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11 立花家四女 立花優莉誕生

 日付は8月15日。人によっては思い入れの深いこの日だが、俺にとっては8月の中日以上の思い入れはない。


 そんな日、俺は朝から机に向かって約3年前に解いた参考書を再び解くこととなった。正確に言えば3年前の参考書ではなく、昨日買ってもらった3年前に買った参考書の本年度版だ。


 いかん。異世界にいた2年でごっそり内容を忘れてる。英語は感覚的にわかるが社会と国語が致命的にダメだ。数学は何とかなっている。理科も想像以上に覚えているが、3年前と比べれば無残もいいところだ。


 なぜ今更になって3年前の参考書で勉強しているかというと来年の2月に高校受験をもう一度するからだ。


 昨日までの3日間でおおよそ俺の今後が家族会議で決まった。俺は今後、後追いであるが日本に難民として初入国し、合わせて日本人へ帰化をする。


 年齢は現在14歳。次の12月で15歳となる。中学三年生相当だ。学力に関しては専用の試験とやらを受ければ中学卒相当であることを認めてもらえ、さらに高校受験の資格も年内、最悪年明け早々に取得可能らしい。

 12月生まれは元々で誕生日自体は変えていない。下手に変えるととっさの時に反応できないからな。名前は現在はユーリ。帰化後は優莉となる予定だ。今のうちに優莉と書き慣れておこう。書き慣れるといえば今の筆跡は女らしくないのでここはペン習字でとりあえず癖をなくすところからスタートする。


 そして高校受験。なんだかんだ言っても未だ日本は学歴社会なので学力の高い高校を目指したい。せっかくなので前回よりいい高校を目指したいが、今の俺は3年前に合格した松原高校(通称:松高)に受からない程学力が低下している。言い訳をすれば学力は低下ではなく忘れただけなので復習すれば戻るはずだ。前に通っていた松高は男子校なので今の俺には受験資格すらない。あそこ良かったんだよなあ。家から歩いても10分程度、自転車なら5分もかからないといったところだろう。ちなみに駅からは歩いて20分くらいかかる。


 さて、松高には進学できないとして、どこにいこうか。家庭の事情から公立校を第一志望とするのは必須条件だ。今年に限れば俺と陽菜が同時受験ということもあり、家計を考えればなおのこと。


 なお、同じく今年受験生の陽菜は松原女子高校(通称:松女)が第一志望だ。松女は松高の女子校版といった感じで学力も似たり寄ったり。家からは歩くと20分、自転車なら10分かからない程度か。松高とは駅の反対側に存在し、駅からの距離は歩いて女子高生の足でも10分はかからない。


 なぜ似たような学力の男子校と女子校があるのかというとおそらく時代背景だろう。松高は(確か)明治、松女は大正時代に開校している。当時は「男女七歳にして席を同じうせず」が当たり前のように存在していた古い時代だ。男と女が同じ学び舎で学ぶという概念は破廉恥、だったのだろう。松女の方が開校が確か20年程遅い。当時は女に教育などという概念がなかっただろうことを考えるとこれでも先鋭的だったのだろう。


 俺個人としては松女は受けたくない。俺にもプライドがあるので妹よりは良い高校に行きたい、ではなく女子校は流石にドン引きする。想像して欲しい。元男が性転換手術をしたとはいえ女子校に通う姿を。俺は俗にいうLGBTを差別する気はないが、分別は大切だと思う。逆に元男が女子校にいたら周りの女子高生は嫌だろう。その程度の想像はつく。


 高校生と言えば制服も重要な要素だ。何も一般女子中学生のように可愛い制服の高校に進学したい、というわけではない。


 むしろ逆。私服高校がいい。


 さて家から通えて私服の公立高校となると築陵高校か。その偏差値70手前。通学予想時間は電車、バス合わせて1時間弱。俺の三年前の偏差値が60前半だったこと、その学力が一部失われていることを考えればハードルは高いが頑張れば狙えないところでもない。どのみち俺はこの後、五ヶ月中学校に行かないわけで、その間ずっと勉強すれば現実的な高校ともいえる。


 なお、どうでもいいが、我らが四姉妹の偏差値は涼ねえが70以上、美佳ねえが50以下、俺と陽菜が60ちょいといったところだ。運動能力はこれと正反対で涼ねえが平均以下、美佳ねえが全国クラス、俺と陽菜が県大会レベルといったところ。なので涼ねえや美佳ねえが通った高校ははじめから選択肢にない。涼ねえは県下最難関の公立高校、宮園高校。美佳ねえは中学時代の活躍が認められてスポーツの名門校私立姫咲高校に学費無料で進学している。


