09 体を動かしたらとんでもないことが判明した
現在日付は8月14日、時刻は午前10時ジャスト。午前中とはいえ8月真ん中の外はじっとしていても汗が玉になるくらい暑い。
その暑い中、俺達四姉妹(どうでもいいことだが、俺が男だった時から四兄弟ではなく四姉妹の呼称を俺達は使っていた。俺の場合は使わされていた、だが)は近くの運動公園に来ていた。
なんでこんなところに来たのかっていうとそりゃ運動するためだ。
なんでも一週間前、つまり俺が日本に帰ってくる前から本格的な受験生の夏休みに入って運動をしなくなった陽菜と中学校時代から運動部とは無縁で、大学に入ってからは体育の授業がなくなったのでさらに体を動かすことのなくなった涼ねえのために運動をする機会を主犯美佳ねえ、共犯陽菜、犠牲者涼ねえで設けたそうだ。
俺はというと本音ベースで言えば運動どころか外に出ない方がいい。
父さんは俺に偽造の日本国籍を作るために今日も朝から色々動いていた(休暇中に悪い、父さん)。
父さんの作り上げている設定によれば俺は今月末に初めて日本に入国する設定らしい。入管とかどうするんだとか思っていると、そこは何とかなるらしい。本当かよ。
だから、その設定を活かすためにも今の俺は周りに認知されない方が圧倒的にいい。
黒髪黒目ではない俺の容姿は目立つのでしばらくは家の中でじっとしているべきだ。
しかしだ、10日以上家でじっとしているのももったいないし、第一ショッピングセンターに一度出ている。
こんな太陽も溶けそうなほど暑い日にわざわざ外で運動しようなんて酔狂な連中はまずいないから目立ちようがない。
ついでにこの前買ったスポーツウェアだって箪笥の肥やしにするのは勿体ない。
だから悠司も参加しなさい、あなただけ逃げるなんて許されないわよ。
という長女からの要請に三子が逆らえるはずもなく、当然の如く強制参加と相成った。
「でさ、運動って何をやるのさ」
ちなみにこの運動公園、結構ひろい。土地が余っていたころに計画的に作られたものらしく、
池というか沼の周りの走るランニングコース(おおよそ一周1キロ)、サッカーができるくらい広い広場、小規模なアスレチックコースに園内には市営の体育館&室内プール&テニスコートまでついている。これだけ揃って入園料はなし(まあ普通は車で来るだろうから駐車料金は取られるけどな)。体育館、室内プール、テニスコートは別途良心的な利用料金が取られるくらいだ。
「準備体操後、柔軟、ユース仕込みの体幹運動、最後は軽くランニングコースを複数周して整理運動。それで、お昼前ってところかな。今日は暑いから適宜水分休憩を入れるけど。」
軽く言う美佳ねえに対し、
「それはちっとも軽くないわよ」と絶望顔の涼ねえ
「久々だから体が動くかな」と言いつつも余裕そうな陽菜。
俺?この体かつこの世界での運動は初めてだから余裕なのかはわからない。
あっちの世界だと最後の方は無意識に大気中の魔力で身体能力強化(逆に無意識にできないようでは不意打ちを食らった際に死んでた)をしていたから今の俺の素の体力ってのは全く読めん。
まあ、あっちの世界と違って例えば時速50キロ超で走ったり、垂直飛びで屋根を飛び越したりは出来ないのは確定だろう。
準備運動を開始してすぐ、俺は自分の体が今までと違うことを感じだ。
「おぉ。すげえ。体が柔らかくなってる。」
向こうの世界で女になってからは柔軟運動をしなかった。この体で初めて行う開脚は男の時と明らかに広げられる角度が異なってる。こりゃスゴイ。
「悠。感動しているところ悪いけど、それ当然。男と女とでは骨盤の作りが違って女の方が関節部に遊びが大きいから柔らかく見えるだけだよ。実際に体というか筋肉に柔軟性があるかどうかは別問題だからね」
……美佳ねえ。身もふたもない助言をありがとう。
しっかしまとめたとはいえ髪の毛がさっきから邪魔だな。動くたびにチクチク気になる。
~~20分後~~
「で、さっき、久々に、体を動かす、って言ってたけど」
「そうだよ。私、7月の頭に、負けちゃって、部活引退、だからね」
「部活って、テニス部?」
「うん。最後まで、弱小で、県大会、2回戦、敗退」
俺と陽菜はペアになって、絶賛背中合わせ中。確か担ぎあいっていうだっけ?お互いを背負うたびに会話が切れる。
