1 天使降臨
長いようで短かった夏休みが終わり、学園の寮に戻るとカトレアはもう里帰りから戻っていた。久しぶり!元気だった?ってハグして、手を繋いで二人して跳ねるように回る。子どもっぽいなーと思うけどこれがまた楽しいんだよ。
終いには風魔法でカトレアを浮かせて、まるで大人が子供にするように浮かせたままぐるぐると振り回す。回すために自分も一緒に回るから、二人揃ってちょっと酔ってしまった。
休みの間あった事を延々と、尽きる事無くお喋りして。どちらからともなく眠った。翌朝学園に行くと、何か噂になっていた。もしかしていとこのマーヌッケが宣言通り私を退学にしようと何か仕掛けてきたんじゃ無いかと思って聞くと、全然関係無い話だった。
なんでも学園の寮に天使が降臨したとか、いや、あれは天使じゃなくお化けだ、とかいう根も葉もない噂だ。カトレアは面白がっていたけど私はすぐに興味を無くして忘れてしまった。この事を後で後悔するとは……
ともかくまた学園生活が始まって、マーヌッケを警戒しつつも今のところは平凡な日々を過ごしている。
今日は珍しく外部の講師を招いての授業らしい。魔法実技の時間に魔法学校の先生が十人くらい。ちょっと多いと思うくらいの人数で、それぞれのグループに別れて教えてくれる事になった。
言うまでもなく私はグループに所属せず一人だけなので、マンツーマンの授業が始まった。
「事前に聞きましたが貴女はクォーターエルフで、貴族なのですよね?だから一人だけ飛び抜けて魔法が使えるのだと」
「ええ、まあ、あの、はい。一応貴族だっていうのは秘密なんですけど……その通りです」
「特殊魔法も学園入学前から使えたとか。使える魔法を見せてください」
「えーっと、特殊魔法だと……」
除菌は目に見えないから、小さな石を手に取って除去で消す。それから授業で教わった圧縮、切断、衝撃の魔法を使ってみせる。あとは何があったかな……
「他には無いのですか?例えば浮いたり、飛んだりなどという事は」
「それなら!でもこれって風魔法だと思いますけど」
一応そう断ってから、例の高跳びを披露する。風で背中支えたりスピード上げたりしてるだけだから風魔法でしょ?
「確かにそれは風魔法ですね。良いでしょう。浮いたり飛んだりしていなければ問題ありません。それは禁忌を侵していますから」
「……はい。大丈夫です。そんな事しないしできません」
禁忌魔法きたーーっ!禁忌魔法は学園の先生じゃ種類さえも教えられないって言ってた。その禁忌魔法を知ってしまったよ。え、もしかしてこの人達そのために学園に来た?特殊魔法ポンポン使うクォーターエルフがいて心配だから釘を刺してくれ〜とかそういう?やだーん。これから気を付けよっと。そうだ!カトレアにも口止めしとかないとだね。
魔法実技の授業が終わった後、カトレアに来てもらって一緒にご飯を食べながら話をした。もちろん席は端っこの人のいない所にして、風を周りに張り巡らせて少しでも音を拾われないようにして。
「あのね、カトレア。さっき魔法学校の先生に言われたんだけど、空を飛んだり浮いたりする魔法は禁忌魔法なんだって。だからこれからは私も使わないし、カトレアも私が使った事言わないで欲しいんだ」
「そんな!禁忌魔法だったなんて……分かったわ。誰にも言わない。でも……もしかしたらもう見られてるかも」
「え、なんで?部屋でしか使ってないよね?」
「この間から天使の噂が流れているわよね。目撃情報に尾ひれがついて、色々な噂があるけど……元を辿ると、どれも女子寮での出来事らしいの。もしかして、前に私の背中に羽をつけて浮かせてくれたのを、窓の外から誰かが見ていたんじゃないかな?」
「まさか……でも、確かにあれは天使みたいだったね。遠目から見たらカトレアだなんて分からなかったと思う……」
「クオルフ、どうしよう……魔法学校の先生が禁忌魔法を使った人を捕まえに来たんじゃない?だとしたら大変よ!」
「大丈夫……私達だって分からないはずだよ。噂が立ってからまあまあ経つけど、今の時点で分かってないんだから。それに使ったのは私だからカトレアは心配しなくても」
「バカ!心配するに決まってるでしょ!私が心配してるのはクオルフの事よ」
青褪めた様子のカトレアが、それでも自分より私の事を心配してくれる。幸せな事だし、なおさらカトレアに迷惑はかけられない。もしもバレてもカトレアまで咎められないようにしないと。もともと私が勝手にやった事なんだし。
「ごめんねカトレア。しばらく怖いだろうけど、こういうのは黙って、何もしない方が良いと思うから。とりあえず様子を見よう?」
「そうね……そうしましょう。何かあったらすぐに言ってね。二人で相談して解決するのよ!」
「うん。ありがとう、心強いよ」
二人で固く手を握り合って、笑って一旦別れた。さっそくエインさんにほう・れん・そうしなきゃだな〜。