03 お風呂と着替え
部屋に戻って着替えを取り出し、その後は風呂に直行した。こっちで暮らしていた時には全く思わかなったが、向こうじゃ大量の湯と石鹸は贅沢品だ。王侯貴族しか使えなかったそれをふんだんに使い、身体を洗った後、
俺は浴槽の中で脱力した。
「ふぅ……」
日本人は昔から風呂好きと聞くが、湯船の魔力を知ればそうなっても仕方あるまい。と、誰かが脱衣所まで侵入してきたようだ。
「悠にい。さっきからうるさいよ」
人のことをちっちゃいから兄と呼べない、下半身を見ては可愛いと言った妹は、姿が直接見えないためか再び悠にいと呼んできた。
「ほっとけ。久々の風呂なんだ。ちっとは満喫させろ」
「久々って、あっちの世界じゃ入らなかったの」
「入らなかった、じゃない入れなかった、だ。人一人が満足するまでのお湯を沸かすのがどれだけ大変かわからんのか?」
「でも魔法のある世界なんでしょ?そんなのなんとかできるんじゃないの?」
「あとで説明するが、魔法っつったって万能でもなんでもない。あっちの世界じゃ、こっちの世界こそ魔法の世界扱いだったぞ」
「なにが魔法扱いだったの?」
「なんでもだ。冷蔵庫、洗濯機、テレビ、エアコン、スマホといった電化製品はもちろん、医学や農学も魔法扱いだ」
「悠にいって人に教えられるほど医学とか詳しかったっけ?」
「うんや。だが、こっちの世界の『おばあちゃんの知恵袋』程度の内容でも理由をもって教えられれば神様扱いされた」
「そうなの?」
「そうなんだ。ところで陽菜。なんか用か?」
「悠にいが自分の体を洗えないようなら私が代わりに洗ってあげようかと」
「いらん世話だ。さっき念入りに洗ったわい。」
「冗談だよ。涼ねえが、ご飯が出来たから呼んできなさいってさ」
ちらりと浴室の時計を見ると風呂に入って小一時間は経過してる。
「そうか。じゃ、出るからそこから出てけよ」
「は~い。困ったことがあったら呼んでね」
ガラガラと脱衣所の引き戸の開け閉め音を確認しつつ、浴室から出ると……
「陽菜!てめえ!」
「悠司。いくら家族の前でも裸で出歩くのはマナー違反よ」
リビングに駆け込んだ俺に対し、涼ねえは少しだけ視線を向けてすぐに配膳作業に戻っていった。
「裸じゃねえよ。腰にタオルを巻いてるのが見えないのか!」
「今の悠は女の子なんだからちゃんと上半身も隠す。いいね。」
「だいたいさ、今のユウちゃんにこんな大きなサイズきれるわけないじゃん。私には怒るんじゃなくて、むしろ褒めてほしいくらいだよ」
俺が2年ぶりに自分の部屋の箪笥から引っ張り出したTシャツをひらひらさせながら陽菜は自分はいいことをしたと言わんばかりのドヤ顔をしていた。
「いいから返せよ」
「現実は直視したほうがいいと思うけど」
渋々Tシャツを手渡す陽菜からそれを分捕り、さっそく袖を通す。通したが・・・
「無様ね」
「それはやめた方がいい」
「だから言ったじゃん。大人しく私が用意した服に着替えた方がいいって」
かつての俺に丁度良かったTシャツは今の俺には大きすぎた。
シャツの首周りからは余裕で頭どころか片肩が出る始末。いやこれ両肩を窄めれば首周りから脱衣できそうだ。裾口は太ももどころか膝下まで届く始末
「ユウちゃん。私が脱衣所に置いた服、そんなにダメ?あんまり女の子してない普通のカットソーとキュロットじゃん」
ところどころピンクとラメで彩られているとはいえ、白をベースとしたカットソーは半そでTシャツと言えなくもないし、キュロットもギリギリハーフパンツととらえることもできるだろう。
妹なりに気を使っているのがわかる。だがしかし。
「あれはまだ我慢できる。問題は下着だ!」
そう、いくらなんでもあれは無理。俺にも羞恥心というものがある。
「悠司。それは逆よ。下着こそきちんと体型と性別にあったものを着なさい」
「けどな」
「私の知っている悠司は賢い。あなたならなぜ男と女で下着の形が違うのか、想像できない程、愚かでも無知でもないわね」
そういわれると押し黙るほかない。涼ねえも俺も合理的という単語にはめっぽう弱い。
「あ、ひょっとしてお古かもって気にしてる?大丈夫。ショーツは前に通販でサイズを間違えて買っちゃった奴だから。新品だよ」
「ということはキャミソールはお前のお古ですか、そうですか」
「あれも殆ど着てない奴だよ。大丈夫。私なんて生まれてからパンツ以外はお古じゃない方が珍しいんだから!」
……それはいったい何が大丈夫なんだか。
なおも抗議を続けたが一対三の口げんかに勝てるはずもなく、料理が冷める前に俺が折れた。
脱衣所に戻り、陽菜の用意した衣類に着替える。これはただの服。これはただの服。妹の古着なんかじゃない。俺は自分に言い聞かせながら羞恥の時間に耐えた。
今後?今着ている服は男物だからセーフ。
しっかし、着替えたは良いが、このサイズでも今の俺には大きいようだ。リビングに戻ったら抗議の一つでもしてやるか。
「お、懐かしい。それ、私が小学校の時に着てた奴じゃん」
「そうそう。私も小学校の時に着てた服。さすがにもう着れないから捨てようと思ったところだったんだよ」
「陽菜が着れなくなった服=捨てるが当たり前なのによく残ってたわね」
……幼いデザインだと思ったが、どうやら美佳ねえと陽菜が小学生の頃着ていた服らしい。
2018/7/30 改行位置を修正しました。