どうやら陽菜は中学1年の時に入ったテニス部を最後までやったらしい。7月に県大会ってことは5~6月の地区予選は勝ち上がったってことか。普通の県立中学で中学からテニスを始めた素人が2年でそこまで行ったのはすごいのではないか。それに陽菜の努力が担ぎあいからも感じる。
「いや、お前頑張った、んだろ。努力の背中が、すごく広い」
「えいっ!」
俺は間違いなく褒めたはずなのになぜか陽菜に思い切り背負われた。
ちなみにさっきからふぎゃだの、無理だの、ぐぇだのといった喚き声とそれの喚き声の主を励ます相方の声もずっと聞こえる。
~~さらに20分後~~
次の運動で柔軟運動は終わりだそうだ。さすが美佳ねえ。ユースに選ばれた際に、様々な体の動かし方を習っているのだろう。さらに言えば俺たち向けに運動強度も考えているとみた。全身くまなく軽く動かした実感がわいたところで水分休憩だ。
しっかし・・・
「あっつい。この髪、切っちゃダメかね」
俺の髪は結構長い。そのまま降ろせば腰に髪が届くくらいに長い。今は(涼ねえの手によって)三つ編み一つ束ねにしているので広がりはしないが、男時代と比べて首周りが特に暑苦しい。
「ダメだよ。そんなにきれいなのに切ったらもったいない!」
いや、お前は耳よりちょいした程度のボブヘアだからわからんだろうが、本当にうっとおしいんだぞ?
「悠はいいよね。まっすぐできれいな髪だし。私なんて伸ばすと髪に癖が出ちゃうし、大学にスポーツ推薦で入学している以上、髪は伸ばせないからね。」
本当に羨ましそうにいう美佳ねえ。いや俺こそ美佳ねえのベリーショートが羨ましい。
「暑いのはわかるけど、目立つから少なくとも日本国籍を取るまでは美容院はダメね。」
肩より気持ち下までの伸ばしたセミロングを後ろで一本結びにしてる涼ねえだって暑いのわかってくれるだろ。
切らせてくれよ。というか俺美容院確定なの?床屋じゃダメ?美容院って何話せばいいのさ?
「ユウちゃん。床屋さんとかありえないから」
「ちゃんとカットしてくれる床屋もあるのは知ってるよ。技術的言えば床屋と美容院というか理容師と美容師の違いは髭を剃れるかどうかの違いだからむしろ理容師の方が優れているといえるしね」
「悠司の言っている床屋って所謂1000円カットでしょ。技術力を軽視はしないわ。むしろ効率的に髪を整える技量は素晴らしいとさえ思っている。でもね、女性にとって髪は切っておしまいじゃないの。」
給水時間中、こんな調子でずっとダメ出しされ続けた。
~~さらに30分後~~
「は~い。これで体幹運動はおしまい。中には部屋で出来るものもあったよね。
そういうのは一人で短時間でも出来るから、体を鍛えたければ生活に取り入れてほしい。
基礎代謝も上がるからダイエットにも効果的だよ」
美佳ねえ直伝の体幹運動は全身ずっしりと疲れた。俺達4人は文字通り汗だくだ。
……あれだ。なぜレディースのウェアがメンズに比べて生地がぶ厚かったり、袖口が狭かったりするのが良くわかるな。
男だったら首元をバタバタさせてるところだけど、なんとなくはしたない気がして持ってきたタオルで汗を拭くことにする。
頭から蛇口に突っ込んで水浴びしたら気持ちいいんだろうけど、この髪じゃ乾かすのが面倒だ。やらんほうがいいだろう。
「悠はまだまだ余裕そうだね」
さてどうやって涼をとろうかと思案していると美佳ねえが話しかけてきた。確かに俺が汗だくなのは運動ではなく暑さによるものだろう。
「まあ余力はあるよ。最悪涼ねえ以下の体力だと思ったんだけどな」
「体格を考えればそれが妥当なはずなんだけどね」
実際のところ、俺の体力は涼ねえどころか陽菜も上回っているだろう。美佳ねえクラスかもしれない。
「案外そうかもね。悠はずっと手を抜いているわけじゃないけど、特に最初の方とか余力を残して運動してたでしょ?」
「あ~それは誤解だ。ずっと違和感が拭えなくてうまく体を動かせなかった。俺は異世界じゃ、女になった後でも100mを軽々5秒以内で20本とか走れてたから、なんていうかイメージより遅い動きしかできない自分に戸惑ってギクシャク動いていたのがそう見えたのかも。後半になるにつれてコツというか、妥協点が見えてきたというか・・・」
