10 魔法の正体
「まず、俺の手がちょっと光ったのはあっちの世界で魔法と言われているものだ。で、みんなも使える可能性がある」
あの後、すっかり日が落ちた公園で長話をする理由がないということで一度家に帰ることとなった。第一、あの時の俺は汗だくなわけであのままというのはちょっと憚られる。
……おかしいな。なぜ汗だくなのを気にするのだろう。あれか、夏とはいえ汗が冷えれば寒くなって風邪をひくからだな。これもあっちの世界の癖か。そういえばあっちの世界では俺は日常的に健康に気をつけていた気がする。医療がろくに発達していない向こうの世界では下手をすればインフルエンザ的な病気でも死ぬわけだし。うん。きっとそういうことだろう。
というわけでなにやらうるさい涼ねえ達を話は帰ってからとなだめすかし、着替えやらを済ませたところで先ほどの一言だ。
「みんなも使える、ではなく使える可能性があるとはどうして?」
「それを説明するために、まず魔法と闘気について説明しなくちゃならない。まず、魔法ってのは火を出したり、傷を回復させたり、風を起こしたり、とにかく何でも起こせる不思議現象だ」
「何かしらの制限やルールはなかったの?」
「もちろんあった。けどいったん割愛する。続いて闘気だ。こちらは魔法と比べれば地味だけど、身体能力強化が出来る。」
「身体能力強化ってどこまでできたの?」
「俺の知る限りって制限をつけても垂直飛びで20mくらい飛べたり、刃物で刺されても傷一つつかなかったり、火炎魔法で焼かれても火傷をしなかったりだな」
「つまり単純に筋力を増強するだけではなくて、体を保護する鎧のような効果もあったということね」
「その認識でいい。で、実は闘気も魔法も同じ力で発現する」
「え~~~!!!」「「???」」
あ、反応が分かれた。ゲームを嗜む陽菜は驚き、ゲームをやらない涼ねえと美佳ねえは何言ってんだって顔をしている。
ちなみに俺も前者だった。というか、ずっと闘気と魔法には関係性がないと考えていた。いやさ、ゲームでも戦士と魔法使いってリソースが違うじゃん。鍛えるべき能力値も片や筋力、片や知力って感じで違うわけだし。だから、どうして魔法が使えるのか、っていうのを解析するのに時間が…いや、今はその話をするべきではないな。
「で、さっき言った同じ力の正体だけど、たぶんこれは功夫でいうところの気だ。さらに言うと内気功と外気功があった。あ、内気功っていうのは体の内側にある気のことで有限、外気功っていうのは森羅万象全てにある気で実質無限の気だと思っていい。」
功夫の専門家が聞いたら激怒しそうな内容だが、俺の気に対する理解なんてこんなものだ。そもそも気に関して調べたのは俗にいう中二病を中学時代に患った際に中国拳法のことをちょっとだけ調べてその気になったのが……いやその話はやめよう。俺がつらい。
「ただし、この世界で魔法を使おうとするととても大変だ。前にも言ったようにこの世界には魔力がない。さっき外気功は無限といったけど、それはあっちの世界での話。こっちの世界では有限どころかほぼないといっていい。内気功は体の内にあるものだけど、これだけだと希薄過ぎて魔法としては使い物にならない」
多分だけど気は動植物にしか宿らない。だから人工物だらけのこっちの世界では外気功が使えない。向こうの世界でも砂漠とかだと魔法の力が弱くなったしな。もっとも世界樹のおかげで向こうは砂漠でもこちらの世界よりずっと気に満ち溢れていたけど。
「外気功はなくて、内気功も使い物にならないなら意味ないじゃん」
「陽菜、それは違うわ。悠司、こう言いたいんでしょ。『使い物にならないと思った内気功だけ、使えないわけじゃなかった』」
「涼ねえ正解。多分だけど、昼間の体力測定で俺がすごかったのは多分無意識に内気功で闘気を使っていたからだと思う」
「悠。その闘気っていうのは自分の意志でオンオフを切り替えられるのかい?」
「多分無理だと思う。なんていうのかな、一度補助輪無しで自転車に乗れると逆に補助輪がないと乗れない感覚を思い出せないのと一緒に近い」
「ユウちゃん。私達もその内気功ってつかえるの?」
「多分全人類が使えると思う。というか昔の功夫の達人は本当に使えたんだと思う。だから内気功だとか外気功だとかの概念があるんだと思う」
「けど悠。現実問題『気』なんて使える人はほとんどいないよ?使えるなら今頃みんな使えるようになってるんじゃないの?」
「その『気』ってのはすごく実感しにくい物なんだよ。あっちの世界だとそこら中に魔力……言語を統一しよう、『気』で満ち溢れていて呼吸するたびに体の中に入ってくるのを感じた」
