04 異世界での思い出話
美味い。美味すぎる。
2年以上ぶりに食べた春巻は最高に美味い。
「知っていたけど、悠司は本当に春巻が好きなのね」
「そんだけ幸せそうな顔で食べられると作ったかいがあるってもんだ」
「ユウちゃん。私の分の春巻も食べる?」
俺が夢中で食べている様子を3人は微笑ましく見てたようだ。なんか恥ずかしい。
「べ、別にいいだろ。あっちじゃ油で揚げたもの、なんてまず食べれないんだからな!」
「そうそう。そろそろその辺の話をしてくれない?」
そういえばこれまで異世界に行っていたこと、女になったことをは伝えていても、それ以外は全くと言っていいほど言っていなかったな。
「そうだな。腹も落ち着いたし、話すか。まず始まりは2年前の3月下旬……」
「ちょっと待って。悠にいがいなくなったのって6月からじゃん」
「いなくなったというか、帰って来れなくなったのは6月からだが、最初に異世界に行ったのは高校の入学式前、中学生として最後の日曜日の出来事だったんだよ」
懐かしい。確かあの時は高校に入学したらすぐにバイトをしようと思ってスマートフォンをいじっていた時だ。
突如、視界が明滅したかと思うと暗転。五感が無くなっていった。だが、次に徐々に視界がひらけ、気が付けば異世界にいた。最初の視界明滅から異世界到着までは3~4分といったところだろうな。
「突如、だったのね。何か予兆は?」
「全くなかった。少なくともその時は何も感じなかった。
少し後の話になるが、実は転送が始まる少し前から俺の周囲に魔力が集まっていたんだが、当時はそれを感じられなかった」
ともかく、初回はいきなり異世界への召喚だ。視界が悪くなったと思ったら、今度は見知らぬところにいるわけだ。
最初は驚き過ぎて唖然としてた。白昼夢かと思った。
その召喚された先で二十歳手前位に見える女が何か言っていたんだ。言ってることはさっぱりわからん。けど、しばらくするといきなり意味が通じるようになってこういわれたんだ。
「はじめまして。私の名はレティーナと申します。貴方のお力を借りたくここに召喚いたしました。」
「ファンタジーだとお約束だけどさ。いきなり呼びつけて『力を貸せ』ってひどくない?」
「その点は真っ先に謝ってきたよ」
「どうして悠が選ばれたの?」
「たまたまらしい。なんでも魔力の波長?とかいうのと座標の関係がどうのって話だった」
「座標といったわね。ということは……」
「多分涼ねえの想像通り。もし俺の部屋があそこでなかったか、そもそも違うところにいたら召喚されなかったよ」
「異世界でも日本語って通じたの?」
「通じるわけねえだろ。マジックアイテムで会話というか、意思疎通ができるようになっただけだ」
「そもそもなんで悠司は呼び出されても生きているのかしら?」
「あぁ。気圧とか、空気の成分とかね。俺もその点は抗議したんだけど、ポカーンって顔をされた。そんな概念がないんだよ」
「肝心なことなんだけど、悠って役に立ったの?」
「相手が最初に期待してた『個人で魔王を倒せる戦力』っていう意味なら期待外れだった」
「え~異世界に行ったんでしょ。こう、無限の魔力だとか、伝説の剣を扱えるとか」
「あいにくそんなものはなかった。それどころか俺個人はこっちにいた時と同じくらいの能力しかなかった。別にものすごく力持ちになるわけでもないし、脚がはやくなるわけでもなかった」
「『こっちにいた時と同じくらい』ということは重力やその他の物理法則はそのままだったの?」
「あぁそうだよ。試しに巻き尺とストップウォッチ持っていって100m走をしてみたらこっちの同じくらいのタイムだった」
「1日は何時間?1年は何日?」
「向こうの1日は23時間57分。細かい誤差はあるだろうけどこんなもんだった。1年は一か月36日×10で360日だった」
「すごいじゃない!自転周期も公転周期もほぼ地球と同じで、重力、大気も同程度。ねえそもそも異世界人って私達と遺伝的に何か違うところがー」
「涼ねえ、さっきから夢がない!!」「涼ねえは頭が固いなあ」
妹×2からの攻撃に何か言いたそうに唇を尖らせる涼ねえ。いやね、そんな表情しても可愛いのはティーンエイジまでで、今年24歳の涼ねえがやっても痛いだー
ガツン
「悠司。今何か失礼なことを考えなかった?」
「イイエ。ソンナコトハアリマセン。オ姉サマ」
警告前にぶん殴るのは正直どうよ?
