32 初めての友達
翌朝、いつも通り護衛に送られて出勤した。準備を整えてOPENの札をかける。
すると、すぐさま駆け込んで来たのは孤児と思われる少女だった。
「前にハンスに、ここを紹介された!アタシ仕事中にヘマしてケガしちまってよ。診てくんねぇか?」
あら、記念すべき一人目の孤児の患者さんだわ。パチパチパチ…ってそんな事してる場合じゃないや。片腕から血がドバドバと出ている。
「この傷は…刀傷ですか?」
「ああ、ナイフでズバッとやられちまった。」
「分かりました、すぐに手当しましょう。」
言って、除菌・除去をかける。刀傷だと出血もだが、破傷風も心配だ。それから診察室に案内し、椅子に座らせて傷口を見る。
不器用だが、傷口のある腕の上あたりに引き裂いた布がきつく巻き付けてある。それに傷口にも彼女の手で直接布があてられている。
「この上の方の止血方法は応急的にはいいんだけど、あんまり長くやっちゃいけないの。取るね。」
声をかけて慎重に縛られていた布を外した。途端に溢れだす血の量に血の気が引いたが、そのまま処置を続ける。
「んと……ちょっとだけ傷を見るよ。」
溢れた血を止めるために抑えていた手を放し、布を持ち上げる。
「けっこう深いね……。これ、いつから出血してるの?」
「昨晩客を取って、終わった後に切りつけられたから…朝からかな。」
「朝か…そんなには経ってないけど酷い出血量だからな…」
未だやまぬ出血をひとまずギフトで拭い、再び布をあてる。
「…アタシ死ぬのか?」
彼女が真顔で不思議そうに聞いてきたので、こちらも不思議な気分になって答える。
「死なないよ。…多分大丈夫。ちょっと痛いけど我慢できる?麻酔はさすがにちょっと扱い方が分からないからね。」
言いながらゴソゴソと棚を探る。糸と針、それにガーゼをたくさん取り出してギフトをかけ、銀の器の上に置く。
「あぁ…痛いのは慣れてるさ。」
「それなら縫うよ?」
針に糸を通し、構える。抑えていた手を放してもらい、またギフトで拭う。そして、皮膚に針を通して、出来るだけ綺麗に縫い上げる。かな~~り、エグいけど皮膚と皮膚がくっついていく様を見るのは気持ち良い物がある。
「……よし、とりあえず縫えた。後は糸始末だけど、うーん、強めに玉留めしときゃあいいか。」
玉留めして、ハサミが無いことに気づいて取りに行く。
「パチン…と。オッケー!これでなんとかなるっしょ!後は今日一日!安静にして。できれば三日くらいは激しい運動は控えてほしいな。」
「あぁ、分かった。どのみちこのキズじゃあ売り物になんねぇしな。」
「あっははー。てことは、今日暇?なら、ここで様子見させて欲しいな。」
「おぅ、構わねぇよ。」
「じゃ、そうだね…ここだと他の患者さんの診察できないから受付にいる?」
二階にいてもらってもいいんだけど、ちょいと怖いのよね。私の知らない所で倒れてたり、もっと言うと用心棒さんみたいに殺されてたりするかもしれないと思うとさ。
「どこでもいいさ。」
「じゃあ、決まり。お茶と豆くらいなら出せるよ。待っててね。」
「わりぃな。」
「いいのいいの。いっぱい血失ったんだから、食って栄養つけなきゃ。」
台所に行ってお湯を沸かし、紅茶を入れる。皿に豆を盛って戻ったら言われた通りに大人しく座って待っていた。…かわいい。
「はい、どうぞ。」
「おぉ、なんかすげー色だな。これが茶って奴か。赤ぇんだな。」
ひとしきり面白そうに眺めた後、すずっと啜った彼女の頬が上気した。
「あったけぇ…よく分かんねぇがうまいな!」
「そうでしょ?香りもいいからね、なかなか良い茶葉使ってるんじゃない?」