 受験勉強とは確実に点を取れるところを取りに行くべきものだが、まだ時間がある。苦手分野に力を入れて取りこぼしを少しでも減らすべきだろう。


な~に後五ヶ月もあるんだ。慌てる時間じゃない。じっくり確実に備えればきっと桜は咲くさ。




と思っていた前の俺をぶん殴りたい。


 転換期は8月の下旬、俺が本格的に日本国籍をねつ造するために動き始めた頃の話だ。


 海路で北方から大陸に俺だけ密出国(表向きは父さん一人が出国。俺は父さん所有のでっかいスーツケースの中に入ったままで出国できた)し、大陸の空港で名目上の感動の親子再会。


一応、ユーリの設定としては

・7月上旬に母親が目の前で死に、ショックで記憶喪失

・餓死寸前のフラフラな状態で幸運なこと母親からお前の父親だという写真の人物そっくりな立花司が現れ、感動の親子初顔合わせ

・この時、ユーリが娘だとは思えず、きっと身寄りがないためについた嘘であると立花司は判断し、多少のお金と一回のディナーと引き換えにユーリの毛髪を入手

・長女が遺伝子学を専攻しているしていることを思い出し、先に手紙に俺の毛髪を同梱し、娘にDNA鑑定を依頼

・長女は渋々引き受けると多分親子であること言うことが判明

・慌てて本物の専門機関に依頼するとこちらでも血縁関係ありと判定

これにより立花司はユーリを引き取るべく9月に再び大陸に赴いた、というものである。


 この設定だと父さんが屑人間過ぎて笑えない。現地妻が残した娘を「俺は知らね」としらを切るつもりが遺伝子学の前に敗北、慌てて親子関係を認めるとかどんだけだよ。本当にごめん。俺のためにこんなくだらない汚名を着るなんて。


 それと、最初の日本からの出国審査緩すぎだろ、と思ったがこちらは父さんの顔なじみが出国審査員だったから辛うじて出来たらしい。父さんはよく海路で出国することも多く、あほみたいにたくさんスタンプが押してあるパスポートを見ると一々荷物の1個1個まで確認するのが面倒なんだろう。信頼を逆手に取った犯罪だな。こっちでもごめん。父さん。


 とまあここまでは順調だった。ここから先が大変だった。

 予め根回しをしていたとはいえ、ユーリなる人物は戸籍上どこの国にも存在せず、そんな奴を帰化させていいのか、そもそも日本に入国させていいのか、ということで大問題になった。

具体的には俺は丸二ヶ月入国管理施設だが、難民支援所だかに監禁されてた。そう、監禁である。施設外に出るのは禁止だし、中には碌に娯楽もない。入国前にあらかじめDNA検査で親子であることを証明しているのだが、もう一度DNA証明をさせられたしで大変だった。

 やることがなく、施設は家から離れた場所にあり、差し入れもなかなかしてもらえず、施設の人にもらった日本語の勉強本(字の癖をつぶすのが目的)でひたすら書き取りをする日々。ようやく解放されたのが 11月になってから。受験生の貴重な9月と10月を丸々つぶしたことになる。唯一の救いは俺の癖字を修正できたところか。


 そんなわけで二ヶ月ぶりの我が家に到着。帰ってくるなり第一声が

「お勤めご苦労様」

だったのでブルーになった。俺はヤクザかい。ちなみにこの日は家族が増えるってことで特別に大学から許可をもらって美佳ねえも家に帰ってきている。


「まぁまぁ。悠もこれで晴れて日本国籍を得られたわけだし、これでよかったね。」

「あ~その辺なんだけど、未だに俺って外国籍なんだよ。ちなみに戸籍上の名前はユーリ改め、ユーリ・タチバナで外国籍。親子関係はもう認められた」

「本当はこの辺全部まとめて一緒に出来るんだが、それだと在留許可に時間がかかってな。まず人道的立場にたって、親子承認と日本入国というか日本での生活を先行して認めてもらった、という状態だ。この後、順次手続きはしてるが、悠司が……あ、いや優莉が日本国籍を得れるのが多分年末、遅くて年明け早々。戸籍上の名前が立花優莉になるのもそのタイミングだな。ちなみに日本国籍を得ても20歳になるまでは二重国籍だぞ。」

