5 お父様の死が与えた影響
重いです
お父様が亡くなった時の事を詳しく聞こうと、ナニーと二人で一旦みんなの輪から抜けてナニーの部屋に移動した。
「あのね、ナニー。お父様が亡くなった時の事って覚えてる?私、あの時だいぶ混乱してて、あんまり覚えてないから知りたいと思って」
「はい……あの時の事はよく覚えております。あの日、旦那様は領地の視察に行かれて、帰りに寄られた商店街で暴走した馬に蹴られて……」
「治癒魔法は、お医者さんは間に合わなかったんだよね?どうしてそんなにひどいケガをしちゃったの?お父様なら魔法で避けたり防いだりできたんじゃないかって……私、突然の事だったから、もっとお父様と一緒にいられるって思ってたから」
思い出したら泣きそうになる。ナニーがそっと抱きしめてくれて、おかげで少し落ち着いた。
「……旦那様は、道に飛び出した子どもが馬に蹴られそうになった所を助けようとして、魔法で風を起こしてその子どもを馬の前から逃しました。けれどその風に馬が驚いて、旦那様の方へ……旦那様は子どもの方に気を取られていて、避けられなくて……蹴られた所が悪かったそうで、お医者様が着いた頃には手の施しようが無かったそうです……」
「そう、だったんだ……あのお父様が見ず知らずの子どもを助けるなんて。最初の頃だったら信じられない事だよね。やっと、やっと私を娘としてちゃんと愛してくれて、だからお父様は子どもを助けないとって思ったんだよね。私のせい、なのかな。その子と私を重ねてしまったから、だからなの?」
だからお祖父様も私のせいだって言ったのかな?私のせいでお父様が変わって、優しくなって。そのせいで亡くなったなら、責められても仕方ない……のかもしれない。
お父様もお祖父様も幼い私に暴力を振るったのは駄目だけど、ほぼ八つ当たりだったとは思うけど。それでも私は転生者で、普通の子どもじゃなかったから。どうしても自分にも責任があるんじゃないか、もっと何かできたんじゃなかいかって思っちゃう。
「それは……そうだとしても、お嬢様は絶対に悪くありませんよ。大人が子どもを守るのは当たり前の事です。特に子を持つ親にとっては。誰も悪くない、不幸な事故だったのです」
「事故……だけど、多分その馬に乗ってた人は処罰されたでしょ?そこまでは私の責任だと思わないけど……事故でも貴族を死なせた事に変わりは無いから、平民なら重い罰を受けたんだよね。こう言うのもアレだけど、その人にとってはお父様を轢くより子どもを轢いてた方がマシだったんだろうな……って」
「そうですね……それは、そうかもしれません。馬はその場で、乗っていた人は捕らえられて数日後に処刑されました。関係のあった親族も財産没収の上領地から追放されたそうです」
ただの平民の子どもが死んだだけなら処刑にはならなかったし、親族にまで累が及ぶ事も無かっただろう。馬を所有しているという事は平民でもそれなりに裕福だっただろうから、あるいはお金で解決して終わりだったかもしれない。それが領地の中で貴族を、それも侯爵家当主を死なせてしまうなんて、なんというかあまりにも運が無い。この場合、巻き込まれた親族が一番哀れだけど。
「……子どもは?どうなったの?お父様が無事に助けたんだよね?」
「その時は傷一つ無く助かりました……さあ、そろそろ戻りましょう。皆さんをお待たせしていますからね」
ナニーはあからさまにその話題を避けようとした。その時は?それって……もしかして?ナニーが私に聞かせたくない話だって分かってても、気になってしまうと聞かずにはいられなくて。聞いた事を後で後悔した。
「お祖父様が、子どもにも罰を与えたの?事故の原因を作ったからって?ねえ、ナニー」
「お嬢様……残酷なお話なのでお聞かせしたくないのです。その子どもは当時のお嬢様と同じくらいの年でしたから」
「同じくらいの年だった……って、それって……」
過去形で、今はそうじゃないって。つまりもう歳を重ねる事ができない死者になってるって、そう考えるのは深読みし過ぎだろうか?私に聞かせたくないほどの残酷な罰が与えられて、結果的に死んでしまった、とか?
「……分かりました。このままでは気になってしまうでしょうし、お嬢様はもう察していらっしゃるようですからお話します。
馬に乗っていた人と親族の処分が公表されて、自分達も同じ目に合うと考えた子どもの親族が集結して、全員で子どもに酷い暴行を加えて殺してしまったのです。
そしてその亡骸を差し出す事で、自分達は処罰を逃れようとして……そのためか分かりませんが大旦那様は彼らを罰しませんでした」
「そんな……それじゃあお父様が助けた意味は、亡くなった意味は、無いじゃない。お父様はそんな悲惨な結末のために命を落としたっていうの?……そんなのあんまりだよ」
「お嬢様……旦那様は、意味なんか求めていなかったと思いますよ。ただ目の前の子どもを助けようとされたんです。それがどんな結果を招いたにせよ、旦那様がされた事は誇るべき事だとナニーは思います」
好奇心で自分から聞いておいて、勝手に動揺して、ナニーに気を遣わせて。何やってるんだろう、私……命を助けるのに理由なんていらないっていうのは、何のマンガのセリフだっけな?あのお父様が平民を助けるなんて、それだけで凄いことだから。私は娘としてそんなお父様を誇りに思うべきなんだろう。目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭って、顔を上げてナニーをしっかりと見つめる。
「ナニー……ごめんね、無理に聞き出して。辛い話だって分かってたのに」
「いいえ、いずれはお話しなければいけない事でしたから。お嬢様がお父様の死について詳しく知りたいと思うのは当然の事です。この事をお嬢様にお話できるのは私しかいませんから」
ナニーがこんなどうしようもない私を優しく受け入れてくれて、少し赤くなった目元を濡らしたハンカチで落ち着かせてから、私達はみんなの元へ戻った。