「そりゃ凄いね。ね、じゃあ最後は本気で走ってみない?コツはつかめたんでしょ?」
休憩の後はランニングコースを個人で20分走(ノルマ付き)らしい。曰く足の遅い涼ねえでもキロ7分なら余裕だそうだ。
ちなみにキロ7分で3周と聞いた時の涼ねえの顔はいっそギャグだった。
俺はよくわからんが「アスリートと一般人を一緒にするな」と涼ねえは嘆いていた。美佳ねえは“軽く走って”5周するらしい。涼ねえの倍近い速度で走る計算だ。陽菜は間を取って4周がノルマらしい。
さて俺の場合は……
「悠はさ、とりあえず1周全力で走ってみなよ。記録を取ってあげるからさ。」
ストップウォッチの代わりにスマホを取り出す美佳ねえ。休憩時間はもう少し残っているが、今のままでは俺のノルマが立てられないらしい。先に走って実力を見たいそうだ。
俺としてもどの程度運動ができるのか把握するのは良いことだろう。
ちなみにこの運動公園のランニングコースは1周1060m。中途半端な60mは沼の大きさが関係するので仕方ない。
しかし、スタート地点から200mごとに1000mまで印はついているので1キロのタイムなら測れる。
美佳ねえが軽く走って20分で5周するといっている以上、1000mを4分以内で走れば速い方なのだろう。
屈伸して軽くジャンプを数回。準備が出来た旨を伝えてよーいスタート。
走り始めてすぐに思った。ダメだこりゃ。全然遅い。多少の違和感はこの1時間で消えたつもりだったが、本格的に動くとイメージと実際の動きが違いすぎる。闘気に頼らないと俺はこんなもんだったのか……
内心失望しつつ気がついたらゴールだ。結構かかったはず。だというのに美佳ねえは驚愕の表情をしている。
どうしたんだ?
「1000mの記録、3分23秒……」
すまん。それってどれくらいすごいんだ?
「えっと、女子中高生って限定するなら県大会上位クラスってところかな。一番になるほど速くはないけど」
「でも悠司は息をほとんど切らしていないわ」
「2年間でついた癖かな。ほら切った張ったの世界で余力も残さず全力疾走の機会なんてまずないし……」
正確に言えば余力も残さず全力疾走する機会=敗北の時だ。そんな機会は作らないように俺は慎重に戦っていたし、ヤバそうなときは余力があるうちに撤退したものだ。
「悠。今度はさ、息を切らすくらい全力で走ってみてよ」
俺も興味がある。この世界で俺はどのくらい動けるんだ?幸いこのクソ暑い中、運動公園で運動しようなんてバカは俺達だけらしく、今なら多少目立つマネをしてもいいだろう。
俺は息を整える。今度は全力だ。イメージとのずれはぬぐえないが今度は諦めず最後まで手を抜かない。
・
・
・
「……すごい。記録、2分58秒。1キロを3分以内で走れる女子なんてまずいないよ!」
「ユウちゃん、すご~い!これなら陸上で全国大会に出れるよ!」
「美佳ねえ。ちょっと脚を触らせて」
歓声を上げる美佳ねえと陽菜をよそに、俺は沸き上がった疑問を解決するために美佳ねえが了承をする前から美佳ねえのふくらはぎや太ももを触って揉んでみた。
ふむ。柔らかく、すべすべだ。だが、その下に確かに鍛えた筋肉の固さを感じる。
どうでもいいが、男の時にこれをやったらぶっ飛ばれてたな。
続けて俺の脚。
う~む。やっこいだけの脚だ。触って揉んだ感じはどう考えても美佳ねえの方がアスリートの脚だ。
これはつまり……
「悠司。全てを検証したわけではないけど、確認できた範囲ではあなたは遺伝的には私達と同じ生物に分類できるものだったわ」
俺の疑問を口に出す前に否定する涼ねえ。
俺は人間ではなく、別の生物という仮説は間違いで他の要因で俺は速く走れたということか。
……
ケンショウシナキャ
「涼ねえ!」
「まずはホームセンターで道具をそろえましょう。差し当たって必要なのはメジャー、ゴム紐、ストップウォッチね」
「そうだな。それがあれば100m走、幅跳び、高跳びもなんとかできるか。あ、俺が中学の時に使ってたハンドボールはまだ残ってる?」
「家に帰ればあると思うけど、大きさや重さが公的に定められたものと同じ保証はできないわね」
「そこは大丈夫。中学生は男女問わず一律2号の大きさが公式のサイズだ。体力測定でつかうボールも2号だから問題ない。」
