8 帰り道
カトレアを明るい内に送り届ける為に早めに仕事を終えて寮へと帰る道すがら。
「今日はお兄ちゃんに会えてよかったねー!私も勇気貰っちゃった。今度思い切ってお母様や弟妹と会って来るよ。」
「もうずっと会って無いのよね?良いじゃない!やっぱり家族に会えないのは寂しいもの。」
カトレアは私の唐突な決意の報告を、全力で応援してくれた。親友に言葉で表し、それを応援して貰えた事によって、私のほんの少し残っていた怯えの感情は完全に消し去る事が出来た。カトレア様々だ。
「そうだよね。お父様みたいに突然失ってしまうかもしれないし、そうなったら絶対に後悔するもん。」
「そういえば、お父様は病気か何かで亡くなられたの?」
「ううん。事故でね、馬に轢かれたの。」
そういえば、轢いた相手はどうなったんだろう?仮にもお父様は貴族だし、何らかの罰は受けてるとは思うけど……轢き逃げとか?いやいや、あの時は錯乱状態だったから覚えてないだけだろうな。
「そう……本当に突然の事だったのね。だから医者を目指しているの?」
カトレアにそう聞かれてハッと沈んでいた意識が引き戻された。
「それがね、そんな立派な理由じゃないんだよ。除菌・除去ギフトを持ってるからってなりゆきで治癒士になって、ギャング側が診療所の医者をもう一人確保したいから医者になる打診が来て、私も給料面とか、学園行ったらお母様に会えるかもとかで引き受けただけで。」
「そうなんだ。でも、そんなものじゃない?私も家を継ぐ為に医者を目指す事になっただけだもの。まあ、今は苦しんでる人を助けたいって気持ちももちろんあるけどね。」
「そうだよね。治癒士と医者じゃ、出来る事が段違いだもん。エインさんが来てくれるまでなんかもう全然助けられなくてさ。今でも時々夢に見るよ。」
「過ぎてしまった事は悔やんでも仕方が無いし、一緒に良い医者になれるように頑張ろうね。」
「うん!そうし……「クオルフ!ちょっと匿ってくれ!」」
いい感じに会話が纏まりかけてた所に思わぬ闖入者がやって来た。その闖入者ことリサは、すぐに私の背中に回り込んで隠れている。
「わっ!どうしたの?」
「私の友達なんだけど、ちょっと追われてるみたい。私にくっついて後ろに隠してあげて。」
「なんだか分からないけど分かったわ!」
数秒後、いかにもガラの悪そうな男が走ってやって来て、辺りをジロジロ見回して大声で怒鳴り散らした。
「おい!こっちに来たのは分かってんだぞ!お前ら隠すとどうなるか分かってんだろうな!早くあんのクソガキを出しやがれ!」
しかし、巻き込まれたくない者はそそくさとこの場を後にし、私達が隠しているのを知っていても誰もあの乱暴な男に告げ口したりはしない。
そもそも男は頭に血が登って状況がよく見えていないようだが、私達はスラムの住人には顔が売れている診療所御一行だ。つまりギャングの傘下にある者に、普通は誰も手出ししようとは思わない。
誰も反応しないのに痺れを切らした男はすぐ目の前にいる女の子二人組を見付け、絡んで来た。それがただのチンピラ程度が決して手を出してはならないギャングの秘蔵っ子とは知らずに。
「お前らが隠してるんじゃねえのか?あぁん!?護衛だかなんだか知らねぇがメスガキ風情が男二人も引っ提げて、いったい誰の妾なんだ?良い服着てよぉ……」
と、その辺りでよくよく見たら気が付いたのか、威勢の良かった男は見る見る内に顔色を悪くして行き、しまいには尻餅をついて転んでしまった。
「どこの誰かは知らないけど、診療所の者に手を出してタダで済むとは思ってないよね?おにーさん。まあ、運が悪かったと思って、ちょっと落とし前つけられて来てね!」
私が言い終わるやいなや護衛の一人が半泣きの男を引きずってどこかへと消えて行った。
「もー!リサ!ヤバそうな奴に目ぇ付けられて、一体どうしたのよ?護衛が一緒の時で良かったけどさ。危ない所だったじゃん。」
「いやー。迷惑かけてごめん!前にスッた客なんだけど、見つかっちまってよぉ。暫くずっと追いかけられてたんだよ。助かった~!」
リサは手を合わせて頭を下げ、安心して脱力したみたいだ。そういえばリサと一番最初に会った時も、スッたのがバレて切り付けられて診療所に来たんだっけ。
「気を付けなよ~!さすがにもうちょっと相手を選ばないと。いかにもな感じだったじゃん!」
「一応顔の見えない夜しかやらないようにはしてるんだけどなぁ。月明かりでバレちまったかぁ……もっと気を付けるよ。」
「うんうん。いのちだいじに、ね。あ!放ったらかしてごめん。怖い思いさせてごめんね、カトレア。」
と言いつつカトレアの顔色を伺うと、やはり少し驚きと恐怖で強張っているようではあったけど、カトレアは気丈に首を振った。
「ううん。良いの。やっぱりスラムはこういう事もあるのね。勉強になったわ。」
「今のはアタシの自業自得だけどな。巻き込んで悪かった!」
リサもカトレアがスラムの外のお嬢さんだという事を察したようで、本当に申し訳なさそうに今度は深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。本当に大丈夫ですから。ちょっとびっくりはしましたけどね。」
カトレアは茶目っ気溢れる返答でリサをあっさり許してしまう。ほんとカトレアは天使!
「カトレア、リサ!紹介するね。こちら私の診療所で出会った友達のリサです。リサ、こちらは私の学園の寮で相部屋のカトレアです。実はエインさんの妹なんだ。」
「そうなのか!?カトレア、よろしくな!」
「はい、そうなんです。リサさん、兄共々よろしくお願いしますね。」
なんだかんだで途中まで一緒に帰ったリサとカトレアは馬が合ったようで三人で話が盛り上がった。楽しい記憶でさっきの怖い記憶が上書きされて薄れてくれてると良いなー。