正確には大気に気が満ちていると理解したうえでこちらの世界との違いを意識すると何かが体の中に入ってくるのをようやく感じる、程度なのでそうたやすいものではない。
「で、その体の中に入った『気』がどこに集まるのか、答えが丹田だ。そこからどんな風に『気』が動いて闘気になるのか、これは膨大な量の『気』で流れがわかっているからこそ実感できるけど、微弱な内気功だけで『気』の動きを感じるのは無理じゃないかな。少なくともこの世界では感じなかった。そもそも丹田に気が集まることすら実感できないと思うよ」
これも正確には、丹田に『気』が集まることを実感できたのは俺がこの世界の住人だからだ。そこら中に『気』が満ち溢れているのが当然の世界で生まれた異世界の住人はそれが当たり前すぎて呼吸のたびに体内に入ってくる『気』を感じることが(訓練しない限り)出来なかった。
「つまり、私達だってその『気』とやらを集めて使えれば悠みたいに魔法を使えるってこと?」
「そう。可能性って世界では使えると思っている」
「よーし。それじゃさっそく私達も特訓し」
「私はやらないわよ。無理だって証明されているもの」
「え~涼ねえらしくないよ。やる前から諦めるなんておかしいよ。」
「さっき美佳が言っていたでしょ。『使えるなら今頃みんな使えるようになってる』って。でも現実はそうではない。だからすでに使えないことが証明されているのよ。ひょっとしたら莫大な時間をかければ使えるようになるかもしれないけど、それで出来ることって精々『ちょっと運動能力がすごい』くらいか『豆電球程度の光を一瞬だせる』程度でしょ。努力の割に合わないわ」
「俺も涼ねえの意見に賛成だよ。昔の功夫の達人が莫大な時間をかけてようやく会得したものなんだから早々使えるようにはならないと思うよ」
そもそも俺の仮説があっている保証もない。誰かが俺の仮説を証明してくれてたらとは思うが、この世界で気とか魔法とか話せば痛い妄想家としか思われないだろう。
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残念ながら魔法は使えない。そんな夢のない話を夕食前に姉妹にし、夕食中に俺に日本国籍を取得させるために今日も東奔西走してきた父にも伝え、父にも夢がないと嘆かれつつ平和な夕食は終わった。
その後、女子教育に熱心な美佳ねえと一緒に風呂に入り、(今日の体力測定というか内気功に興味津々なのだろう。無駄かもしれないと前置きをしたうえで、闘気についての講座もした。)さて就寝。今日は動いたし良く寝れそうだ。
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良く寝れると思ったが不快感から真夜中に起きた。やれやれ億劫だ。
「あら?起きたの?」
「ん。なんとなくな。こっちこそ起こしたか?」
「いいえ。私はこれから寝るところよ。」
「夜更かしは美容の大敵らしいぞ。」
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「随分と冷静ね。初めてよね?」
「初めてだよ。まあこんなもんだろ。」
「そんなことないわよ。美佳は最初泣いちゃったし、陽菜も真っ青な顔で私に相談してきたもの。」
「涼ねえは?」
「私だけお母さんに相談できたわね。もちろん慌てたわよ。だからその落ち着きぶりがね。」
「涼ねえ達はいつ来るかわからないって状態だったんだろ。俺は近々来るってわかっているから覚悟もできる。ついでに出血って意味ならこれ以上を異世界で経験済みだ」
「下着は?」
「無事。パジャマ、シーツも含めて汚れてない。昨日……日付がもう変わったから一昨日か。美佳ねえから絶対来るからって一昨日の夜から寝る時だけはでかいのをつけてたのが助かった。」
「つらくない?」
「別に。つらくないから痛め止めはいらないな」
「そこまで対処されるとお姉ちゃんの出番がないわね。」
「いや、一個教えてくれ。正直、想像よりずっと軽い。みんなこんなもんか?」
「それは個人差があるから何とも言えないわね。ただ、私も美佳も陽菜も世間一般よりは症状が軽いみたいよ。もちろん重い日もあるけど。」
「んなもんか。ビビッて損した。じゃ、お休み。」
「あ、待って悠司。明日の料理当番は私なんだけど、お赤飯は朝昼晩のいつにしてほしい?」
「頼むから赤飯以外でお願いします。」
2018/7/30 改行位置を修正しました。