12 環境変化に慣れ始める
夏を制するものが受験を制す
受験生の間で語り継がれている至言だ。半年後に控えた試験に向けて如何に計画的に勉強するか、否、如何に計画的に勉強したかが合否の大きな分かれ道となる。
その貴重な夏を半月しか使えず、さらに秋は豪快に無駄遣い。そして今や晩秋。
最早一刻の猶予もなし。急ぎ巻き返しを図るべく……
が、俺はそんなに真面目な人間じゃない。
仮にだ、ここから涼ねえのような凄まじい集中力を発揮して毎日1日10時間超勉強できるような器があれば違うのかもしれないが、俺の集中力はそんなに続かない。
休憩や何やらを入れても1日5~6時間が限度であろう。
この時点で俺は志望校を築陵高校からランクダウンすることを決めていた。さらに運がいいか悪いかは別として我が家にとんでもない資金が舞い込んできている。
俺が異世界から世界を救ったお礼としてもらった金塊およそ10キロ。(あちらの世界では純金として扱われたが、技術力の問題で純度は多分99%くらいだろう)
元々500グラムくらいの塊×20個でもらったそれをあちらこちらの換金所(一か所に10キロも持っていったら換金できないし、不審人物過ぎる。いや身元不明の500グラム金塊も大概だけど)で換金し、その結果、車3台と冷蔵庫が新しくなった。それでもかなりの額が当たり前だがあまり、残金の3割を家族共有資金、3割を俺、残り4割を他4人で均等割りで管理することとなった。
つまり、俺個人、とんでもなく金持ちになったわけだ。
なので3年間の私立の学費程度余裕で払える。いっそのこと私立に行くか。
あぁでも私立は県立高校のように入試が共通問題じゃないんだよな。となると私立向けに受験対策を変えないと。いやまだ慌てる時期じゃないよな。まずは無駄にならない県立高校入試の過去問を解きつつ、科目別の参考書で勉強をするべきだよな、勉学の基礎は変わらないし、とやっているとあっという間に12月になった。
思えば先月は色々と激動だった。
まず、俺という存在、立花優莉が立花家に来たことを近所に知らせた。一応触れ込みは隠し子、ではなく戦災孤児を父さんが引き取った、ということにした。立花優莉は実の母を戦争で失い、孤児になったところで立花司にであったという設定とも矛盾していない。
一々隠し子であることを触れ回る方がおかしいし、一般的な日本人は「戦災孤児です。」と経歴を明かした人物に対し、根掘り葉掘事情を聞きはしないだろう。現にそうだった。ご近所さんには俺に同情してくれる人が大勢いた。だますわけで胸が痛い。
さらに立花家には行方不明になった長男がいて、俺(優莉)が来るまで家族はずっと暗い顔をしていた、なんて話を聞くとさらに胸が痛い。
続いて内/外気功。多分だが異世界の時と比べさらに弱体化した。
きっかけは俺が国の施設に監禁されていた時だ。あまりにも暇なので久々に意味もなく魔法(豆電球発光)で遊ぼうとしたが、何も起きなかった。何度も試し、それでも使えず、そうかここが外気功が集められない檻の中だからだと無理やり納得して見せたが、現在に至るまで魔法は使えない。
魔法が使えないのなら闘気はどうだと考え、夏に体力測定をした運動公園であの時と同じ計測を実施。結果、気持ち記録が落ちたかな、程度だった。
この程度ならその日の天候、体調に左右されると考え、以降天候がよければ毎日記録会を実施することとした。1日2日では違いが判らずとも10日20日と重ねればきっと結果がついてくるだろうと考えたものだが、多分これは失敗。
現在記録は8月の記録を上回っているが、そもそも俺自身毎日の運動で鍛えているのだから同一条件ではないだろう。
闘気を使えれば体を鍛えなくていいわけではない。異世界で実感済みだが闘気と筋肉は多分掛け算の仲だ。闘気が弱まっても筋肉量が増えればそれを補える。
