだもん。これくらいは女の子の義務だよ。」
昼過ぎから三姉妹によるあーでもないこーでもないの議論と3時間近い時間、10着を超える着せ替えの果てにたどり着いたのは結局一番最初に着たマリンボーダーの夏用ワンピースだ。
ワンピースにはリボンがあしらわれ、フリルのついた膝下丈スカートと相まって可愛らしいデザインだ。顔には化粧というほどでもないが何かを塗られ、髪も整えられたその姿は一昨日ショッピングセンターに行った時以上に俺って実は可愛いのでは?と勘違いできるものになっていた。というか髪形と服装だけでここまで化けるのか。女は妖怪だな。
しかしなんでたかが墓参りのためにここまでせにゃならんのだ。こういうのは男に見られるために頑張るもんなんだろ?俺は男だから気にしないぞ。と言ったら3人から真顔で多少語尾は違うがこういわれた。
「「「いや、男からの評価なんてどうでもいい。女は見てる」」」
……女ってコエー
「お~い。そろそろ行くぞ。」
そんな女の業に恐怖していると、待ちくたびれたであろう父さんからの一言があった。これで俺はようやく解放された。なお、父さんから「お前本当に悠司か?どこかのアイドルかと思ったぞ!」という声は聞かなかったことにする。
玄関を出て俺はいつものように助手席に座ろうとして・・・
「なあ、たぶん俺よりも涼ねえか美佳ねえの方がよくないか?」
俺達が乗り込もうとしているのは普通の乗用車。人5人が乗ろうとすると必然的に前2人、後ろ3人。
後ろに3人は少々狭いので今までだったらガタイの関係で俺が助手席に座るのが合理的だったが、今の俺は姉妹の中で一番華奢だ。
助手席に座るのは上二人の姉のどちらかがよかろう。
「・・・そうね。ここは年長者の私が前。下3人はまとめて後ろでお願い」
涼ねえの一言で席が決まった。
・・・・
ここで姉二人の後姿を見てふと思った。
俺の身長は女になったことで30cmは低くなった。となると、今まで姉の後姿と言えば背中だった視線が、必然的に地面に近づいたわけだ。
そこで気が付いた。
涼ねえも美佳ねえもかなりケツがでかい。
あれだけ大きいなら俺が男だった時も横幅は―――
「痛ひ痛ひよ」
「気のせいかしら?いまとても失礼なことを考えなかったかしら?」
「奇遇だね。ちょうど私も同じことを思っていたんだ。ねえ悠?何を考えていたの?」
俺のほほを左右からつねり上げる涼ねえと美佳ねえ。
こいつら悟りか?
そんなやりとりが家の前で行われ、それから車で揺られること約30分。俺達は家族の眠る墓にやってきた。
母さんたちの墓はなんだかんだで2~3ヵ月に1回程度(涼ねえが自動車の運転免許を取るまではここまで自転車で来てた。正直頑張っていたと思う)は家族の誰かがきて掃除をしていたのでそれなりに奇麗だが、それでも雨風にさらされっぱなしでは汚れてしまう。
俺達は布巾で墓石の汚れを取り、枯れた花を新しい花と替え、周りのごみを拾った。
「お爺さん、お婆さん、お母さん。今年は去年果たすことの出来なかった約束を守ることができました。ちょっと見てくれは変わりましたが悠司が俺達のところに帰ってきました。」
父さんが母さんたちに報告する。
俺は・・・
わかってるよ。肘でつつかなくなってわかるって。
「あ~。どうも悠司っす。見てわかるかわかりませんが、女になりました。でも俺は元気です。だからもう大丈夫です。そっちは穏やかなところだって聞いてますから、そっちで平和に過ごしてください」
なんだろうね。俺はようやく家族全員に帰ってきたことをー
「いいえ、今日は迎えに来た日よ」
「ゆ~う。迎え火って意味わかっていってるの?」
「ユウちゃんひょっとしてわざとやってる?」
あのさあ、いまいいところなんだからちゃちゃを入れるのはやめてほしいんだけど・・・
その後、持ってきた提灯に火を灯して家まで帰るわけだけど・・・
「提灯の火を目印に家まで戻ってくるという設定だけど、車の中の提灯なんて死者から見えるのかしら?」
「大丈夫。死者は物理の理にとらわれない」
「あのさ、いっつも思うんだけど、時速30キロ超で帰り道になるわけじゃん。どうやって母さんたちはついてくるんだろうね」
「車にのってるんじゃないの?」
「父さん。それ無茶があるって。見てみろよ。家族5人でもう車の中は埋まってるからな」
「じゃあトランクとか、屋根にしがみついてるとか・・・」
「……迎え火って死者に鞭打つイベントだったんだね」
とまあこんな適当な会話を帰り道の車の中で繰り広げて帰るわけだ。
全国で真面目に迎え火を行っているご家庭に謝りたい。
その後何事もなく家につき、平和な夕食を終えた。
まあ平和な日本の片田舎で日ごとにトラブルやハプニングが起きるはずもない。
しかし……
「しっかし、2年ぶりに帰ってきたというに変わらない家族だよなあ」
「何が変わらない家族なの」