「それじゃ悠は役立たずだったの?」
「いいや。こっちの世界の文化、学問、科学を伝えたことで賢者扱いだった」
「さっきお風呂場で医学や農学を教えたら魔法扱いされたって言ってたよね」
「あぁ。その通りだ。多分魔法の弊害なんだろうな。あっちの世界じゃ怪我をしたら魔法で治すってのが常識で傷口が化膿しないように泥くらいは落とすとかの考えがないんだよ。実用レベルで回復魔法を使える人間なんて200人に1人くらい。単純骨折を数秒で治せるとなると何万人に1人程度なのにな」
魔法はあちらの世界の利器であり、猛毒であったと思う。ものすごく便利だが誰もが使えるものではなかった。
マッチ程度の火を数分出せる、1日に1回コップ1杯程度の魔法を使えるものがおおよそ10人に1人程度。戦いでまあ使えないことはないだろう、程度の魔法使いとなると100人に1人程度。魔法使いと名乗って戦闘で活躍できるクラスとなると1000人に1人。
そんな圧倒的マイノリティな連中が世界の常識をになっていた。
兵法にしても酷いものだった。あっちの世界では闘気とかいう身体能力を出鱈目なくらい強化する現象が発現し、これを扱えるものは戦闘で絶対的な強者だ。なんせ闘気を使える兵が剣一本でも持てば闘気を持たない何百もの兵を圧倒できた。
奇襲だろうが、闇討ちだろうが落とし穴だろうが、なんだろうが正面から粉砕するケースもある。
兵法なんて育つわけがない。最強の兵法は「強い闘気の使い手を味方につけること」以外ないのだから。
文化や学問も随分歪だった。瞬間移動魔法という現代技術では不可能なことが可能なくせに
移動手段と言えば徒歩か馬に乗るかの二択(超高レベル魔法使いと金持ちと権力者は除く)。
動力としては蒸気機関もないのに空を飛ぶ飛空艇。
一部はこちらの世界でも再現不可能な技術があったが、基本的には中世程度の技術レベルだろう。円筒分水を教えたら拍手喝采だったし、電解精錬を伝えたら神扱いされたものだ。
「まあ、実際にその辺をレクチャーしていくのはもう少し後の話で、最初はお互いの世界の状況を教えあって、最後に再会を約束して解散。時間にして3~4時間程度で異世界から一度帰ってきた」
「え?ひょっとしてユウちゃんって私達が知らない間に何回も異世界旅行してたの?」
「あぁしてた。高校に入ると毎週日曜日は必ず異世界に行ってた。」
「行方不明になって、警察やマスコミから悠司の4~5月にかけての挙動を色々聞いたわ。その中に様々なジャンルの本を借りたり買ったりしたというものがあったけど、ひょっとして異世界に伝えるため?」
「あぁ。そうだ。電子書籍ならスマートフォンに入って軽いし、図書館で本を借りて、ってパターンもあったな」
「けどさ、それなら私達にも教えてくれてもいいと思うけど?」
「最初のうちは俺自身異世界旅行なんて信じてなかった。いっつもベッドの上からスタートなんだぜ?白昼夢を疑ってたさ。それに言い訳になるが、涼ねえは研究室に配属されたばっかりでいつも忙しそうだったし、美佳ねえに至っては大学に入学した4月からずっと寮生活で家にいなかったじゃん。」
今のように夏休みの特別期間でもない限りいない美佳ねえにどうやって相談するんだよ。
ん?陽菜?妹に困ったことを相談とかないわ。
異世界の話をわずかなりともしたのは小学校からの悪友二人だけだ。
「それでも何度か行くうちに涼ねえ達にも話してもいいな、って時にあの6月が来たわけだ」
「なにがあったの?」
「俺はあっちの世界で人間の国家じゃ中堅国のマーダルトって国、その王都に呼び出されてたんだ。俺を召喚するのに座標指定があったように向こうでも3つ条件があったんだ。一つは俺を召喚するための魔法陣。もう1つが優れた魔法使い。最後にマーダルトの至宝『魔法宝石ヘリトリオン』。で、その日、俺を呼び出した数時間後、突如魔物が押し寄せてきたんだ」
