1 除菌・除去ギフト
勇気を出してちょっと中に入っていく。
うわあ、すごいゴミ溜め。人も物もゴミばっか。
女を買う男。薬で目がイッてる地面の人たち。
スリをする人。バレて殺されかけている人もいる。
ちょっとした開けた広場みたいなところに、子どもが三人いた。警戒した眼差しでこちらを見つめる。
私は、親譲りの微笑みで、ニコッと笑いかけて言う。
「こんにちは。初めまして。新入りのクオルフです。これから、よろしくお願いします。」
淑女の礼をして、そうだったと思いだす。私はもう貴族の娘じゃないんだ。だからこれはもう必要無い。
手を下ろして普通に頭を下げ直すと年長の男の子が切羽詰まったように迫る。
「なあ、パンくれよ!何でもいいから食いもん、それとあったら薬も…」
「…ごめんね。食べ物は持ってないんだ。あったら分けてあげるんだけど、生憎私も一週間何も食べてなくて…」
「なんでだよ!お貴族様だろ!偉いんだろ!人でも何でも使って施しをくれよ!なぁ!頼むよ!このままじゃゼムが死んじまう…」
ゼムと呼ばれた男の子はどうやら具合が悪いようだ。でも、今は必死に頼んできた年長の男の子の方が助けられない事に苦しそうにしている。
ああ、この顔は、知っている。
こないだまでの私だ。
お父様を、大切な人を助けられなかった、苦しみ。
この少年も、きっと同じ苦しみを抱えている。
ゼムは、栄養不良で体調が悪そうで、ずっと咳き込んでいる。
これではもう長くない。
でも、あげる食料は無い。薬だって…もちろん。
「私、さっき捨てられてきたの。だからもうお貴族様じゃないのよ。それに偉くもない。」
「…じゃあ、じゃあどっか行けよ!もう二度と顔見せるな!」
突き飛ばされた。じんましんが走る。急いで立ち上がる。
「いやっ!触らないで!」
きたないきたないきたないきたない汚い。
気持ち悪い。
「…除菌・除去!」
パアアァァッと少年に触れられ、地面に倒れた私の体と、少年たちの体に光が降り注ぐ。
周りにいる者も驚き、口をあんぐりと開けて私達の方を見ている。少しばかり後悔しながらも、その光の奔流は止まらない。少年たちにむかってまだまだ降り注ぐ。私のはとうに止まっている。ついに他の二人の光は止まったが、具合の悪い少年の光はまだ止まらない。小さく呻きながら光を浴び続けている。
「ど、ういう事なんだ。…これは。」
年長の少年が綺麗になった自分たちの体と服を見る。ボロボロなのは変わらないが新品同様の白さだ。
「あ、あ、ああ。…ああ!」
ようやくゼムの除菌・除去も終わって、ゼムは笑顔でそこに立っている。しっかりとした立ち姿だ。
綺麗になってスッキリしたか?
「ど、どうしたんだ!ゼム!何があった!
俺達に何をしたんだ!?」
「…除菌・除去だよ。ギフトなの。とっても綺麗になるわ。私、潔癖性だから突発的に発動しちゃったの。ごめんね?でも、衛生的にしてないと病気は悪化する一方よ。」
「ケッペキショー?何言ってるんだお前。ギフトなのか…?綺麗にする魔法なら聞いたことあるな…」
少し怪訝そうに考え込む少年に、しかし考える暇は無かったようだ。
「…菌が、菌が消えてるよ!ハンス兄!分かるんだ!分かるんだよ!僕を蝕んでた菌が消えてく感覚が分かって…僕…」
具合の悪かったゼムはしかし今活期に満ちあふれた目で年長の少年ハンスを見、興奮で震える体を抑えて、この言いしれない感覚を訴える。
「お、おい、どうしたんだよ、ゼム!お願いだから落ち着いてくれ!」
何がなんだか分からなくて慌てるハンス。背中を撫でて落ち着かせようとする。その姿が少し微笑ましかったが、私にも状況がよく理解出来ていなかった。
「ほんとうなんだよ…僕の病気は菌が原因だったんだ!今、それが分かったんだよ!信じてよ、ハンス兄!」
信じてと言うゼムの目を見て、嘘はついていないと判断したハンス。面倒くさくなってとりあえず後回しにする事にした。
「ああ、もう、何がなんだか分からねえ、とりあえずお前うち来い!場合によっちゃあ責任取って貰わなきゃいけねーかも知れんからな。」
「わ、分かった。」
私もこれ以上、衆目の好奇の視線に晒されたくなかったので二つ返事で応じる。
これが、長い付き合いになる彼らとの最初の出会いであった。