01 元英雄 日本に帰ってくる
初投稿です。至らぬ点があれば指摘願います。
「ユージさん。選んでください。ご自身の世界に戻るか、それとも私達の世界に留まるか。」
目の前の少年は本当にすまなそうな表情でそう告げた。
レティーナ。お前もいきなり男になって大変だろうが、仕草は男っぽくした方がいいぞ。正直かっこ悪い。
まあ、俺は俺で見た目は女なのに男の言動なので相当おかしく見えるらしいがな。
魔王を討ってはや20日。世界は混乱と困惑に包まれていた。
奴が死の間際に世界樹を枯らしたのが原因だ。
全ての魔力と生命の根幹ともいわれる世界樹の崩壊は世界のあらゆる事象に影響した。気候や動植物の動きはこれまでにない不規則なものに変わってしまい、魔力も激しく乱れている。幸い、今はたまたま安定しているが、明日もそうである保証はない。むしろあの日以来、全体を考えれば少しずつ悪化しているくらいだ。
異世界転送には魔力の安定が必須で、それを確実にするためには、辛うじて前の世界樹の力が残っている今か、それとも新しい世界樹の苗木が世界を支えられるまでに成長した後だ。
そして苗木が成長するのに必要な時間は文献によれば少なくともン十年単位時間が必要。さすがにそれはできまい。周囲には何の説明もせずに2年超もこっちにいることになっている。
俺は帰ることを選択した。
「ユージ。ごめんなさい。貴方を無事に帰すと約束したにもかかわらずこんなー」
2年前の魔王軍王都襲撃の際に父王を無くし、以来女王としてこの国を支えた元王女が俺に頭を下げた。
「いいんですよ。こちらこそ2年間お世話になりました」
「私は貴方こそが真の英雄だと思っています。例え今日で最後の別れだとしても私は貴方への感謝を忘れません」
こうして俺は異世界の世話になった人への別れの挨拶もそこそこに、別れの挨拶すらできなかった故郷へ帰ることができた。
~~~
徐々に明瞭になる五感。それに伴い、確かに伝わるじっとりとした懐かしい暑さ。間違いない。これは日本の夏だ。
身体が変わっても変わらぬ蒸し暑さに男でも女でも五感だけに感覚も互換なんだなと寒いギャグまで思いつく始末。
ふと備え付けのデジタル時計を見ると日付は8月10日。俺が向こうの世界に行ったのは2年前の6月最初の日曜日。俺は26か月ぶりにこっちの世界に戻ってきたのか。
さてこっからみんなにどう説明しようかと思ったところで、ノックもせずにいきなり部屋に入ってきた妹と目があった。
我が妹 陽菜
本名 立花陽菜
2年前の春に中学生になり、今は中学3年生のはずだ。びっくりするくらいきれいになっている。随分成長したようだ。
「よう。ひさー」
「キャー!!!!!!」
俺の呼びかけを遮って陽菜は悲鳴を上げた。
ひでえな、と思いつつ相手からすれば見知らぬ女がいきなり自宅にいるわけだ。そりゃ驚く。
「美佳ねえ!美佳ねえ!」
「待ってくれ。脅かして悪い。話を聞いてくれ。こんななりだが、俺は悠司なんだよ」
大慌てで部屋を出ていこうとする陽菜の腕をつかんで必死の懇願。
「はっ!嘘でももっとましなのがあるでしょ!悠にいはあんたみたいのじゃない!」
こちらにかける言葉は困惑よりも怒りの音色が強い。
「どうした!陽菜!」
「「美佳ねえ!」」
我が姉その2 美佳ねえ
本名 立花美佳
高校時代にバレーボールでインターハイ出場。全国でも屈指の名選手だったらしく、全日本女子ユースに呼ばれたこともある。本人曰く、「でも全日本では補欠にもひっかからないよ」とのことだがそもそも普通はユースの合宿に招待されたりなどしない。
順調に進学していれば大学3年生のはずだが、如何せん頭脳に回すべき能力を運動神経に極振りしたためか、学力は低い。無事に進級できているのだろうか。
美佳ねえと陽菜からすれば見知らぬ他人が戸惑うことなく美佳ねえと呼んだことに困惑しているのだろう。二人とも硬直しているようだ。その隙をついて俺は話を聞いてもらうことにした。
「美佳ねえ。陽菜。2年も留守にして悪かった。わけあって女になったが俺は悠司なんだ」
何か言いたそうな二人だが、ここは自分のペースに持ち込むためにもなおも話を続ける。
「証拠になるかわからないが、家族しか知らないことを話す。」
