16 そして
時計の針は進む。
1月上旬。俺は日本国籍取得に失敗した。なんでも元々無国籍状態だったからどうの、って話だ。幸いにも俺の在留権は認められ続けたようで、俺は在留外国人として高校受験を受けることになる。
……ということは俺は立花優莉ではなくユーリ・タチバナ名義で受験するわけか。あんだけ一生懸命記名の練習をしたのに。
1月中旬。受験生が大好きなセンター試験当日。その日の夜に祐樹から浪人が確定したと自虐的な連絡が入った。ちなみに雄太はまだ戦えるらしい。
その二人からは
「センターの準備は2年からしとけ。3年になってからやると1年の時の教科のことなんて忘れてる」
とありがたくない金言をもらった。あの、俺現在進行形で高校受験勉強真っ最中なんですよ?なにが悲しくて始まってもいない高校生活での受験勉強なんて考えなきゃらんのだ?
さらに進んで2月上旬。
周りはブレザーやらセーラー服やらの中で俺だけ礼服で松原女子高校の入試を受ける。試験後、別教室の陽菜と答え合わせをすると二人の答えはおおよそ一致した。今年の倍率は1.15だが、松女は例年正解率8割ちょいで合格できる。自己採点では二人とも9割程度の正解率なので多分合格するだろう。
試験から2週間後。予想通り俺達は合格した。春から女子高生生活か、もはや言うまい。
さっそく合格案内に従い、指定の日に松原女子高校の体育館に制服やらを採寸しに行ったが、女子の制服は色々と勝手が違って困った。
右前のボタンは慣れてきているが、リボンは違和感しかない。
スカート。これ丈が短すぎるだろ。これをさらに折る奴もいるらしいが、俺にはできん。
陽菜には変と言われたが俺はサイズを1サイズ大きいスカートにし、スカートベルトで止めることで無理やり膝下丈スカートを作り出した。。
(後で知った。このスカート丈は関西では普通らしい)
体操着。まあ普通だな。なんでも俺達の学年は赤を三年間使うらしい。そういやリボンも赤だったな。
スクール水着。
……4ヵ月後にはこれを着て授業うけるの?
それにしても……
「はぁ……」
「ん?どうしたの?優ちゃん?」
「陽ねえと違って私ってちんちくりんだなって思って」
先ほどから陽菜と一緒に採寸しているわけだが、俺よりワンサイズ以上大きいサイズで決まっていく。並んでいても身長が15cm以上差があり、凹凸具合も違う。
まず無理やり寄せ集めて何とかBになった俺と最近Cすらきついという陽菜とでは出っ張りが違う。
そのくせ陽菜はくびれもばっちりあるときているのだから採寸のたびに公開処刑状態だ。
正直、業者の人から高校に受かったお姉さんと付き添いの妹だと思ったら妹も採寸しててびっくり、という心の声が聞こえてくる。
が、なぜか俺の正当な愚痴は陽菜を怒らせた。
「はぁぁあ?!何が公開処刑なの?公開処刑はお姉ちゃんの方でしょ!さっきからとなりでサイズは『S』とか『XS』って言われる身にもなってよ!」
なぜだ?どうして俺が怒られる?俺は間違っていない!
「どう見ても私の方が惨めじゃん!さっきから周りの人に『高校に受かったお姉さんとそれについてきた小中学生くらいの妹』って思われてるの、気が付かないの?陽ねえ、一度鏡で自分のスタイルを確認してみたら!」
「な!優ちゃんが鏡を見ろっていうの?そっちこそ鏡を見なさいよ!どっから出てきたんだ?っていうくらい可愛い妖精がいるんだから!」
この後も延々と口げんかをする俺達。
なお、この時のことが原因で俺達は入学式前から同学年に広く顔と存在を覚えられる姉妹となっていると知るのは4月以降の話である。
3月下旬。
何とか4月前に日本国籍取得に成功した。これで晴れて正式に立花優莉だ。ついでに、採寸した制服が出来上がった。あと2週間もしたら毎日これ着て通学するの?何のいじめだよ。
と思っていると、庭で高校入学の写真を撮るから着替えてとのこと。いや着たくないんだけど、といっても我が家では涼ねえの命令は絶対なので服従する。
「優ちゃん。はいこれ」
渡されたのは普通のスティック糊。これは?
「靴下をこれで止めるの。何もないとずれ落ちちゃうことくらい想像つくでしょ。男の子ならズボンで見えないけど、女の子はそうはいかないの」
「いやでもこれ普通の糊だよね」
「世の中にはソックタッチっていう専用の糊もあるけど、成分は基本的に変わらないよ。後は香料とかが入っているかいないかの違いだったりするし。」
マジか。女子って大変だな。
一通り着替える。
陽菜も一緒の制服を着ているが、これツーショットは公開処刑だろ。一般的に女子のブレザーは男子と違ってプリンセスラインというウェストをしぼるデザインを採用している。
それがばっちり生かされている陽菜。寸胴の俺(身長はこの前の制服採寸の時に測ったら156.1cmだったからチビではないはず)。これが同学年です、というのがいじめでなくて何なのか。
「涼ねえ。ごめん。私、優ちゃんと一緒に写真に写りたくない。これもう絶対にいじめだよ。私にだってプライドがあるんだよ。去年の11月くらいまではなんともなかったのに、急に可愛くなるんだもん。今じゃ隣に並ぶだけで私引き立て役じゃん……」
だというのになぜか、俺の方がいいという陽菜。解せぬ。
「はいはい。二人ともバカなこと言ってないで並んで。これ、父さんに画像データで送るんだから笑ってね」
この時無理やり笑って撮ったツーショット写真は父さんから「すぐに会いにいく」という即時返信と4月の帰国へと化けた。
この8ヶ月で俺の人生は大きく変わった。さすがに8ヶ月も女の子になっていると色々慣れた。まだ踏ん切りのつかないところもたくさんあるが、ついたらついたで、つかなかったらつかなかったでそれはそれでいいと思う。
3年前、俺は高校生活を送れなくなった。今、目の前にはその送れなくなった高校生活が形を変えてあらわれた。
だったら、今日を新しい人生の門出としてもいいのだろう、きっと。
悠司のお話はこれでいったんおしまいです。実は元々、立花悠司が異世界で活躍するお話があったのですが、普通に冒険して普通に戦っておしまいというものでした。
だったら後日談でも……で生まれたのがこの作品です。