36 ファン
「えっと……もしかしなくてもドンに言われて?」
座って待っていた甥っ子君は立ち上がって頷く。耳にかかるくらいの長さの茶髪に茶色の目で年齢は十六歳。残念ながらそれ以上の情報が無いので名前も知らない少年と突然の二人きりでの対面に戸惑ってしまう。
「ああ。おじさんが俺達に交流しろって。とりあえず座ってくれ」
「うん。なんか前会った時と印象違うね」
前の時は敬語だったし、今は自然に座るよう促したりとか、上位者としての仕草が身についてるって感じ。やっぱり幹部の息子だし、ドンの甥っ子だしで実質的に後継者のような扱いを受けているんだろうか?
「そりゃそうだろ。おじさんの前でこんな態度できるわけない。こっちが俺の素だから、知っておいてくれ」
「分かった。それより名前も知らないんだけど、お互い改めて自己紹介しない?」
「そうだな。俺はファン・テイラー。父さんは南のギャングの幹部で母さんはドンの腹違いの姉にあたる。長男で妹が一人」
私がもらった部屋の元の持ち主がファンのお母さんなんだ。しかもドンとは腹違い。まあギャングの頭に第二夫人やら妾やら愛人やらがいても何もおかしくないけどね。むしろそんな存在がいなさそうなドンの方が不思議なくらいだ。
「私はクオルフ。前はクオルフ・ダドレフだったけど、今はただのクオルフ。お父様は亡くなった前ダドレフ侯爵でお母様は今は再婚してマクミラン子爵夫人。父親違いの弟と妹がいて、ややこしいけど血の繋がりのない弟もいるよ」
「貴族なのか。そうは見えないけど」
「ふひひっ、見えないでしょ。実際貴族として育ったのは四歳までだからね。こっちでの生活の方が長いんだよ。お父様やお母様よりもドンの方がお世話になってるし」
「そうか。じゃあ本当におじさんはあんたの父親みたいなものなんだな。あんたの婿に跡を継がせるって聞いた時は、最初は何を言い出すのかと思ったぞ」
「それは私も思ったよ。ていうかいまだに思ってる。私は良いけど、候補に選ばれて大変だな〜って」
「まあな。だけど俺が跡継ぎになってみせる。そのつもりでいろよ」
「自信満々だねー。私が医療学校を卒業する時にはファンは24歳だよ。結婚した時の想像、できる?」
ファンは実質的に最有力候補だから、ちょっと踏み込んだ質問をしてみる。将来の旦那さんになるかもしれないんだもん。ちゃんと色々知っておかないとね。
「24の俺か……多分もう少し背が高くなって、あんたはもっと成長して俺の肩くらいの身長になってるかな?」
「クォーターエルフだから多分もっと伸びるよ」
「そうなのか?じゃあ俺より少し低いくらいの身長で、今のまま痩せてるんだろうな。大人っぽくなって、髪は伸ばしてたら良いな。医者になるなら白衣を着てるのか?」
「今も助手の仕事中は着てるから今度見せてあげるよ。髪はお金に困らなくなったら伸ばすと思うよ」
「ああ。朝ご飯を食べて、あんたは診療所に行く。俺はその間ギャングの仕事で、夜になったら帰って来てご飯を食べて寝る……あんまり想像できないな?」
「そうだよね。八年後の事なんて、私にも分からないよ。ファンは今もドンに少し似てるから、ドンを若くした感じに育つのかなって思うけど」
「似てるか?」
「うん。なんかどことなく雰囲気がね。安心する感じ」
あ、ファンが照れてる。そういう表情もドンに似てるんだよね。あ、だめだこれ。結婚相手じゃなくてお兄ちゃんとか家族っぽい感覚になってきた。まあ今はそれでも良いか。まだ決まったわけじゃないしね。