曲がりなりにも異世界に通い始めて二か月。向こうの文化にも慣れ、「魔物は危険な生物」とは聞いていても実際何もなかったし、召喚された場所は城の中枢。何人もの兵士もいたから安心しきっていた。
そして俺はそこで「理不尽なくらい強い圧倒的な個」を持つ魔物の強さを思い知らされた。後でわかることだが、この時王都を襲ったのは魔王の手下の中でも三魔将だか、三魔人だかの一人がいて、こいつ一人に何百もの兵と民と王が虐殺された。
俺が生き残ったのは偶然以外何物でもない。
たまたま避難した先にあいつが来なかった、あるいは魔法を叩き込んでこなかったかという偶然。あいつがどれだけ強かったか、その時の光景はどうだったかを淡々と語ったところ先ほどまで興味津々に聞いていた3人の顔が一気に曇ってしまった。
……やっちまったな。もう少しオブラートに包んで言えばよかった。
「ま、まあそん時にだ、魔力を増幅させるヘリトリオンを奪われちまって帰れなくなったんだよ。で、ここに帰ってくるためにそこから俺の2年にわたる冒険の日々が始まるわけだ」
「そう。とりあえず今日のところはここまでにしましょう。もういい時間だわ。」
ん?意外と話し込んでいたようだ。だが、それほど遅くということもあるまい。
「そうだけど、明日は朝から忙しいから、今日は早めに寝た方がいいわ」
「あぁ。悪い。涼ねえには予定があったのか」
「ん~確かに私は大学に用事があって付き合えないけど、そもそも朝早くから予定があるのは悠司、あなたよ?」
「え?なんで俺?」
「それは今のあなたの着替えがないからよ。それともいつまでも陽菜のお下がりを着続けるの?」
「涼ねえ。ちょっと待った。まさか悠にいがユウちゃんになるなんて思わなかったから、今のユウちゃんが着れる着替えってほとんどない」
「となると、明日は上から下まで、インナー、アウター、靴下、靴に至るまで一式全部揃えるのか。私が車を出すから荷物はいいとして、涼ねえ」
「緊急事態であると判断し、臨時支出を認めます。家計用銀行口座から軍資金を持っていきなさい」
「いやいや。ちょっとまって。なんで俺の服を買いに行くことが前提になっているのさ」
「え?ユウちゃん、ずっと私のお古でいいの?そりゃまあ家計を考えるとその方がいいけど、今着ているの以外だと、いかにも女の子な服だよ?」
「いや、俺の服はあるじゃん」
この後、サイズ的にそれはないと総ツッコみを受けましたよ。えぇ。
どっと疲れた俺は部屋に戻って寝ることにした。
「これからどうするかねぇ……」
誰もいない部屋で俺は独り言ちた。
もし仮に男のままこちらの世界に戻ってこれたら、悩みもしなかっただろう。だが、女になって戻ってくるなんて想像していなかった。どうやって生きていくか。まずは戸籍。続いて学歴。日本で働いて生きていくにはこの2つは必要だろう。
いっそのこと異世界にいた時のように魔法が使えれば食っていく手段などいくらでもあっただろうが……
「集え魔力よ光源」
試しに魔法を使ってみるが、何も起きない。一番魔力を消費しない光源ですらこのありさまだ。やはり大気中に魔力が存在しないこの世界で魔法を使うのは無理のようだ。
あとはあれをなんとか換金出来ればうまくすれば一生とは言わないまでもウン十年は遊んで暮らせるレベルのお金が手に入る。
なんとか換金方法を調べないと……
今の俺は無国籍で学歴もなにもないただの人。
異世界救った勇者に世界は意外と冷たいものなのか。
2018/7/30 改行位置を修正しました。