「なんで涼ねえと悠はそんなに盛り上がってるのさ」
「これがどうして盛り上がらないのさ。目の前に不思議が転がってるんだよ」
「今の悠司がこれだけ速く走れるのは不思議なのはわかるわよね?だとしたらその原因は何?秀でているのは走力だけなの?ほら、不思議じゃない」
「美佳ねえ。諦めなよ。二人とも自分たちの世界に入っちゃってるよ。」
今一理解してくれない美佳ねえ達だが、俺達の熱意は理解してくれたようで運動はいったん中止。本当ならば今すぐにでも体力測定をしたいところだが、美佳ねえから
「午後になれば本格的に暑くなる。熱中症の危険性があるからダメ」
と至極真っ当なアドバイスをもらったのでいったん帰宅。
昼食後、涼ねえ達だけで(今更だが、俺は人目に触れない方がいいだろうということになっている)ホームセンターであれこれ買い込み、夕方になるまで自宅待機。
少しは暑さがマシになったところで再度運動公園に行き、体力測定を開始。すると・・・
~懸垂~
「悠。懸垂はもういいや。女の子で10回以上懸垂できる子なんてまずいないし、まだまだ先は長いからね」
15回を超えてもまだ余裕の表情を浮かべる俺に美佳ねえが中止を宣言した。
~ハンドボール投げ~
「記録えっと40.1m。女子高生の全国記録並みだね。」
「あ、いっておくと女子高生の全国平均は14mくらいだからすごい記録、っていうのは認識しておいて」
40mも女子で投げれる奴がいるのか。逆に感心するわ。
~走幅跳~
「あ、惜しい、6m98。あともうちょっとで7mだったのに…」
「そういわれるとチャレンジしたくなるな。陽菜。もう一回飛ぶから測ってくれ」
「それよりもそんなに飛ぶなら踏切はもっと砂場から離れたところがいいわね」
ちなみに、この後3回飛んでも7mどころか6m90も超えられなかった。なお、7m弱という記録は女子日本記録だが、女子世界記録ではない。
~走高跳~
「う~ん。ここまでは日本記録並みを連発してたけど、これは不調だね」
「そもそも背面飛びが俺は出来ないからなぁ」
それでも自分の身長を超える150cmを飛んでいるのだから誉めてほしい
~100m走~
「12秒ジャスト。やっぱりすごい記録が出たね」
12秒の壁と超えたかったんだが、この後5回チャレンジしても超えられず。
その後も様々な体力測定をしてみた結果、今の俺の身体能力は
『(女子としては)超高校級、種目によっては日本記録並み。世界記録には及ばない』
程度であることが判明した。
「つまり走力が優れているわけではなく、身体能力全体が優れているということね」
「こうなるとさ、反射神経とか、聴力とか、視力とかも測定したくなるよね」
「視力ならなんとか測定できるんじゃないかな」
最初は乗り気でなかった美佳ねえや陽菜も途中からはやる気になってくれた。まずは身体能力が優れていると証明されたわけだ。これが何に依存するのか。やはり筋肉の構造が違うのか、という検討に涼ねえ達は移っているが、俺は別の仮説を立て、実践してみる。
「ふぅ~、すぅ~」
深呼吸をし、へその下、丹田に集中する。
4日前に魔法を使おうとしたら失敗した。
だから魔法はこの世界じゃ使えない。
この仮説が間違っていたとしたら?
俺が異世界で魔法と定義していたもので効果が発動しないパターンは主に2つ
1.具体的なイメージが出来ていない場合
2.発現する事象に対し、使用する魔力が足りない場合
この世界の魔力が希薄だ。向こうの世界で最初級の光源ですら発動しない。だから魔法は使えない。
違うかもしれない。
この世界は光源すら発動できないくらい魔力が希薄なのだとしたら?
「ユウちゃん、さっきから深呼吸して何やってんの?」
「集え魔力よ光源」
4日前失敗した魔法と同じ魔法。だが今回は発現イメージが違う。あの時は暗がりで本を読める程度の明かりが10分程度は出現し続けるイメージをもって魔法の行使をしたが、今回は豆電球程度の明かりを一瞬。これならどうだ。
「「「!!!!」」」
お~こっちを見てた3人が驚いた。
ついでに俺も驚いた。
確かに魔法は使えた。もっともこれじゃショボすぎてかくし芸にもならないだろうけどね。
2018/7/30 改行位置を修正しました。