18 決意
とりあえず寮に戻ったら度重なる門限破りでしこたま怒られて、反省文三枚と寮の掃除を命じられた。掃除はギフトで隅々まで一瞬にして磨き上げ、反省文は夜も遅いのでカトレアに迷惑をかけないように自習室で頑張って書き上げた。
部屋に戻ると待ちくたびれた様子のカトレアが机にもたれて眠ってしまっていた。悪い事したな、今日遅れるかもって伝えたら良かったな。とりあえず、こんなとこで寝てると風邪ひくし体痛めるからベッドに移動させてあげたいけど、起こすのもかわいそうだし……
「よしっ、ここはお姫様抱っこだな」
小さく囁くような声で決めると、風の魔法で浮かせて軽くなったカトレアをヒョイッとお姫様抱っこする。身長的には全然いけるし魔法のお陰で重くないしで軽々カトレアのベッドまで運んで慎重に寝かせる。最後に布団を掛けて、乱れた髪を整えてあげたら完了。私もそろそろ寝なきゃね。
翌朝、夜更しした私はカトレアに起こされてようやく起きて、寝ぼけ眼で「起こしてくれてありがとう、昨日は遅くなってごめん」と謝った。
「ううん、何か事情があったのよね?最近また忙しそうだし、何か困り事があるんでしょう?でも今の私には何もしてあげられないから、朝くらい侍女代わりに使っていいのよ?」
「もーからかって!でもありがと。カトレアに心配掛けないように出来るだけ早寝早起き出来るようにするね!」
「ええ!そうしてくれると安心するわ。ああ、ねえそういえば、昨日私机に突っ伏したまま寝てしまったわよね?それなのにいったいいつベッドに入ったのかしら。全く記憶に無いのよね。クオルフは知らない?」
「ああ、あれ私がやったんだ!風邪引くかなって思って。びっくりさせちゃったね」
「よく運べたね?いくら体格差があってもクオルフは細身だし女の子なのに」
無理をしたんじゃないかとカトレアが少し心配そうにするから、誤解を解こうと実際にやって見せた。カトレアをふわっとお姫様抱っこして、驚くカトレアにニヤッと笑ってみせる。
「ほらっ、こうやって魔法を使ってね」
「もうっ、驚くじゃない!でもこれ素敵ね。宙に浮いてるみたい」
「これで遊べるかもね!ね、ちょっとやってみて良い?」
「なに?面白い事なら歓迎よ!」
「やってみてのお楽しみ!」
絶叫系苦手だと困るから今度は一応カトレアの了承を取ってからにする。お姫様抱っこしたカトレアに添えた手を放して完全に宙に浮かせ、ついでに光魔法で天使の羽のような物を背中にくっつけてまるで空を飛んでいるように動かす。
「わあ!凄い!鳥になったみたい」
嬉しそうにはしゃぐカトレアに、私はちょっと自慢げに笑う。カトレアが喜んでくれて良かった。締めには羽の魔法を消してカトレアの姿勢を寝かせ胸元から光を出してゆっくりと空から下ろしてお姫様抱っこで受け止めた。その際にはある一言を忘れずに。
「親方!空から女の子が!」
名作アニメのワンシーンの再現だね。なんか色々違うけど。当然カトレアには理解されず、首を傾げられてしまった。
授業を終えていつも通り診療所に出勤する。まだ休憩時間なのでエインさんに確認の為に声を掛ける。
「エインさん、ユリアに説明してくれた?反応はどうだった?」
「ああ。やっぱりお前に背負わせるのはどうかと迷ってたよ。気にするなとは伝えたんだが、どうするんだろうな」
やっぱそうか。昨日ドンのアジトからの帰りがけにエインさんにドンから貰った資料や薬を渡して、今日の朝ユリアに説明してくれるように頼んでおいたんだ。ユリアが私に手を汚させないようにって気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど、それよりも今は自分の体の事を一番に考えて欲しいな。
ーーそして、その日の夕方。やって来たユリアと付き添いのリサを診察室に通して彼女の決断を聞く。
「どれにするか決めた?私達はどれを選んでも全力でするし、遠慮はしなくて良いからね。一番大切なのはユリアが納得して決める事だよ」
「クオルフ……本当に良いの?あなたはまだ子どもだし、望めばスラムから出て普通に生きていく事だって出来るでしょう?それなのに……」
「そんなの関係無いよ。私もそれなりに覚悟を持って働いてるし、働いてる以上子どもだからって逃げるつもりもないし。それに、何より友達が大変な目にあってるのに、子どもだから何も出来ないなんて絶対に嫌だもん。だからユリアが本当に望む答えを、聞かせて欲しいな」
これで伝わるだろうか。真剣な目でユリアをじっと見つめ、ユリアも同じように見つめ返してくる。しばらく無言で見つめ合い、そして……先にユリアが折れた。
「分かったわ……それじゃあ、あなたのギフトで私の子どもを天国に送ってくれる?」
少し泣きそうな顔をしてユリアは自分のお腹に触れた。私は大きく頷いて、その手の上に手を重ね、赤ちゃん……いや、胎内の異物の気配を探る。
「これか……多分女の子だね。お別れはもう済んだ?」
「ええ、済ませて来たわ」
「じゃあ、良いかな?」
「お願い、クオルフ」
その言葉と共に私は除去ギフトを精一杯の力で、強い異物を消し去るというイメージの元にかける。物凄い量の光がキラキラと出て部屋全体が眩いばかりに包まれる。
その光が収まり瞑っていた目を開けると、ユリアの中から小さな命の気配は無くなっていた。
「……これで大丈夫だよ。しばらくは安静にして、もし何かあったらすぐにここに来てね。それからリサはユリアの事、よろしくね」
「ああ!任せとけ。ありがとなクオルフ!」
「本当にありがとう。ありがとう……クオルフ」
ぎゅうっと抱き着くユリアの背中を撫でて、私は思う。もうこんな悲劇が起こらないように、スラムの子ども達が安心して暮らせるように出来たら良いのに。その為に私に一体何が出来るだろうか。