父さんが紛争地域で主に子供の支援を行うなんちゃらだとかというNPO法人の偉い人で不在しがちであること。母さんは俺が8歳の時に交通事故で亡くなったこと。以来、俺達は長子長女の涼ねえを中心に助け合ってきたことを話す。
「その程度、他人でもちょっと調べればわかると思うけど?」
初期の興奮が無くなったのか、陽菜が感情を抑えたままの冷たい声でそうつぶやく。こっちの望むとおりだ。
「もちろんだ。こっからは他人が知らなそうな話だ。」
母さんが亡くなった直後、寂しさからか、俺と陽菜が毎夜泣くものだから涼ねえの発案で夜泣きが無くなるまで1年近く4人で川の字(年長者二人が外側、年少者に二人が内側)で寝てたこと。
「そんなことがあったの?」
「あぁ。あったね。ま、陽菜は小学校に上がる前だから覚えてないのも仕方ないかもね」
「少しは信じてもらえたか?他にもまだまだあるぞ。例えばだ」
家事は当番制であること、用事があって家事を代わってもらう際は家族で決めたレートに沿って交換してもらうこと。
話していくうちに、反対に向こうからの質問も飛んできた。良く言えば正直、悪く言えば単純な美佳ねえの質問はシンプルで虚がない。反対にひっかけ問題も入れてくる陽菜の狡猾さには驚くばかりだ。
「続いての問題です。涼ねえ、美佳ねえ、そして私のブラのサイズを述べなさい。もちろん2年前のサイズで構いません」
「バ、バカかお前は!そんなの知るわけないだろ!」
「はい残念。あなたは偽物です!さっきあなたも言ったじゃない!洗濯も当番のうち。サイズも知らないでどうやって干すの、どうやって取り込むの!」
「そんなひっかけ問題にひっかかるか!お前ら3人とも別途下着は手洗いして勝手に陰干しか部屋干ししてるだろ!」
ちなみに陰干ししてある裏のベランダは俺の立ち入り厳禁である。例え雨が降っても触るなと言われている。部屋干しの際は入口に「悠司立ち入り厳禁」と札を下げるのが我が家のルールだ。
なおも激論を交わし、ついに
「家の隠し鍵のありか、父さんがいざという時に残した金庫の開け方も知ってる。これは本物かもね」
「私も信じられないけど、信じられるかも・・・」
ようやく二人が信じてくれたようだ。さてここからが本題だ。
「重ねて言うが、悪かった。迷惑をかけてすまん。そんな中、もう一つ迷惑をかけさせてくれ」
「「涼ねえは自分で説得してね」」
デスヨネー。
知ってましたとも。
我が姉その1 涼ねえ
本名 立花涼香
2年前は大学4年生。今は大学院生(さっき美佳ねえから聞いた)。専攻は生物工学(遺伝子学)でバリバリの理系女子だ。
理系過ぎて理屈に合わないことはまず受け入れない。そんな涼ねえに「性別も体格も変わったけど、俺が悠司です」なんといっても信じてくれはしないだろう。
おまけに実質的な家長は涼ねえだ。説得しないと今夜の宿すら怪しい。二人に協力してもらわないとうまくいくストーリーが想像できない。
「客観的に見て涼ねえと一番仲が良かったのは同性の私達じゃなくて同系統の悠だよ。だから諦めんな」
「いないから言うわけじゃないけど、理系の涼ねえと文系の美佳ねえや私は話が合わないよ。同じ理系の悠にいのほうがまだ話が通じるよ」
「・・・やっぱりそうか。それと陽菜。お前一つ誤解があるぞ。うちで文系はお前だけだ」
「えっ!美佳ねえって理系だったの?」
「いいや。理系でも文系でもない、脳みそまで筋肉な体育会系だ」
「言いおったな!こいつぅ~」
「ただいま」
……立花次女と三女の協力が得られぬまま長女が帰ってきたようだ。
仕方あるまい。あのプランで行くか。理屈しか信じぬ涼ねえを説得する方法。
名付けて「世の中もっと滅茶苦茶なことがあるんだから性転換くらい大したことない」作戦。頼むぜ。聖女のクローク。俺は意図せず借りパクになった女性魔法使い専用防具に期待を込めた。
結果として涼ねえは聖女のクロークに付与された「品質保持」「属性防御」の出鱈目ぶりに敗北。なんせ醤油をかけようが、口紅で落書きしようが、見る見るうちに汚れが消え失せ、ガスコンロの火にあてようが焦げ一つつかない摩訶不思議なクロークの前にあっては弟の性転換ごとき、大した問題ではないのであろう。
……聖なる宝具をこんなアホな使い方をして罰が当たらなければいいんだがな。
2018/7/30 改行位置を修正しました。