そして今の俺は8月に比べれば筋肉が少しはついてきてるし、体つきも変わった。
そう、体つきが変わったのである。
俺はもうすぐ15歳を迎える14歳として戸籍を作ったが、おそらく肉体年齢はそれより少し若い。8月から11月にかけての4ヶ月で俺の身長は6cmほど伸びて154cmまで伸びた。体重は6キロ増えた。
陽菜にはきっぱりと「優ちゃんの体はようやく二次成長期を迎えたんだね」と言われた。
涼ねえには「やっぱり中学校からリスタートさせるべきだったかしら」と言われた。
父さんにも「急に女の子になったなあ」と言われた。
寮生活の美佳ねえとは会う機会が極端に少ないから特に言われていないが、いたら似たようなことを言われただろう。
体つきに合わせて衣類も強制的に変わった。
あれだね。二次成長期前後で女の衣類ってごっそり変わるのな。今現在進行形で俺は過渡期真っ只中なんだろうけど。8月は成長の過渡期前半だったからまだ手加減があった。11月に俺のだと買わされたものはやたら張り切る三女が趣味全開で選んだものだからかなりあれだった。
一度夏に耐性ができて、9、10月に慣らし運転があり、趣味全開とはいえ純粋に似合うという善意を理解できたからこそ我慢できたが、異世界から帰ってきた直後の俺なら断固として受け入れなかっただろう。
そんな陽菜からの猫かわいがり状態も12月になってようやく落ち着きを見せた。
きっかけは俺がぼそりと言った
「陽ねえは涼ねえや美佳ねえに毎日ほおずりや添い寝をしてほしかったの?」
だった。
もう面白いくらい陽菜はびっくりして青い顔になって、続いて謝ってきた。なんでも自分が涼ねえ達からやられて嫌なことをやらないつもりだったのに、やってしまったことへの謝罪らしい。
こちらとしては嫌ではなく鬱陶しいだけだったのだが、やめてくれるのであればそれに越したことはない。ついでにやられて嫌なことをきいてみると俺の希望とは異なっていた。
「え?お下がりでいいの?」
「下着は嫌だけど、上着ならむしろ歓迎するよ。」
女の衣類は男と比べると高い。軽く倍の値段がする。その高い衣類をなぜだかたくさん買い込む。俺はファッションには疎いのでこれが無駄遣いにしか思えない。ここで服が高いから安く済ませるために古着がいい、などと言えば女子教育が足りない、と言われかねないのでそこは黙っておく。
「それに、陽ねえってセンスが良くて服もかっこいいし!」
ここは言い様だ。服が高いから嫌だ、ではなく陽菜の真似をしたいから古着がいい、という形にする。
この一ヶ月で陽菜の考えが見えてきた。ずっと末っ子だった陽菜は誰かに頼られたいし、真似されたい、目標とされたいのだろう。
「え~、お姉ちゃん、センスがいいわけじゃないし、かっこいいわけじゃないよ。それは優ちゃんの誤解だよ。」
などと口では言っているが、嬉しそうに頬に両手を当てて、体をくねらせていた。作戦は大成功だ。もう一押し。
「でも、私ひとりじゃ陽ねえみたいに成れないし」「陽ねえと同じ服がいい!」「ね、お願い」etc
陽菜が簡単に折れた。
「もう。仕方ないな。優ちゃんがそこまで言うならお姉ちゃんのお古をあげる。」
チョロいな。こんなんであっさりのっかかるあたり、詐欺にあわないかお兄ちゃん心配だ。先ほどのやり取りで気が付いた人もいると思うが、来年の4月から「女子」高生になる俺は仕草、口調も絶賛矯正中だ。やらないと出来るまでやり直させられる。ここで抵抗しても4月からの学校生活を考えれば矯正しておいた方がいいだろう。なので心うちでは俺を使っているが、話す時は一人称を私にしている。
ついでに陽菜も俺と話す時だけは一人称が「お姉ちゃん」になる。そんなに末っ子が嫌だったのか?