「ふーん…あ、豆もうめぇな。塩味ついてんじゃん。」
「食べて食べて!…あ、患者さん来たから行くね。ここで安静にしてるんだよ。」
「お~う!」
「これ、使ってていいからね。落書きでもしてて。退屈でしょ?」
紙とペンを彼女の前に置いて慌ただしく患者さんの所へ向かう。
朝のピークが一段落して受付に戻ると何をするでも無くボーッと肘をついて待つ彼女がいた。
「ごめん、遅くなって。退屈だったよね。…あら、落書きは嫌いだった?」
「いんや、そもそも何書きゃいいのか分かんなくてよ。落書きって何書くもんだ?」
「そうね……その発想は無かったな~。落書きってのは落書きだから何書いてもいいんだけどね。…そうだなー、人とか動物とか、植物とか建物とかの絵?食べ物でもいいし。」
「んー、その食べ物とかをどう書いていいか分かんねぇ。」
「そっかー……そうなるとどうしよう。暇つぶしができないよね~。」
そもそもの概念が無いんだね。物を絵に起こすっていうさ。地面に棒で落書きすらする余裕の無い孤児は多いもん。親がいないから教えてもらえないしね。
「……なぁ、あんたって、文字とか書ける?」
「ん?書けるよ。なんなら教えようか?」
「いいのか?それなら、アタシの名前教えて欲しい!」
おもむろに言い出すから何かと思ったらそんな事か。まぁでも、『そんな事』て、いうような事が出来ないのがスラムで孤児だからね。
「そうね、名前くらいは書けるようになった方が何かと便利だしね。名前何て言うの?」
「あー、アタシはアタシって言うし、他からはオマエとかって呼ばれてるけど…」
「…つまり、名前分かんないって事でいいかな。それなら、名前つけちゃおう。」
「え、自分で名前とかつけていいの?名前なんて、親のいる奴らだけだと思ってた。」
ポカーンとして驚く彼女に大きく頷いた。
「うん!もちろんよ!家にも元々名前が無かったり捨てられた時に小さかったせいで名前を忘れた子がいるけど、そういう子にはお兄ちゃんやお姉ちゃんや、皆で名前をつけるんだって。」
「ほえー、そういうもんなのか。」
「あなたはもう大きいし自分でつけたっていいのよ?」
「……んー名前ったってなぁ…あんたはどういう名前何だ?」
うわー、墓穴掘ったー
そりゃそうなるよね。
うぅ、悪夢の名付けエピソードが蘇る。
「…ぐぅ…私はさ、母親がつけてくれたんだけど、これが酷い由来の名前でさ。クオルフ…って言うんだけど、クォーターエルフを略してクオルフなの。私がクォーターエルフだから、って……」
唸り声を上げて説明し、最後にはポックリと力尽きてしまった。
「なんだそれ、おもしれぇの!」
あっはっはっは!と、実に愉快そうに笑ってくれた。
「ほんと、ネーミングセンスが無い人でさ。まぁ、笑い話になるからいいかなって。」
「そうだな、じゃあアタシも笑える名前をつけるか?」
「ちょっと、やめときなよー!」
「んー、じゃあ仕事でも使える可愛い名前か綺麗な名前で。」
「あら、いいの?仕事用のと、本当の名前二つつけてもいいのよ?」
「…二つ……なんかそれ!お得だな!」
目を輝かせて、それがいい!と訴える彼女はとても快活で素敵な魅力に溢れた人だ。本名はそういう意味の名前がいいと思う。
「じゃ、仕事用はお花の名前とかどうかな?可愛いのも綺麗なのもあるよ。」
「おう!任せた!」
「うーん、イメージから言うとひまわりとか明るくて大きな花なんだけど…仕事に使うならちょっと合わないよねぇ…」
マリーゴールド?うーん、しっくりこない。
しばらくあれこれと考えてふと思いついた。