「それって、20歳前に選択できないの?あと、『優莉』ねえ……」

「そう、もうあなたは悠司じゃなくて優莉なのよ。……まあ私達も間違えそうだけどそこは慣れていかないと」

「うへ~い。」

「悠、じゃなかった優。女の子はそんな言葉使いをしない」

「は~い。美佳ねえ」

あそこで素直に従っておかないと面倒になる奴だ。これは仕方ない。

だが、もっと面倒な奴が控えていた。

「そうだね。ユウちゃん。ところで日本国籍をまだ持っていないユウちゃんはこれが読める?」

陽菜はニコニコ顔で俺の前に1枚の紙きれを出してきた。紙切れには住所謄本と書かれている。指をさしている箇所には……

「立花陽菜って書いてあるな」

「その横にはなんて書いてある?」

「三女」

「すごいね。さすがユウ、じゃない優ちゃん!じゃあさ、立花陽菜って誰の事?」

言いたいことはわかった。これはすごく面倒な奴だ。目の前にはニコニコ顔の陽菜。視線をちょっとずらすと苦笑する父と姉×2。

俺はため息をつきつつ、「ん」と目の前の陽菜を指さす。

「そうだね。立花陽菜って私のことだね。じゃあさ、私の下の欄にはなんて書いてある?」

「ユーリ・タチバナ」

「優ちゃんはすごいね!日本語がペラペラだ!知ってると思うけど、ユーリ・タチバナって優ちゃんのことだよ!で、これが一番大切なんだけど、これはなんて読むのかな?」

陽菜はユーリ・タチバナの右の欄、三女と書かれた欄の下の欄を指さす。

「四女」

「優ちゃんすごいすごい!大正解!じゃあさ、四女の意味ってわかるかな?」

「姉妹のうち、4番目に生まれた女の子のこと。」

「うんうん。すごいすごい。正解だよ!つまり優ちゃんは4番目に生まれた女の子なんだよ。それで私が三女。三女の意味ってわかる?」

「姉妹のうち、3番目に生まれた女の子のこと。」

「そうそう。私は3番目に生まれた女の子。優ちゃんは4番目に生まれた女の子。知ってる?同じ親から早くに生まれた女の子を遅く生まれた女の子はお姉ちゃんって呼ぶんだよ。ここまで言えばわかるよね。私のことは今後なんて呼べばいいのかな?」

「陽菜」

「ん?よく聞こえないなあ?もう一回言ってほしいなあ。この公的文書になんて書かれているか、考えてから言ってほしいなあ」

相変わらず苦笑中の父と姉。もうため息しか出ない。

「陽ねえ」

「そう!そうだよ!私は陽ねえ!陽ねえだからね!」

何がそんなにうれしいのか、俺に抱きつき、猫かわいがり状態で俺に過剰なスキンシップをする陽菜。

「陽菜。何がそんなにうれしいんだ?てか元男にそんな頬ずりして楽しいのか?」

「ん?お姉ちゃんのことを呼び捨てにしちゃう生意気な口はこれかな?」

今度は人の両頬を引っ張る陽菜。マジか。これいつまで続くんだろう。

「優莉。多分今後のことを考えると折れた方がいいわよ」

「ねえ優ちゃん。もう一回チャンスをあげるね。私のことはなんて呼べばいいの?」

 ようやく頬から手を離した陽菜。まあ今後、涼ねえや美佳ねえだけを姉呼びして陽菜だけ呼び捨ては周りから見れば変に映るだろう。同学年とはいえ、俺の方が背が低く童顔。年下にしか見えまい。

「ごめんなさい。陽ねえ」

「うん!ちゃんと謝れるなんて偉いね!お姉ちゃん、許しちゃう!」

 再び猫かわいがり状態の陽菜。これいつまで続くんだろ?

 いや待てよ。そういえば俺も(今でこそ諦めたが)小学生の頃に弟が欲しかった。

うちは圧倒的女尊男卑。俺は味方が欲しかった。出来ればいうことのきく素直な弟だ。まあ、この素直な弟って存在は現実の妹を考えればこの世の中に存在するはずはないから諦められたものだ。陽菜もちょっと違うかもしれないが、自分の言うことをきく格下の存在が欲しかったのかもしれない。実際陽菜の方が女としての経験値は長いわけだし、ちょっとくらい妹のわがままに付き合うのも兄貴も面倒見の範囲だろう。

「陽菜。これからは陽菜もお姉ちゃんなんだ。今までみたいに家族で買い物に行ったら荷物が一番軽かったり、家事の負担が一番軽かったりじゃないのはわかるよね?」

「わ、わかってるよ」

「いままで電球交換とか高いところでの作業は全部悠司任せだったけど、今後高所作業の優先度は背の低い優莉が一番低いわ。家にいる頻度を考えれば陽菜が率先してやるのよ?わかってる?」

「わ、わかってるもん。私お姉ちゃんだもん」

「陽ねえ。これからよろしくお願いします」

「!!うんうん!よろしくね!大丈夫!私は優ちゃんのお姉ちゃんだもん!これからたくさんよろしくするからね!」

 この後の陽菜のはしゃぎぶりには困ったものだった。

 風呂には一緒に入ると言ってきかないし、入ったら代わりに洗ってあげるといってきかず、寝る時も一緒に寝ようと聞かず……


 あのな、俺は等身大着せ替え人形じゃないんだぞ、と心の中で突っ込みつつ、陽菜のこの異常なテンションも1週間もすれば飽きるだろう、

その間だけの辛抱だ、と高をくくっていた。


 結論から言えば異常な猫かわいがり状態は思いのほか長く一か月間、ずっとこのありさまだった。

が、末妹扱いは今後ずっと続くと知るのはこの時より遥か未来の話である。

日本国籍取得についてはお話だから、で笑って見過ごしてください。実際はこうはいかないでしょう。

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