だが、陽菜は俺とは違うことを気にしているようだ。突如真顔で聞いてくる。
「ねえ優ちゃん。嫌じゃないの?ちょっと前まで私が妹だったんだけど……」
何が嫌なんだろうか?女装は……この4ヵ月で慣れた。
化粧は面倒で嫌なんだが、これはしないと周囲から浮くので慣れるしかあるまい。
言葉使いは美佳ねえの話し言葉を真似ているだけだが、何も言われない辺り問題ないのだろう。
その他、嫌なことと言えば……
「あのね、優ちゃん本当は年上なのに年下に扱ってるじゃん。嫌じゃないのかなって」
「それは嫌じゃないかな。中学校までしか通っていない陽ねえは知らないと思うけど、社会に出たら2~3歳年上だからって別に偉いわけでも何でもないよ。」
まあ俺もこっちの世界だと高校中退で社会経験ゼロだけどな。けど、異世界でちゃんと独り立ちしてたんだし、社会経験ありでいいよな?
「それに今は経験含めて陽ねえには色々教えてもらう立場だから、気にならないよ」
内心ではままごとの一種で陽菜の妹役を演じているから気にしない、というのは言わないでおく。真実全てを話すことがいいとは限らないのだ。
反対に俺が聞きたかったことをきいてみよう。
「陽ねえ。反対に聞いてみたいんだけど、私が女子トイレとか女子更衣室とかを利用するのは嫌じゃないかな。」
少なくとも俺が反対の立場だったら嫌だろう。
「う~ん。お姉ちゃんは気にならないな。だってもう優ちゃん女の子だし。それに一緒にお風呂に入っても変なことされなかったし。」
「ちょっと下品な言い方になるけど、女性の裸を見ても興奮しないんだよね。でもテレビで男性アイドルを見ても何とも思わないのは変わらないけど」
多分だが、女は肉体的に性対象として見れず、男は精神的に性対象と見れないのだろう。
もはや独身確定である(白目)
「じゃあ、もう好きに女子トイレに入っちゃえば?」
「いや、それこそ周りがどう思うか」
「周りの人から見れば優ちゃんってどう見ても女の子だよ。元男って知っているのはお姉ちゃん達、家族だけ。それに魔法で姿を変えられました、なんて誰も信じないよ。仮に誰かが他所でバラしてもその誰かが頭がおかしいと思われておしまいだと思うけど」
「そうなのかな?」
「そうだよ」
まあ、確かにこっちの世界には魔法とかないしな。他人が今の俺をみて元は180cmを超える男でした、なんて言っても信じないだろう。
「そうだ。優ちゃん。高校は決めた?前に築陵行きたいって言ってたけど?」
「実は思ったより勉強が捗らなくて変えようかなって思ってる」
「あ、そうなんだ。じゃあどこ行くの?優ちゃんの学力だと霞坂、鳴川?」
霞坂高校と、鳴川高校は共に私学の高校だ。どちらも共学で霞坂は家から比較的近く、鳴川高校は制服がない(正確には制服着用の義務がない、だが)。霞坂は3年前に滑り止めで受験したことがある。
異世界から持ってきた怪しい金塊が無事換金出来たことで学費を気にせず進学先を選べるのは良いことだ。
だが……
「その2つは滑り止めかな。貧乏性が抜けなくて第一志望は公立校にしようと思う」
「だったらさ、お姉ちゃんと一緒に第一志望を松原女子にしない?」
「え?さすがに女子校はちょっと……」
「さっきも言ったじゃん。元男とか誰も気にしないって。それに家から一番近いよ。まともに高校3年間通うなら近いって絶対に良いって!」
そうなんだよなぁ。あそこなら歩いても通えるくらい近いし、家事のことを考えると高校帰りに駅前の商店街によって買い物して帰ってくると効率的だし……
「ね、ね、一緒に行こうよ!実は私の友達、誰も松女に行かないから困ってるの。ね、お姉ちゃんを助けると思って。ね!」
あ~そっちが本音か。けど女子校はなぁ……
この時はあーだこーだ断っていた。陽菜は陽菜で「実は今年から教室に冷房がついたんだよ!」とか「悪天候でも登下校の苦労は少ないよ」等のアピールを重ねていった。
そして、およそ3ヵ月後の話だが、俺は陽菜と仲良く松原女子高校を受験し、見事合格することになる。