「あ、ロータスとかどう?蓮の花だったらロータスフラワーなんだけど、まぁ縮めてロータス。」
「へえ、どんな花なんだ?音の響きが良いな。」
「ピンクとか白の大きな花でね。泥から気高く咲き、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿から『泥より出て泥に染まらず』とか言うんだよ。」
うん、太陽をひたすら追いかけ続けるひまわりよりも合ってるかもね。
「よく分かんねぇがすげーんだな!アタシそれにする!」
「そう?じゃあ、本名はどーする?ハンス兄とハンナ姉は兄弟で似た名前だし。……名前か~」
「呼びやすく短ぇ名前がいいな。あんまり長えとお嬢様みたいだろ?」
「はは、そうね。…んじゃ、一回あれやってみよっか。」
紙に文字表を書いて見せた。
「目瞑って指でこの文字の中のどれかを指すの。んで、名前を決める。要は運に任せるって事ね。」
「へ~!おもしれぇじゃねーか!やってみよーぜ!」
「まぁ、あまりに変な名前になったらやめとこうね。」
やる気満々の彼女に苦笑して、指を文字表の真ん中に置き、目を瞑って準備を整えた彼女を見守る。
「よぉし、やるぞ!」
意気込んで、まず指を適当にくるくる動かす、そこから一旦指を上げ、一気に一点を突いた!
「……リ!リだよ!幸先いいねぇ。」
字が読めない彼女に代わって読み上げる。彼女はヒューゥ、と口笛を吹いて次の字に取りかかった。
「………さ、サだよ!リサだ!凄い!上手く行ったね!」
「おぉ!響きがいいな!気に入った!」
アタシ運がいい方かもしんねぇな!と無邪気に喜ぶ彼女…リサに微笑ましくなって、リサがまねして書きやすいように大きめの字で『 リ サ 』と、書く。
「これを見様見真似でいいから書いて練習して。あと、ロータスはこっちね。」
サラサラと別の紙に書き加えて渡す。
「ペンは握りやすい持ち方で良いけど、こうやって持つのが一応正しいやり方ね。」
「分かった!やってみるよ!」
言って、すぐに書き始める。最初はペンを持つ力の強弱もまばらで、細くなったり太くなったり、薄くなったり濃くなったりしていたが、見る見る慣れて来て、お昼のピークを過ぎて受付に戻るとまだミミズがのたくったようではあるがちゃんと形になっていた。
「凄いね!ちゃんと書けてるよ!」
「ありがと、あんたが教えてくれたおかげだよ!」
「なぁに言ってんの。私は見本の字を書いただけだよ?コツも教えてないし、全部リサが自分で練習してできるようになったんじゃん。素直に誇りなよ。」
渡した紙一面にびっしりと書いてある。最初は大きく書かれていたそれも、回を追うにつれてどんどんと小さくなっていっている。それだけ書けるようになっているというのも驚きだが、紙を惜しむようにびっしりと埋め尽くされた様は見ていて気持ち良い。感慨さえ覚える。
「そうか?…えっへん!」
「…ふひ、ふひひ。」
「笑うなよな!クオルフが誇れったんだろ!」
「あはは、そうだね。ふひひひ。…じゃあ、これもう一枚。午後からも出来るように。」
「ありがと。」
「それと、これ。豆だけじゃさすがにお腹減ったでしょ?」
お昼ご飯のパンを一つ、差し出す。お昼は汁物を持っていけないからパン二つなのよ。これでもかなり裕福になった方で、前はパン一つだったし、何ならゼムが回復して働けるようになるまではパン半分だけしか食べれなかったからね。
「でもこれあんたの昼飯じゃねぇか。いいよ、アタシは。ヘマこいて食い扶持稼げなかったんだからさ」
「いいからいいから。私は帰ったら夜ご飯が待ってるし、もう友達でしょ?」
