11 ユリアの相談
重いのでご注意を(特に女性)
タイトルで察して……
ある日の午後。いつもと同じように診療所でエインさんの助手として働いていると、珍しくユリアとリサの二人が連れ立ってやって来た。緊迫したようなその様子になんだか嫌な予感がして、
「二人ともどうしたの?どこか具合でも悪いの?」
と、急かすように聞いてしまう。二人は顔を見合わせて困ったような顔で辺りを見回す。それで察して、ひとまず二人を二階の応接室へ通してエインさんに少しの間抜ける許可を貰った。
お茶とお茶菓子代わりの茹で豆を出して、とりあえず落ち着いてもらう。そして私も心を落ち着かせる。一体何があったんだろうと心配でならないから。
「……ここなら誰かに聞かれる心配も無いし、何があったのか話を聞かせてくれる?」
「…………その、なんて言ったら良いのか分からないんだけど……」
「ユリア、クオルフなら大丈夫だから。全部素直に言っちまえよ」
ユリアが沈痛な面持ちで口ごもり、見かねたリサが助け舟を出す。いつも通りちょっと口調は荒いけど、そこには友達の事を思いやる気持ちが滲み出ていた。
「そうね……クオルフにはあまり縁の無い話だからびっくりすると思うけど、相談に乗ってくれる?」
「……うん。私に何が出来るかは分からないけど、話を聞いて一緒に考えるくらいは出来るよ」
この感じ……もしかしたらもしかするのかな。危惧していた事が起きてしまったのかな。聞きたくないような気もするけど、私の事を信頼して相談相手に選んでくれたんだから、私もちゃんとそれに応えないと。
「ありがとう。それで、あのね……私、しばらく前から生理が来て無くて、たまにある事だから放って置いたんだけど、いつまで経っても来なくて。だから、多分。もしかしたら……出来てるかもしれないの」
「あかっ……ちゃん?」
やっぱり……そうなんだ。むしろ今まで出来てない方が奇跡なのかもしれない。栄養不足もあり生理が来るのが遅かったから、免れられていた【奇跡の不運】 それが今、彼女の身に宿っているんだ……
「うん……だから、どうすれば良いのか分からなくて。クオルフなら診療所で働いてるし、色々な事を知ってるから」
「そうだね……私もまだ来た事無いし、実際どうなのかはよく知らないけど、色々と早い内に決めなきゃいけないはずだよ」
「決めるって、何を……?」
「例えばその……産むのか、堕ろすのか……とか。」
「それは……堕ろすしかないけど」
「そう、だよね。私は方法が分からないから、エインさんに聞くけど良い?」
「良いけど、医者にそんな事が出来るの?毒を貰うって事?」
「毒?毒なんか使わないよ。え、使わないよね?この時代だと使うのかな……」
断言したはずなのに、この世界の中絶について知らないから不安になって来て、最後は小声で呟く。
「堕ろすって言ったら毒を飲むか、腹を冷やすかどこかに打ち付けるか、だよな?」
「ええ。それ以外の方法は知らないわ。姐さん達はそうしているみたいよ」
リサもユリアも平然と言うくらいだから、絶句するしか無いけどそんな物なのかもしれない。でもそんなのって……
「そんな原始的な方法なの!?命懸けじゃん……いっそ産んだ方が体に負担かからないんじゃない?」
「でも、育てられないもの。育てられないのに産むのは私達の親と一緒になるし。運良く生き延びても結局私達と同じような道を辿るだけよ」
スラムの子はほとんど親に捨てられてスラムに住み着いているし、ほとんどの子は一冬越せずに死んでしまう。仕事はロクに無いし、食べていく為にその身を売るしかなくなるのが現状だ。
自分すら食うや食わずのその状況で、誰とも知れない相手との子を産もうだなんて思えないのも当然だ。
「そうだろうね。軽々しく言ってごめん。赤ちゃん一人とユリアが当面生活して行くくらいの費用は出せない事は無いけど、これからこうなるかもしれないのはユリアだけじゃないもんね」
「そうよ。お金は将来のあなたの赤ちゃんの為に使わなきゃ。あなたにだって何があるか分からないんだし」
私に赤ちゃんなんて想像も出来ないけど、自分の身に置き換えてみても多分産まないなぁ。お金だって、産んだら預け先が無いから稼げなくなるし。そうなったら結局親子で野垂れ死にだよね。
「……じゃあさ、とりあえずエインさんに聞いて、それで駄目だったら明日ちょっと調べてみるよ。それでも他の方法が見付からなかったら、治癒魔法の準備して万全の体制で毒とか使おう」
「そっか……治癒魔法があったね。実はね、死ぬかと思ったの。結構失敗して死んじゃう姐さんもいるのよ……」
堕胎に失敗して死んでいった大人の娼婦達を思い出しているのか、暗い表情でうつむくユリア。私はなんとか励ましたくてわざと明るい調子で話す。
「エインさんと二人でガンガン治癒魔法かけまくるから安心して!毒も除去魔法ですぐに取り除くし、お腹冷やすならお風呂も沸かすから」
「……ありがとう。クオルフに相談してみて良かったわ」
ユリアは私に気を遣ったのかもしれない。でも、ぎこちなくでも微笑んでくれて、私は少しだけホッとした。
「ううん。ほんとはこうなる前に、皆が除去魔法使えるようにしたかったんだ。今さら言っても仕方ない事だし、自分一人でなんとかできるなんて傲慢な考えだとは思うんだけどね」
それでももっと頻繁に学校開いて、もっと真剣に魔法の使い方調べて教えてたらって思わずにはいられないんだ。最近は自分の事で精一杯で、ようやく兄弟の事に取り掛かる事が出来た所で、そこまで手が回らなかった、なんて言い訳にしか聞こえない気がして。
元から誰かの人生を背負う事なんて出来ないって分かってたし、精々が兄弟にちょっとしたおせっかいをやける程度。どれだけ願おうとも、いずれは大切な誰かが私にはどうしようもない困難に出くわしてしまう事も知っていた。だけど……やっぱり辛いな。
「クオルフ……私ね。あなたがいなかったら医者に頼ろうなんて絶対に思い付かなかったし、自分で堕ろすしかなかったからそれで死んでたかもしれない。だから本当にあなたがいてくれて良かったって思ってるよ。」
「ユリア……」
伸ばした手で私の頬を包み、微笑みを浮かべるユリアはどこか儚げで、それでいて瞳にはしっかりと強い意志や希望が宿っているのが、とても不思議だった。
「除去魔法もね、私に、他の子に次が起きないようにこれから皆が使えるようにして欲しい……でも、あなたも言うように、これはあなたには何の責任も無い事だから。本当に気にしなくて良いのよ?」
「そうだな。学校も、人数増えた今も誰からも金貰って無いんだろ?それなのにお前の時間わざわざ割いてさ。お前ちょっとお人好し過ぎるんだって。」
「そうかな。私はやりたい事をやってるだけなんだけど。でも……うん。ありがとね。」
ユリアにもリサにも気使わせてバカだなぁ私。私に出来る事、出来ない事ちゃんと考えないとな