「今日の迎え火さ、俺の記憶にある2年前の迎え火と似たような出来事だったからさ。そりゃ俺が女になったり、出かける前に美佳ねえ達におもちゃにされたりはあったけど、 なんていうか流れというか雰囲気が2年前と同じなんだよ。やっぱり帰ってきたと思ったね。」
「悠は知らなくて当然だけど、去年と一昨年はものすごい暗い迎え火になってるからね」
苦笑しながら俺の感想に答える美佳ねえ。
「それに変わらないっていうけど、その本人が一番変わってるからね。少なくとも2年前はこうして一緒にお風呂には入らなかったし」
そう、今は美佳ねえと一緒に入浴中だ。姉妹で一番大雑、もとい大らかな性格なのできっと今夜の女子教育は簡素なものになると期待したのだが、そうではなかった。
髪の洗い方ひとつとってもそうじゃない、こうするんだとこれまでの二人以上にあれこれ言われ、最終的には「体感しないとわからないかな」というと有無も言わせず人の体を洗い始めた。
「涼ねえや陽菜からも聞いているけど、悠の好きな熱いお湯はダメだよ。体温より熱いお湯は必要以上に肌から皮脂を流しちゃうからね」
「いい?これくらいの力で優しくなでるくらいで汚れはちゃんと落ちる。ゴシゴシする必要なんてないんだよ」
「え?自分で出来るって?できてないよ。いい?私が今夜はやってあげるから、感覚を覚えるんだよ。」
「ほら、恥ずかしがらない。この前、練習で生理用品の使い方を実演で教えたのは誰か思い出してごらん。あの時だって悠のを見て触ってるんだから今更だよ」
……もし仮に俺が貞淑な大和撫子であったなら美佳ねえに嫁にもらってもらうしかないレベルで色々触られた。
美佳ねえは実体験を大切にする人間だ。得意のバレーボールも座学で1時間技術を学ぶより3分実際に練習した方が身になると公言して憚らない。そういう面も確かにあるが、それを人に押し付けないでほしい。そして美佳ねえも涼ねえと同じく身体を隠すなんてしない。
嫌ではないのか、俺は弟だぞ?
「え?だって今は弟じゃなくて妹でしょ?なんで隠す必要があるの?」
俺は抗議したが、それに対し不思議そうに聞いてくる始末だ。だが、俺は身体は女になっても心は男。正直気恥しい。役得だ、なんて思う以上に、だ。
先ほどまでの痴態を思い出し、浴槽でブクブクしていると隣で同じく浴槽で肩まで浸かっている美佳ねえが真面目な顔で聞いてきた。
「悠。真面目に聞くけど、悠は元に戻れるの?」
「その可能性は限りなくゼロに近い。少なくともこっちの世界ではゼロ%だ。」
俺の体は魔法で女になったわけだが、解呪の方法はあちらの世界では見つからなかった。というより解呪では元に戻らないことが証明されている。
俺の状態は「呪いがかかって女になっているわけではなく、知識と記憶を持ったまま女性の体に変化している」らしい。
現に呪いを解除する魔法、マジックアイテムを使ったが男に戻らなかった。幻術を打ち破り、真実の姿を映し出すという鏡を使っても俺の姿は変わらなかった。
つまり今の状態が俺の正常状態であるわけだ。これを元に戻すには魔法的なサムシングで俺自身の肉体を男の状態に変化させる必要がある。当然現代技術では不可能だろう。
「続いての質問。悠は今後どうしたい?どう生きたい?明日、明後日の話じゃなくて1年、10年って単位で。かつ現実的な話で。」
例えばだ、現代技術でも性転換は可能であろう。だが、俺は男になりたいのではなく、立花悠司に戻りたいのだ。それは魔法がないこの世界では「現実的な話」ではないだろう
……まあ、あっちの世界でも「現実的な話」ではなかったが、可能性は米粒レベルではあったと思う。
となるとだ、
「父さんの話を信じるとして、実は父さんの隠し子、ってことで日本国籍を取得。その後、日本人女性として普通に高校、大学と進学して就職ってところかな」
夢も希望もないが、現実的な話をすればこうなるだろう。現時点で恋愛対象として男を見れないので結婚は無理だな。立花家の血は隣にいる美佳ねえ達に任せる。
まてよ?女なら恋愛対象としてきっと見れるわけでそれなら同性結婚……待て待て俺は同性愛者でもない。
横で一人百面相をしていると美佳ねえがやはり真面目な顔で言ってきた。
「戻れないなら“女性であること”を受け入れないと大変だよ。今の悠は日本だとやっていけないレベルで女らしくないからね」
そういうものだろうか。いや、少し前に俺の歩いている姿が変だと陽菜に言われ、歩き方ひとつに男も女もないと反論する俺に
スマートフォンで撮影した俺の歩いている姿を見た時、確かに女としてはありえん歩きに我ながら驚いた記憶はある。
「わかったようだね。大丈夫。悠は多分高校からやりなおすことになると思うけど、来年の4月まで半年以上ある。その間、みんなでみっちり鍛えてあげるから」
……善意なんだろうけど、内容はちっとも嬉しくない。だが、家族が全面的に助けてくれる、というのはやっぱり嬉しいものだ、と俺はしみじみ感じていた。
2018/7/30 改行位置を修正しました。