「友達……そうか、友達になるのか。うーん……それなら。
また今度なんか返すよ。世話になりっぱなしだしな。」
「いーよ、そんなの。それより友達だ!初めての友達!嬉しいな!兄弟はいても友達はいなかったからね!」
「アタシも、初めてだな。」
「ふひ、ヨロシクね!」
「おぅ、よろしく。」
挨拶を済ませて、二人で黙々とパンを齧る。もちろん、二人ともの手をギフト済みだ。
「ねぇ、そういえばその怪我って誰にやられたの?仕事中って事はお客さん?」
「うん、そうだぜ。アタシは客取るついでにいつも客の財布をスッてんだけどな。今日はそれがバレて殺されかけてよ。財布どころか、金も貰いそびれて、それどころかこれじゃしばらく売り物になりゃしねぇ。ったく、どうしたもんか。」
「…そんな事があったのね。災難だったね。傷自体は治るのに時間がかかるけど、何とか仕事だけでも出来るようにならないかなぁ……」
「……うーん、包帯でもキツく巻いときゃ何とかならねぇか?」
「ナイスアイデアだね、じゃあ、今から巻くと血の流れが悪くなってうっ血しちゃうから、仕事の前に自分で巻いて、終わったら緩めてくれる?巻き方は教えるからさ。」
「あぁ、よろしく頼む!」
それから二人でキャッキャ楽しく騒ぎながら巻き方のコツを教えたり、実際に巻いてもらったりした。
「これ、どのみち、傷を保護するために巻いとかなきゃだから帰りに包帯渡しとくね。包帯も清潔な状態に保って欲しいから替えも渡しとくけど、錆びついてない綺麗なハサミってある?」
包帯切るときのハサミが汚かったら包帯まで汚染されちゃうからね。
「んなもんねぇな。」
「じゃあ…毎日ココ来れる?とりあえず一週間ほど。」
「んー、まあいいよ。来る!そん時にまた読み書き教えてもらってもいいか?」
「もちろん!それと、三日後に抜糸するから、その時は今日みたいに一日中ココで様子見させてね。」
「分かった!よろしく!」
「それと、診療費だけど、ツケにしとくからいつかちゃんと払ってね。」
「ああ!…いくらくらいになる?」
「えーっと、使ったのは針と糸とハサミとガーゼと包帯だから、そんなにはしないよ。1000エルだね。」
「あー、まあそんくらいなら、一週間でなんとかなるな。……医者ってもっとふんだくるのかと思ってたらそうでもないんだな。」
なんか、驚いたような感嘆したような感じで呟くので思わず苦笑してしまった。
だって、この針もハサミも使いまわしするもん。
いや、元いた世界の現代だったら考えられないよ。でも、ここではそれが常識だし、捨てたりしたら怒られちゃう。新しいのなんてそうそう手に入れられないんだからさ。値段の問題だけじゃなく、医療用のを作ってるメーカーが少ないのね。
だから、煮沸消毒とアルコール消毒、さらにギフトをかけて使ってる。さすがに感染症とかの知識を知ってたらギフトだけっていうのもイマイチ不安だからね。
「……まあ、私も医者じゃなくて治癒士だからね。さらに言うなら子どもだしね。元々争いの元の境界線をどうせなら有効活用したい。っていうのと、ギャングの福祉活動的な面もあるから、よそよりは格段に良心的な値段になってるよ。」
あと、私の診療報酬分は抜いて請求してある。このくらいはハンス兄達も許してくれるだろう。…タダ働きだけど。
「へー、なんかお偉いさんは色んな事考えるんだな。」
「うんうん。ま、スラムの住人にとっては安ければそれでいいよね。」
「そーだな!」
二人でクスクス笑いながら一日を過ごしたらあっという間に時間が過ぎた。
診療所を閉めるとともにリサは帰って行き、私もまた護衛に送られて家へと帰った。




